24 こんなに馬鹿だっけ……




 昨日の話だ。

 かけ持ちしている最後のアルバイトが深夜の2時に終わることから、普段の帰宅時間通りに帰宅をした。

 玄関に靴を揃えてリビングの方に目を向けると、普段は真っ暗なのだが明かりがついていることに気づく。

 まさかと思い、引き戸を開けてリビングに顔を覗かせると、佳奈が教科書を広げてうんうん唸りながら勉強をしていた。


 そこから久しぶりの会話をしていった。

 一か月ぶりくらいかな? 


 佳奈は高校生ということもあり早めに起き、身支度をするのに時間をかけているらしい。女性は大変なのだなとつくづく思う。

 朝は起床時間の違いで会わない。夜は僕が帰宅する時間が遅いことから、佳奈が夜更かししていないと会うことはまずない。

 兄妹といえ、あまり会わなければ他人行儀とまではいかないにしろ、少し会話に緊張が生まれてしまう。


 会話内容にそんなことを思っていたら、佳奈がカップを机に置いた。


「あ、あのね。私、頑張って国立入って学費を安く済ませるから。それに私もアルバイトを始めて兄さんの負担を軽くさせるからさ……そうしたら兄さんも好きなことが出来ると思うし……」


 ホットミルクが入ったカップを両手で持ち、こちらには視線を向けず下を向きながら言った言葉。

 この時点で、昨日まで送っていた何気ない日々と何か違う日のように感じた。


「大学に入った先のことなんてまだ気にしなくていいよ」


 確か、こうはぐらかしたハズだ。


「で、でも兄さんが頑張ってるの……私はよく知ってるから」


「でもそうなると僕の時間が有り余って暇になるからなぁ……。やりたい事って言われても……、それならバイトをやめずに――」


「じ、じゃあ兄さんも大学に入ればいいんじゃないかな!!」


 突然の提案に驚いたのを覚えている。

 そしてその後も佳奈の言葉は続いた。


「奨学金を借りてさ! 二人で同じ大学に入って同じサークルに入って、学食を一緒に食べてさ! 絶対楽しいよ!」


 るんるんした表情をする妹に少し押され、若干体の重心を妹の反対方向に移したんだっけ。

 悪い提案ではないのは確かだ。僕が望んでいない訳がない。

 けど、僕は高望みをしないと決めたハズなんだ。


『――お待たせいたしました。葛木の原公園前、葛木の原公園前~』


 ファミレスに向かうバスがバス停に止まったことで、僕はそれに乗り込んだ。適当な場所に座り、揺れる窓の外を見ながら考えた。

 その日すぐに答えを出すことはできなかった。

 そんな簡単な話ではないと思ったからだ。


「確かに、僕が……大学に今から行くって、そういう考え方は無かった……」


 額を窓に当て、車輪から伝わる振動を感じながら思考に意識を向けていく。

 幸い今僕はフリーター的な立ち位置にいるわけだし、勉強をし直したら……けど、お金の問題はどうする?

 いつまで経っても、思考の陰には金銭的な問題がチラチラとでてくる。拭い用のない問題だ。

 そこで、ある先生の言葉をふと思い出した。


 ――貸与ではなくて給付の奨学金って手がある。すべてをカバーできるわけではないかもしれないが、もしかしたら。


 確か、そんなことを僕が進学を止めると言った時に聞いた気がした。


 ……不確定なモノだ。


 そもそもソレは一回生から受けれるのか? 

 浪人という状態に奨学金というモノは払われるのか……? 

 分からない、分かるわけがない。

 本当は、奨学金を頼るつもりじゃなかったんだから。


 今、この現状、賢い行いはなんだ? 

 僕が取るべき賢い行いは……考えろ、思考を止めるな。


 ここで、思考を蝕んでいた異物ひろうに改めて気付いた。

 鈍い思考能力、最善手を考えるまでの頭の機能がボロボロになって、二年前の状態から変わり果てている。


「ぼく……こんなに馬鹿だっけ……」


 あの時は自暴自棄になっていたのは薄々と感じていた。

 大学にやめて佳奈のために働く、あれは最善手であったハズだ。他の選択肢と明確な差があったわけではないが……。


 だが、その佳奈が──大事な家族が勇気を出して提案をしてくれたのだ。


「……思考停止のままじゃ、ダメだ」


 目的地のバス停で降りると、深く呼吸をしてバイトに臨んだ。

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