第二十八話 どっちでもいい


 二巡目の調査フェーズが終わり、再三メンバーがC組に集結する。


 情報が増えている分考えるべきことは当然多い。一巡目のような様子見はできないこともそれぞれ承知しているだろう。伏せざるを得ない情報、開示せざるを得ない情報の選択を各々で済ませてきているはずだ。


 そして今回も、犠牲者が出た。


「御先がやられました」


 平静さを表に出しながら亜月は言った。


「厨房を調査している途中で襲われたようです。抵抗もしましたが、無効でした」

「なにそれ、どういうこと」


 夕奈の口調はやや鋭かった。少し気が立っているようにも見える。


「抵抗が効かないとかないでしょ。襲われたようとか、妙に他人事だし」

「実際にそうだったんです。脈絡なく襲われて、抵抗も意味がなかった」

「さすがに信じられないよ、それは」


 夕奈の言い分には一理ある。しかし嘘と断じるのも難しい。


 ぼくはひめりの想定を聞いていたから『村人以外からの襲撃』もありうると納得できているけれど、そうでないメンバーからすれば亜月が奉司を陥れたようにも見える。


「亜月、いくらなんでもやりすぎだって」

「私やってません! 確かにあいつは周りに迷惑かけてるのに無自覚なクズですけど」

「そこまで言っちゃうのはアリなんだ……」


 ひめりですら若干引いている。亜月の奉司に対する容赦のなさはいったいどこから来るんだろうか。


「夕奈ちんもちょっと落ち着こ? 危ないやつをはっきりさせたい気持ちは分かるけどさー」

「お、おう。あんたに宥められる日が来るとは」

「ひめりはいつだって平和な世界を望んでるからねえ」


 よく言うよ。


 奉司の消失が亜月による謀略か、予告通り村人に襲われ連れ去られた結果なのか、あるいはそれ以外なのかは判断がつかない。ここで話し合っても平行線だろう。


「とりあえず調査HOを整理しよう。人を疑うのはその後だ」


 二巡目で得られた情報が順に開かれていく。


【調査HO:チャーリーが土産物屋で刃物を購入したのを見ていた生徒がいる。】

【調査HO:エコーが村人と懇意に話していたという目撃情報が複数ある。】

【調査HO:アルファは都市伝説ブログの管理者であり、動画配信サイトでの配信を行うなどインターネットのオカルト界隈では知られた存在。】

【調査HO:この村の土着信仰では儀式のために生きた人間を供物にする。特に若い男が好まれるため、過去にも民泊に訪れた観光客を攫っていたようだ。】

【調査HO:従業員室で管理されていた真鍮製の鍵。〈道具〉『本館物置の鍵』『別館物置の鍵』を取得】


 開示を終えると空気が一段と重くなった。ここで一手でも間違えれば負けが確定すると肌で感じられるほどだ。


「……また上から順番に行こう。チャーリーはぼくだけど、何か質問はある?」

「その刃物の用途を訊いてもいいでしょうか?」

デルタを殺すための得物だ。ぼくのPCは彼を恨んでいた」


 この情報はもう隠しようがない。一巡目の調査HOと照らし合わせるまでもなく相互関係が成立してしまっている。


「もっとも、自分の手で下す復讐の機会はもう訪れないみたいだけどね。他には?」


 亜月は首を横に振り、残りの三人も言及しない。ぼくはそのまま続行する。


「次はエコー、ひめりに対してだね。異論があれば先に聞くよ」

「異論は特にないなー。楽しくお喋りしてただけだし」

「ダウト」


 低い声で夕奈が指摘する。


「そんな意味のない情報が調査HOであってたまるかっての」

「さっきからカリカリしすぎだよ夕奈ちーん。長い人生意味のないことだってあるよ」

「そういう本質情報の話はしてない」


 本質情報なんだ……と亜月が地味にショックを受けていた。その横では玲生が口を抑えている。笑いを堪えているのかもしれない。


「ともかく、あんた村の人と裏で繋がってんじゃないの? 繋がってないっていうなら証拠見せてほしいんだけど」

「証拠なんてないよー。だから否定もしない。その代わり、ここから先は黙秘権を行使しまーす」

「はあ?」


 夕奈があからさまに眉をひそめても、ひめりは開き直った笑みを崩さない。


「ま、黙っちゃったらしょうがないかな。こういうときのヒメが頑固なの知ってるし」


