第3章 勇者パーティー

第22話 推しとの出会いは突然に

「……はあ」


 ぶっ飛ばしたジャイアントボアやら、ワイドベアーやらの中心で溜息をつく。


 ――ここは町外れの森。


 湖もあって景色も奇麗なので、本来なら休みの日にピクニックとかで人が集まりそうな場所だが、思いっきり魔物たちの住処のせいで、一般人は近づかない。


 以前は、隠れて訓練するには最適と来ていたが、誰かが見ている可能性は0ではないとヴラドに注意されたことや、ヴラドのおかげで、目立ちすぎなければアポカリプスを人前で使ってもよくなったので、ここに来ることはなかった。


 そんな私が、何故ここにいるかというと……


「変身……練習しなきゃなぁ」


 魔王の武具である黒い宝珠が埋まった腕輪……ヤサクニ(アオイさん命名)を見ながら呟く。


 この魔王の武具は、魔王の力の制御、魔力の増大など、持ち主の戦闘力を引き出すものらしい。


 そしてその中には、装着者が一番戦いに適した状態にするという効果があり、戦闘スタイルに適した服や、姿に変わるというものがある。


 髪は短めになり、服はトレーニングスーツに近いアンダーウェアと、柔道着と巫女服を足して割ったような袖のある上着に、短めの袴ともいうべき、ゆったりとしたズボン。


 たしかにこれは非常に戦いやすく、特に髪は組み付くときに結構邪魔なので非常に助かるのだが……


「……なんで一回、裸になるかなぁ」


 困ったことに、服が光になって再構築される際、裸になるのである。


 アオイさん曰く、光に包まれるので、恥ずかしいところは見えないとのことだが、自分からしたらただの全裸(人前)でしかない。


 さらに困ったことに、この変身が行われている際、なんだか気持ちよくなって、体が勝手に変身を受け入れるようなポーズを取るという、まさに魔法少女の変身シーンをぶちかますことになる。


(いや、そりゃオタクの私としては、こういう変身願望もあるし、なんだかちょっといい気分だけど……)


 いくらなんでも、肌色過多だ。


 なんだったら変身後の服装は、ズボンは股周りの布がなく、肩もおへそも出ており、なんというかファンタジーでいう、和風の踊り子衣装に近い。


 術者が魔力を溜める場所は、布があると妨げになりやすいとのことだが、ならばなぜ股……いや、たしかに足の付け根ということは、ある意味で動きの基本になるのか。


「……はあ。諦めて練習しようか」


 はっきり言って、二度とこんなもの使いたくないのだが、今後のこともあるので、使い慣れておかないといけない。


 屋敷の庭とかで練習しようと思ったが、変身後のアポカリプスはヴラドの館を粉砕しているので、迂闊なところで変身できない。


「周りに人はいないよね……よし! いくよ!」


 そう思いながら右手に力をこめる。


「……と、解き放て! 深淵より生まれし魔の力!」


 私のめちゃくちゃ恥ずかしいセリフと共に、ヤサクニより黒い光が溢れ出し、私を包み込む。


 ちなみにこのセリフはアオイさん考案で、本当はもっと長く、厨に……痛々し……とてもかっこいい力作だったが、長すぎるし、言い辛いしでなんとか阻止。


 ただし、変身する際に周りに伝える合言葉としては必要ということで、セリフを言うことは阻止できなかった。


(……やっぱり、なんだか気持ちいい)


 自然と目を瞑り、黒い光を受け入れるかのように手を広げる。


 眠りに付く直前の感覚というか、とにかく落ち着くのだ。


 この感覚があると、全裸の証明である全身に当たる空気すらも、気持ち良さの一つにすら思えてくる。


 ……まずい。変な癖になって、変身なしでも気持ち良さを感じ出さないようにしないと。


「さ、さあ、真なる闇の前にひれ伏しなさい……」


 だいーぶ省略したアオイさん考案のセリフを口にする。


 この形態の私は威圧感が凄まじいらしく、見得を切るだけでも格下相手なら逃げだすから、やるべきとのこと。


「うう……もうやだぁ……」


 恥ずかしいし、なんか癖になりそうだし、変身の憧れのせいで嫌じゃない私もいるしで最悪だ。


 さっさと終わらせる為に、この形態でその辺の魔物と戦闘を……


「お前! 何者だ!」


「え……?」


 聞き覚えのある声……!


 何度でも言おう、いいセリフのとき、ベッドの中でじたばたしつつ、枕に顔押し付けながら悶えながら聞いていたこの声は!


「この闇の力……まさか、お前が魔王か!」


 聖闘士トール。


 全てが可愛い、攻略対象キャラの私の最推し!


 なんでこんなところに……ん?


 ちょっと待って?


「……いつからそこに?」


「答える必要はねえ! お前が魔王なら、このオレがぶった切ってやる!」


 そう言いながら、闘気剣を展開する。


 本来なら、推しキャラのカッコいい姿に心奪われるところなのだろうが……


「…………ねえ。いつからそこに?」


 本気で人を殺そうとした、あの試合のときよりも強い殺意をトールくんに向ける。


「な、なんだよ! 今来たばっかりだよ!」


「そ、そう。それなら……」


 とりあえず、私にとって、もっとも見られたくないシーンは見られてな……


「自主訓練してたら、遠くで、闇の力を感じる光に包まれた裸の女を見かけたから、走ってきたんだよ!」


 ――この日私は、異世界に来て、一番早く動いた。


 ヤサカニによって展開できるアポカリプスの数が増えたことによる、多重アポカリプスを用いた超高速移動で。


 ――この日私は、異世界に来て最大級の投げを放った。


 ヤサクニのおかげで、触れた相手の重力制御がより細かくできたことにより、私にも使えるようになった、ある意味背負い投げよりも危険で殺傷能力の高い、山嵐を。


 ――ズガァァアアアアアン!!


 凄まじい轟音と共に大地が揺れ、その衝撃は町にまで届くのであった。

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