終幕

「奇妙な事件ですね」

 薄暗く、タバコの臭いが辺りに充満する灰色のアスファルトの部屋。くたびれた恰好の男たちが忙しそうに行き来する中、若い警官の男がデスクにもたれながら、資料を片手にタバコをふかしていた。そのだらしない彼の頭に、先輩警官が平手を打つ。

「痛いじゃないですか」

「馬鹿野郎。それ、どっから引っ張りだして来た。今やるべき事件とは別件だろう」

「そうですけど、前からずっと気になってたんですよね。コレ。未解決だし」

 そう言って若い警官は薄い資料を指で弾く。

「まるでドミノですよ。バタバタと二十四時間もかからず三人もの人間がまったくの別件で連続的に死ぬなんて。計画犯罪なのかと思えば、どうもそれぞれ発作的な犯行のようですし、なんか変な感じです」

「なんだよ、変って」

 先輩も少し身を乗り出して彼の資料を覗き込んだ。

「明らかに不自然でしょう。一人の男が怨恨から同僚に殺され、その同僚は幼なじみの女に殺され、その女は被害者たちの後を追うように橋から落ちて電車に轢かれて死んだ。誰かを殺した人間がさらに別の人間に殺され、死体がドミノのように重なっていく。最後に死んだ女は自殺と考えられていますが、もしかしたら誰かに殺されたのかもしれませんね。そしてその殺した犯人も、今頃別の人間に殺されている……未だにドミノは続いている、なんて」

 冗談っぽく若い警官は笑った。それに先輩は肩をすくめる。

「人の生き死にがそんな単純な構造だったら、今頃俺たち刑事はみんな一文無しさ。おかしな妄想を並べてんなよ。そんなのはミステリー小説を書く先生様たちに任せておけ。あんまり人の死をそんな軽々しく扱うな」

 先輩の言葉を聞いているのか、いないのか、若い警官は「そうですけどー」と言葉を続ける。「でも、なんにしても平山紀子はぜったいに殺されたんだと思うんですよね」

「まだ言うか」

「この資料にも書いてあるじゃないですか。事件当日にあった不審者情報。ぜったいコイツですよ、犯人」

 そう言って彼は資料の後ろの方に挟まれていた解像度の粗い黒白画像を指さした。元々防犯カメラの映像からとってきたもののようだ。

 そこには、目を大きく見開き笑いながら走る、奇妙な男がいた。

「カエル男ですよ」

「いい加減にしろ」

 先輩が机をドン、と叩いた。

「何度も言わせるな。お前がやるべきことはそんなカエルやらドミノやらが出てくる奇天烈な物語じゃない。今考えることは他の事件のことだろう。お前のそれは現実逃避だ。わかったらそんな紙切れを置いて、仕事に戻れ」

 わかりました、と小さく謝った若い警官は頭を低くし、項垂れた。その様子に満足した先輩は「予定通り、あとで現場に行くぞ」と言い残して去って行った。

 取り残された若い警官は、しばらく黙って項垂れていたが、ちらりと目を資料の写真に向ける。

「……でも、やっぱり犯人はこのカエル男なんだよ。絶対そうだよ」

 そう言う彼の目は、目玉が飛び出さんばかりにクッと見開かれていた。

 警官は鼻が擦れるほどの距離まで資料を顔面に近づけて、資料の画像をじっと見つめた。画像の男も警官をじっと見返す。まるで、鏡を覗いていかのように、その二人の顔は瓜二つだった。


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シークレット・シークレット 秋野 圭 @akinok6

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