第三話 ロールプレイング・ゲーム


「人の秘密を暴くのは正しいことだと思うか?」


 ぼくが座席に着くなり行方は尋ねた。


 自己紹介の後、順番に面談が行われてぼくの番が回ってきた。ひめりが次の面談者が誰か伝言するのを数分ほど忘れていたせいか、行方の語調もやや急かすようだった。ここは素直に答えないといけない場面だろう。


「正しいとかの話ではないと思います」

「どういう意味か簡潔に話してもらえるか」

「警察が容疑者の秘密を暴くのは正しいですけど、何の疑惑もかけられていない人の秘密を暴くのは正しいこととは思えません」

「そうだな」


 ぼくの返答を予想していたのか、行方は手元に置いていた用紙にさっと印を入れた。どうやらチェックボックスを使って受け答えを管理しているらしい。


 他のメンバーにも同様の手順を踏んだのだろう。既に数枚の用紙が裏返しにして傍に置かれている。適性診断みたいにしてそれぞれに与える役割を決めている可能性は高い。


「では、不可抗力で他人の秘密を知ってしまったとき、君ならどうする?」

「必要に迫られなければ何もしません」

「迫られたとして、どうする」

「なるべく自分には危害が及ばないように処理します。穏便に済ませるのが一番ですから」

「面白みのない回答だな。本心じゃないだろ」


 興ざめしたような面持ちだった。およそ学校の先生とは思えない反応だ。


 お気に召しませんでしたか、と嫌味を言ってみたくもなる。もちろん本当に言ったりはしないが。


「不可抗力とはいえ、秘密を知られたと気づいたときに人が最初に取る行動は何かわかるか」

「秘密をばらされないように口封じをする、ですか?」

「違う。それは大した価値のない秘密だと、どうにか相手に思わせようとするんだ。その秘密を明かしたところで自分にとっては意味がない、むしろ結果的には損をするのだと思わせる。どんな些細な秘密であってもすぐに言いふらしてしまうような人間は信用がないだろう。そういう状況に相手を追い込む」

「でもそれだと秘密をばらされないという保証はないですよね」

「強引に口封じをしたところで同じだよ。君は善性を信じすぎだな」


 そこまで言われるようなことだろうか。


 理屈はわかる。無理矢理他人の口に蓋をするより、当人が自身で口をつぐむような理由付けをおこなってやればより固く口封じができる。受動的にではなく能動的にしたほうが物事はうまくいくものだ。


 行方はこの話を通して何を説こうとしているのだろう。これから始まるマダミスのことを示唆しているのなら、もう少し率直な言い方をしてほしい。


 と、ぼくが黙っているのを見て行方は用紙にチェックを入れた。何を判断されたのか微妙に気になる。


「俺はな、若いやつが好きなんだ」

「何ですかいきなり」

「未熟なのは当然だと、みんなに許されてるのがいい。若さゆえに焦らず、若さゆえにいろんな道が見えていて、若さゆえに導いてもらえると思い込んでいる。そんな愚かしさも、若者の特権だと許されている」


 返す言葉がない。真摯に受け止めているのではなく、本当に何を言っていいかわからない。


「だから正しい方向へ導くために教師がいるわけなんだが、生憎手が足りなくてな。若者を間違った方向に導く悪い大人もそこらじゅうにいる。嘆かわしいことだ」

「先生が憂慮しているのはわかったんですけど、それ今関係あります?」

「要するに、だ」


 芝居がかった口調をやめて、行方は言う。


「修学旅行に参加しなかった七人のうち、悪い大人と付き合いのあるやつがいる」

「……どういうことです?」

「詳しくは言えない。君が他の連中にばらす可能性がある限りは」


 不思議と冗談で言っているようには聞こえなかった。


 悪い大人と付き合いがある――話の流れから考えれば、間違った方向へ導かれそうになっている生徒がいるということか。教師が介入するほどの極端な事例を挙げるなら、犯罪行為に加担させられているとか、そういう話。


