31 佳奈は……どうなった?



 記憶が脳みそに流れ込んできた。

 自分が地球という世界で生きてきた20年ほどの情報が一気に。

 その中に、この世界にやってくる前に「神様」に出会ってることも思い出した。そこでこの世界で生きていくための術を学び、自分の体の能力などの話をして…………それで、転生を──……。


「……たぁ、ま~すたぁー。おーい、おーーーい」


 頭上から声が聞こえ、ジンジンと頭痛がするのを抑えながら目を開けると、ニコッと笑う少女がいた。

 頭の下にふわりとした感触がある……? 


「あ、膝枕……」


 体がだるい、重い、頭が痛い……。

 また僕はまた気絶してたのか。

 

「無理して思い出そうとするからですよぉ~、すぐに記憶にアクセスしちゃうと耐えきれなくなるのは見え見えでしたよ」


「あぁ……うん、そうなんだ……」


「それで、記憶は思い出しましたか?」


「それは、まぁ、全部――」


 頭に自身の腹部の断面図が思い浮かんだ。


「――くっきりと……、はい」


 お腹が繋がってることを確認するために腹部をさする。

 今は繋がってると分かってるけど、自分の腹から下がない光景は……衝撃が強いな。


「思い出したのは思い出したんですけど、あの……あなたは誰なんですか……? 会ったことないですよね」


「あれっ、自己紹介がまだでしたっけ?」


 くだけた声でそう言うと少女は腰に手をやり、胸を張り若干ドヤ顔に似た顔を作った。


「私は、転生後のサポートをするために、今期からサポーターとして配属されました! エリルです! わかりやすく言うとこちらの世界の観測者のようなものだと思っていただけると大丈夫かと!!」


「……観測者ってアレだよね。あのスーツの」


「はいっ!」


 息を吐くように、声がでる。


「じゃあ、君も僕を殺すのか?」


 すこし疑るように質問をした。

 すると「どうですかねぇ~」と小悪魔のような目を向けてきて、場が静まり返る。

 お互いにお互いの目を見る時間が続き、やがて少女の方が段々と気まずくなってきたのか焦り始めた。


「い、いやっ! 冗談、冗談ですって……! そ、その……わかりやすくって言ったじゃないですか! えーと……その、私は……」


「こっちも冗談だよ。分かってるさ」


 冗談、とは言ってみたがどこまでが冗談なのか。

 皮肉めいたことを言ったのは悪いと思っているけど、一度殺されたことを容認するほど寛大な心は持っていない。

 とはいえ、この子の様子を見る限り僕の記憶関係は全く知らないようだから八つ当たりになるか。


「よかったぁ……怒ったのかと思いましたよ。ますたーの意地悪」


 と、ほっぺたを膨らませた。


 彼女は自分のことを「観測者のようなもの」と言っていたが、あの時にぼくの前にいたスーツ姿の女性のような無機質さは全く感じられない。

 笑顔はニコッと笑い、怒る時はまるで憎悪や憤怒のような感情を感じさせることはない。まるで絵本からそのまま出てきたような子だ。

 それが、人だけど人ではなくて特別感がある少し偶像的な好印象を与えているのかもしれない。無表情な観測者とは真逆な存在のように思える。

 

「それで! いかがですか? 転生をした感想というものは!」


「感想。……最悪、って言えばどんな反応する?」


 返ってきた言葉が予想外だったのか、エリルは目をぱちくりとさせた。


「ど、どうしてですか? 人生を楽しめてなかったんじゃ……主人公になろうとおもえばなることが出来るんですよ! 今までのことなんて忘れて、新たなスタートができるんです! 第二の人生を歩めることのどこに不満があるんですか?」


 不満。……不満か。


「……僕には妹がいるんだ。おっちょこちょいで、不器用で、泣き虫だけど可愛いやつがさ。両親が家に帰らなくなってからはそんな妹と二人きりで、家事も家計も僕が全部してて、自分のことなんかする暇なんてないくらい忙しかった」


「ですから、この世界で」


「でも、変わりそうだった」


 あの時の会話は、惰性で送っていた生活とは一線を画すものだった。

 特別感というか、イベントというか、あらたな節目になりそうな雰囲気を持っていたのだ。

 佳奈と大学に入るっていう夢のような明るい展開が待っていたかもしれないのに……それらを全て奪って「第二の人生」って?


「一緒に頑張ろうって話をしたばっかりだった……のに――」

 

 と言いかけて、僕の頭に疑問が湧いた。


 ──佳奈はどうなったんだ。


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