幕間

調査報告書_20XX0313.txt



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 七宝学園内風紀に関する調査報告書(三)


 標記の件について、下記の通り報告するものである。


 調査概要


 私立居士宝こじほう中学校に在籍する(※以下略。前回の調査書から引っ張ってくる)


 調査詳細(メモ)


 事情は思っていたより複雑だった。整理しつつ内容を取捨選択し、クライアントへの決定稿として提出したい。

 約一年半の潜入調査によって得られた物の多くはごみくずだった。守秘義務を差し引いても、表に出せるような情報は一割にも満たない。今回の潜入先が学校という時点で想像できたことだが、校内はどこを見渡しても個人情報の海であり、職員室などは塩田のごとく機密情報が集積する。日々積もっていく数多の情報に目を通すだけならまだしも、過去にまで遡って求める情報をピックアップするのはあまりにも時間がかかりすぎるうえに、効率的といえる手段がほぼない。結果として赴任当初の担当学年の卒業までも見送ることになってしまった。

 自戒のために繰り返すが、長期間の潜入任務で得られた物の多くは取るに足らないごみだった。一銭の金にもならない。彼らの卒業後、俺が個人的に思いを馳せられるだけだ。

 こうして感傷的になるのは俺が二人分の感情を請け負っているからだと思いたい。仕事の相方はそういった感情と最も遠いようで、学内においても坦々と任務をこなし続けていた。泣き言ひとつ漏らさず役目を果たす態度は尊敬に値するが、あまりにプロ意識が高すぎるというか、歳不相応というか。せっかくの機会なのだから少しくらい油断を見せてほしいと思う。


 閑話休題。俺と相方の地道な苦労が実を結び、ずっと追ってきた事件の全貌が判明する。その正体を簡単に形容するならば、醜悪さの結晶とでもいえるだろうか。


 事件の概要としては、当時中学二年生だった迫川さこがわ美紗紀みさきがクラスメイトからいじめを受け、それを直接の原因として心的外傷を負った――そして迫川の両親が七宝学園に慰謝料を払うよう訴訟を起こした、というものだ。

 通称『七宝訴訟事件』と呼ばれ、一部のゴシップ誌では大きく取り沙汰されていた。だが以後継続して話題に挙がることもなくなり、尻すぼみに騒ぎは鎮火していった。

 言わずもがなそれは学園が出版社との間で取引をした結果であり、その裏付けも済んでいる。もちろん報告書には書いていない調査内容であり、取るに足らないごみのうちのひとつでもある。


 一昨年十一月時点では事件の事実確認を主として調査をおこなっていた。多くは既に教育委員会が調査書を出した通りの内容だったが、彼らとはアプローチを変えて聴取を積み重ねていった結果、明らかに事実を揉み消した跡が見られ始めたのだ。

 クラスメイトのいじめは存在しない。迫川美紗紀は心的外傷を負っていない。ともすれば生徒の個人への偏見や蔑視ともとられかねない本音は、学園側も封殺しきることはできなかったのだろう。

 だから俺は適当な理由をでっち上げた――迫川美紗紀の傍にいた人物を要注意人物とし、追って調査が必要だとして報告書を提出した。

 思い返せば軽率な行為だった。たとえいじめが架空のものだったとしても、俺たちは学園側に金で雇われた捜査犬だ。顧客の意に反する活動はただちに処罰が下っても文句は言えない。

 だがそうはならなかった。最初は泳がされたのかと思ったが、調査を続けていくうちに奇妙な感触に包まれ始める。十数年この仕事をやってきて初めての感覚。

 かりそめの要注意人物として選定した柊木ひいらぎ千明ちあきは極めて平凡な生徒だった。学園内のマイノリティである中途入学組で、やや体の線が細く顔も中性的。だが特徴といえばそれくらいの目立たない端役モブ。ゆえに半年間の追加調査でもさほど時間を割く必要はないだろうと踏んでいた。

 最初の違和感は柊木千明の素行を追っていたときに生じた。柊木は生まれつき身体が弱いらしく、体育の授業の大半を見学とレポート提出で済ませていた。それが一時期であればいいが、体育祭や球技大会といった行事も含めた中学の三年間、一貫して見学者のまま課程を終えたのだ。

 健康診断においても柊木は絶対に校内で受診することはなかった。俺が閲覧した診断書では外部の医療機関によって『健康である』ことだけが証明されていた。

 そして――これはあくまで参考程度の噂話であるが――柊木がお手洗いに入っていく姿を、親交の深い友人たちですら一度も見たことがない、というのだ。

 これだけ情報が揃ってしまえば、いくら荒唐無稽な風説であっても疑わざるを得ない。というかもはや確信であり、その情報を今後どう活かすかに興味の多くが割かれていた。


 しかし同時期、本題である事件の真相究明にも転換点が訪れる。迫川美紗紀の元担任、須郷すごう久典ひさのりの自首だ。

 須郷は七宝学園における中堅どころの教師だった。こと担当教科においては一学年の成績処理を一手に引き受ける仕事ぶりだったという。それだけに彼の自首はあっという間に学園内に知れ渡ることとなったが、不思議なことに(この言い方もいい加減白々しい)彼の罪状までは広まらなかった。

 青少年保護育成条例違反。

 須郷久典は成績の優遇を餌に、複数の生徒に対しわいせつ行為をはたらいていたのだ。


 斯くして、格好はつかないものの求めていた真相が明らかになった。迫川美紗紀は須郷による卑劣な行為の被害者のひとりであったが、その事実は何者かに捻じ曲げられた。

 当初心的外傷の原因とされていたいじめは存在しない。だが心的外傷自体は嘘ではなかった。そのうえで迫川の親がおこなった訴訟は事実上の示談金目当て、あるいは協力金を受け取ったうえでの対外的なパフォーマンスだった可能性がある。この点はどちらにせよ上には報告しない内容であるから、深追いも禁物だろう。


 学び舎とは思えないほど混沌とした様相に吐き気がする。成績の高順位争いが公立の比ではない苛烈さであることを俺も嫌というほど知っていたが、この環境がここまで醜悪な膿を肥え太らせてきたと考えるだけで、手が震えるほどの憤りを感じる。

 この感情を、下書きの形でもどこかに残しておきたいと思った。

 でなければ俺はまた、見て見ぬふりをしてしまうだろうから。

【後略】


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理香へ

チェックできたらいつものフォーマットに嵌め込んでいい感じに仕上げヨロシク!

智より


ふざけんなボケ

理香

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