「それは、他の人にも言ったんですよね」

「いや、君だけだ」

「どうして」


 ぼくの声は、掠れていた。


「どうしてぼくにだけ、そんな話をするんですか」

「君が一番探偵役に向いていると俺が判断したからだ」

「一応訊きますが、ゲームの話ではないんですよね」

「ああ。マジの話だ」


 誰もが探偵のように謎を解き、犯人のように追及を逃れることのできるマーダーミステリーという虚構ゲーム。その中で本物の謎解きを任せたいと、この人は言っているのか。


「断る選択肢はありますか」


 おそるおそる尋ねると、行方は清々しいまでの笑顔で応える。


「ない」

「探偵役って要はぼくに皆の内情を探れって言ってるんですよね? 隠している秘密を無理矢理に暴けと、そう言ってるんですよね」

「そうだ」

「それでどうしてぼくが断らないと思ったんですか」

「その答えは、自分でわかっているんじゃないか?」


 警察が容疑者の秘密を暴くのは、正しい。さっきぼくが言ったことだ。


「警察でなくても、企みは暴くべきだ。君にはそれができる」

「だとしても、ぼくがやらないって言ったら、あなたはどうするっていうんですか」

「自発的に請け負ってくれないのなら、別のアプローチをするだけだな」


 行方はおもむろに白衣の内ポケットへ手を差し入れ、一枚のメモ切れを取り出す。


 そこに書かれた文字列を読んで、ぼくは一瞬で血の気が引くのを感じた。心臓に杭が刺さったように苦しくなる。歪めた表情を繕う余裕もなく、目の前の男を睨む。


「どうして、それを」

「さっきから君は疑問ばっかりだな」


 それだけ無茶苦茶なことを言っているという自覚が行方にはない。


 口にするのも憚られるような・・・・・・・・・・・・・ぼくの秘密を、わざわざ筆記して懐に入れているこの人に、ぼくはいよいよ言葉を失くしてしまっていた。


 根拠のない推測だけれど、おそらくはぼく以外のメンバーの秘密も、彼は懐に忍ばせているのだろう。そしてそれをもって強引に言うことを聞かせるつもりでいたとしても何ら不思議ではない。


「で、やってくれるか。探偵役を」

「……わかりました。やります」


 断れるはずがない。


 ぼくはこの秘密を知られてはいけない。少なくとも、あの六人には。


 行方は取り出したメモ切れを再び白衣の中に戻し、手元の用紙に記述する。ぼくを従わせて満足そうにするでもなく、ただ淡々と役目を請け負わせたことを事務的に処理するのみだった。


 ややあって、行方が目線を用紙に向けたままで口を開く。


「先に言っておくが、君の秘密は他の誰にも話していない。そこは安心してくれ。代わりといってはなんだが、ゲームに興じている間は君に有利に働くような進行やサポートはしてやれない。あくまで公平にやらないと警戒されてしまうからな」

「ゲームを通じて信用してもらうことが目的ってわけですか」

「君はその認識でいい」


 含みのある言い方だが、追及してもはぐらかされて終わりだろう。ぼくの秘密が知られている以上、この人がノーと言えばもう逆らえない状況にある。


 あくまでぼくがやるべきなのは、これから始まるゲームに本気で取り組み、他のメンバーの信頼を勝ち取って、悪人との繋がりが疑われている生徒を特定すること。


 この行方という教師が何者で、何を知っているのかは置いておく。今のところは。


「一応、確認しておきたいんですが」

「なんだ?」


 このくらいはいいだろう、という質問をひとつだけ投げかける。


「もしぼくが、その『間違った若者』だったら?」

「そのときは……俺の見る目がなかったってことで、降参するさ」


 潔い。といっても、あてずっぽうでも七分の一の確率でしかないのだけれど。


 この人が信用してもいいと思えるラインに達しているかどうかは現状だけでは何とも言えない。亜月のように不信感を露わにしたり、ひめりのように手放しで信頼したりもできない。


 見かけも実際の行動も、人を判断する材料としては不十分だ。それをぼくは身をもって知っている。だからこそどちらも包み隠すことなく、ありのままでいられる人をぼくは評価したいと思う。


 その点でいえば、行方先生・・の回答は及第点だった。


「いいでしょう。先生の見る目が正しかったこと、証明してあげます」


 臆することなく宣言する。


 秘密のひとつくらい、増えたところでなんだというのだ。


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