 次行こ次、と夕奈が促してくる。さすがに切り替えが早すぎてこちらが戸惑う。


「ええと……次はアルファだけど、これは誰?」

『僕です』


 もう見慣れつつあるメモが玲生によって机に置かれる。


『一から説明するよりHOを見てもらうほうが早いですね』


 そう言って(いるわけではないが)、玲生は直前に出したメモのすぐ横に秘匿HOを置く。実質的なCOだった。


【秘匿HO:君は都市伝説にまつわるブログとチャンネルを運営する配信者であり、今夜の宿泊地がインターネット上で因習村と呼ばれる場所であることを知っている。君の使命はその真偽を明らかにする物的証拠を得ること、あるいは因習の様子を動画に収めることだ。】

【メイン使命:証拠品(動画含む)を村の外部へ持ち出す】

【サブ使命:翌日までの生存】

【初期HO:かなり高性能な4Kビデオカメラ。バッテリーの持続時間は最大で二時間。〈道具〉『ビデオカメラ』】


「なんでビデオカメラなんだろ。スマホでよくない?」


 第一声を上げたのはひめりだった。黙秘はするが黙っているつもりはないらしい。そんな気はしていたけれど。


「スマホと違って一応携帯許可されてるからでしょ。実際の修学旅行でも自由時間以外は毎回スマホ回収されてるらしいし」

「うげー、なにそのリアリティ。ゲームの中でくらい自由にさせてよー」


 夕奈とひめりの背後で心なしか行方先生が悲しそうな顔をしていた。少し同情する。


 ともかくこれで調査HOと秘匿HOが同期された。使命も明らかになり、玲生は味方陣営であることが証明されたと同時に敵陣営の標的になる。


『何も質問がなければ、先へ進めてほしいです』


 秘匿HOの効力を鑑みれば虚偽を挟む余地もない。特に気にかかる記載もなく、他のメンバーの顔も見てぼくは続行を決める。


「四つ目のHO。個人的にはこれが一番気になるな」

「うちも。これ性別への言及があるけどさ、PCの性別って決まってないよね」

「センセー、そこんとこどうなんですかー?」

「プレイヤーの性別に準拠。以上だ」

「なんで塩対応なんですかー?」


 さっきの君の不用意な発言のせいだと思われる。


「若い男が好きなんて、この村の神様は女の人なのかなあ」

「そうとは限りませんよ。歴史上の偉人には男色家も多かったと聞きますし」

「おいおい、どこ情報なのよそれ」

「え? 別にどこでもいいじゃないですか」

「いや普通に気になるわ。セッション終わったらちょっと顔貸しぃ」

「ひえっ」


 女子が明け透けな会話を繰り広げる中、玲生がますます肩身狭そうに縮こまっていた。心中察するに余りあるとはこのことかもしれない。


 この情報から真面目に考えても、既に消失した二人が男子である以上理屈は通っている。そういう意味では次に狙われるのが玲生である可能性はとても高い。


「神様が男だろうが女だろうがどっちでもいいよ。次行こう」

「はーい」


 女子三人の声が重なる。なんだか疎外感だった。


「五つ目のHOは、今回唯一の道具だね。これがあれば本館の物置に隠れられるはず」

「籠城作戦か。悪くはないね」

「KP、この物置には何人まで入れますか?」

「最大で二人だ。何をしようともこれ以上は入れない」

「なるほど。ちょっとネカフェみたいでドキドキすんね。知らんけど」

「でもそれじゃ四人までしか入れませんよね。私たち、今五人ですよ」


 亜月の言う通り、今残っているメンバーで割り振れば一人溢れる。そうやって弾き出される可能性が高いのは、裏切者の疑惑があるひめりだ。


 だがこの状況はひめりによって完璧に予期されていた。


 ゆえに彼女にとっての好機は、ここをおいて他にない。


「いいよ。ひめりは別の隠れ場所を探すから、皆は物置に隠れてて」


 あっさりと言ってのけるひめり。


 鍵を発見したのは調査に従業員部屋を選んだAチームだ。所有権もまだぼくらにある。その気になれば鍵の所有を盾に残りの三人で争わせることも可能だった。


 その大きなアドバンテージを、ひめりは自ら放棄する。


 より確実に、獲物を罠にかけるために。

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