秘密2

 対して、紀子の裕也に対する第一印象はこれといってなかった。

 初めて会ったのは、確か小学生の頃。隣のクラスだった彼と体育の時間、身体測定の横幅跳びでペアになり、お互いの記録を計り合って、それからすれ違えば話す程度の仲になったのだ。

 そして、この記憶を思い出したのは先日、仕事仲間と行った合コンでの席で偶然会った時のことだった。地元では有名なフレンチレストランにて男女六人での食事会。ちょうど向かい側の席に裕也が座っていた。と言っても、それまで紀子は別の男に気を取られていたので、目の前にいる男が知り合いだったと気づいたのは合コンも終わりかけ、二次会のカラオケに向かう途中のことだった。

 「ねぇ、あんた。そのハイヒール似合ってるね」って、馬鹿にするように言ってきた、ヘラヘラと笑う男が彼だった。なんだかその頬を、そのハイヒールの先で突き刺したくなった。

 タイミングも、褒め方も、口調も態度も何もかもが中途半端で適当な感じ。この男はたぶん、その時急に思いついたことをなんとなしに口にしたのだろう。深く考えずに思いついたまま行動する、たぶんこの世で最も信用できない男。

 その時、さっきまで目の前にずっと座っていたというのに、初めてこの男の顔をまともに見た。どんな面した馬鹿野郎なのだろうかと思って見たのだ。それが昔の古い記憶を呼び覚ます面影があることに気づくのには、それほど時間はかからなかった。裕也は童顔で、あまり小学生の頃と変わらない顔立ちだったのだ。「あ、こいつ」と思ってから、「ああ、そうなったの」と思って鼻から空気が漏れた。

 裕也は相対する女が紀子であることに気づいていない様子だった。もし彼が魅力的な、それこそスポーツ選手のような華やかな男になっていたら「わぁ、久しぶり! 私だよ私!」と自分から気づかせに行くのだが。残念ながらそのような気は起きなかった。

 「ありがとう」と適当に受け流しながら、紀子は裕也などには目もくれずに久保という男に話の続きをねだった。久保はスマートで、話上手でかっこいい。中々紀子をいい気持ちにさせる男だった。紀子は久保に狙いの照準を定めていた。

 結局カラオケも中途半端に終わり、合コンは解散となった。紀子は久保とタクシーに乗せられて、夜のハイウェイへと二人で荒い息を交えながら流されていった。その頃には裕也のことなど頭から吹き消されていた。トイレに吐き出した吐瀉と一緒に下水へと流してしまった。

 紀子の裕也に対する第一印象はこれといってなかった。

 ただ、感想としては限りなく最悪に近いものだった。

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