両腕いっぱいの愛を、君に捧ぐ

結紀ユウリ

両腕いっぱいの愛を、君に捧ぐ

 この25年間、ただがむしゃらに働いて生きてきた。



 家族を支えていく為に、とにかく働かなければ。



 当時の私の考えはそれしかなかった。



 秋になり、妻は娘を産んだ。私の両腕にすっぽりと収まってしまう程に小さいその生命は、尊く、愛しく、涙が溢れた。



 娘は日毎に違った表情を見せ、一分一秒とて目を離すことが惜しかった。



 だが、仕事にばかりかまけていた私にある日罰が下った。



 妻は病に罹っていた。それも、もう末期のものであった。



 私は家族の為にと躍起になり働いていたが、実のところ目の前の家族の状態にさえ気が付くことが出来なかった。



 妻は私に心配をかけまいと、ずっとひた隠しにしていたそうだ。



 自分の病とまだ幼い娘を抱えてどれほどの苦しみに耐えていたのだろう。私の想像など遥かに及ばぬものだろう。



 ある晩、妻は私にこう言った。



 私は幸せでした。こんなにも幸せの中で生きていられたのが夢だったかのように。



 春に貴方と出会い、夏に愛を育み、秋にかけがえのない生命を授かり、冬と共に旅立っていく。



 私の一生を一年に纏めたら、きっとこんな感じでしょう。



 妻はいつものように穏やかな声で続ける。



 ああ、だけれども。



 貴方と一緒にあの子の成長をもう少しだけでも見ていたかった。



 そう思うのは私のわがままですね。



 私は寂しそうに微笑む妻を泣きながら抱き締めた。



 それから三ヶ月後に妻は旅立っていった。



 私は妻の死をまだ理解できない程に幼い娘と共に日々を過ごした。



 そして今日。



 私の両腕で抱えられてしまう程に小さかった娘が巣立ちの時を迎えた。



 「どこかおかしいところはあるかな?」



 娘の人生の晴れ舞台に失敗など許されない。私は緊張で何度も自分の礼装をチェックする。



 「大丈夫。お父さんはいつだってかっこいいよ」



 今、私の目の前に立つ娘は私より少しばかり背が高くなり、娘の成長と共に自分の老いを感じた。



 「お前も、とても綺麗だ。母さんにそっくりだ」



 記憶の中の妻を思い返す。思い起こす妻はいつも変わらぬ姿のままだ。自分はこんなにも年老いてしまったのに。


 「本当?」



 娘は嬉しそうに笑う。



 「そろそろお時間になります」



 式場のスタッフが声を掛けに来る。



 「はい、すぐに行きます」



 呼びかけに応え、娘はバージンロードへの扉へ向かう。



 私も娘の後を追い、向かおうとした時。



 「お父さん!」



 娘が急に駆け寄り飛び付いてきた。



 緊張しているのだと思い、あやすように娘の背をさする。



 「おお、どうしたんだ?」



 「あのね、私。お父さんとお母さんの子供に生まれてきて本当に幸せでした」



 笑顔で涙を流す純白のドレスに身を包んだ娘は、とても綺麗で輝きを放っていた。



 その瞬間、私の中の妻と娘と過ごしてきた25年間の思い出が波のように押し寄せてきた。



 そうか、私はこの瞬間の為にこれまで生きてきたのか。



 私は……ようやく許されたのだろうか。


 

 この瞬間を迎えて、私は私を許すことが出来たのかもしれない。



 親子二人で泣きながら抱き締め合い、妻を思い返した。



 三人で過ごした日々は決して長いものではなかったが、そのどれもが宝石のような一分一秒だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

両腕いっぱいの愛を、君に捧ぐ 結紀ユウリ @on_yuuki00

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