閑話 吸血鬼の憂鬱


「……ふう。これで、今日の仕事は終わりですね」


 目の前の書類仕事を片付けながら呟く。


 今まで細かい仕事は副校長に任せてきたが、しっかりと校長の業務に向き合ってみると、宰相の仕事より頭を使う。


「……これも、『やってあげていた』感覚で動いていた私への罰ですかね」


 手を抜いていたつもりはないが、宰相やテスタメントが本業だから仕方がないといって、向き合っていなかったのは事実だ。


 その証拠に……


「……失礼します」


「これはこれは、エミル嬢。どうかしましたか?」


「レムリアの家に行きたいです」


 こうやって、生徒の直談判……要望書とは違う本当の声を、今まで聞いてこなかったのだから。


 ……まあ、こういった内容は、あまり聞きたくないのだが。


「……エミル嬢。何度も言いますが、レムリア嬢は今、私の館で開かれたパーティーでの倒壊事故に巻き込まれ、怪我で療養中です。」


「だからです。ランプ替わりが怪我を癒してくれますし、なんだったら、精霊の力で脅しててでも、回復魔法が得意なユーリ先輩を連れていきます」


「いや、脅しちゃ駄目ですから。というか、新勇者パーティーは、まだ仲良くなれていないんですか?」


「ユーリ先輩は、レムリアを見る目が信用できません。レムリアを傷つけようとしたトール先輩は論外です。なんだったら、今すぐ全力で、あの矢を撃ち込んでやりたいぐらいです」


「やめましょうね。全力で撃ったらトール君たぶん死にますから。というか、下手すればこの学校も吹き飛びますから」


 思考の大半がレムリア嬢に寄っていること、さらりとロナードのことを忘却していることについては、あえて触れずに話を進める。


「エミル嬢。改めて言います。今は、貴女が本当に勇者かどうかの確認中であり、保護対象です。同じく保護対象となった孤児院に帰るぐらいは私の権限で許可しますが、さすがに他の場所に行くのは、国が許さないでしょう」


「王城をあの矢で撃ち抜けばいいですか?」


「……本気でやめましょうね。それ、魔王ですらなしえなかった悪行ですので」


 レムリア嬢も変わった魔王と呼ぶならば、エミル嬢もかなり変わった勇者だ。


 孤児院と、レムリア嬢以外のことでは、全く行動する気がない。


 そして、まったく容赦がないので、なんならこちらの方が魔王に見えるくらいだ。


「とにかく、今は我慢して学生寮に戻ってください。勇者かどうかの確認が終わったら、またいつもの学校生活に戻りますから」


「……分かりました。それでは、失礼します」


 そう言いながら、去っていくエミル嬢。


 とりあえず、仕事が終わっているのに取り掛かることになった、二つのの問題の一つ目は片付いた。


 あとは……


「……そろそろ、入ってきてもいいですよ」


 え、何でバレてるの!? みたいな声を上げつつ、おそるおそるバルコニーから入ってくる

 二つ目の問題……レムリア嬢を迎え入れる。


「え~と……お邪魔します」


「……ようこそ、レムリア嬢」


「ちょっ、その手に溜めた魔力っぽい、黒い光はなんですか!」


「ああ、これですか? 相手を闇に還すかのように消滅させる吸血鬼の固有魔法で、アポカリプスと精霊魔法さえ除けば、現在発見されている魔法の中で、最強とされている……」


「親切丁寧に物騒なこと言わないでください!」


「いやですねぇ、冗談ですよ。主に向かってそんなことするわけないじゃないですか」


「目が本気だったから! ていうか、ヴラドさん、なんだか私の扱いが、アオイさんに似てきてませんか?」


「お仕えする主を躾けるのも、部下の仕事ですから」


「……躾ける? 躾けるって言いましたか今! やっぱりアオイさんと同じ扱いしてますよね! ねぇ!」


 ころころと表情が変わりならが、色々な感情をぶつけてくるレムリア嬢。


 明らかに誑されているアオイ嬢が、未だにレムリア嬢への態度を変えないのは、こんな彼女を見たいからなのかもしれない。


「それで、なんの用ですか? スコールに謝れたから、この勢いで私にも謝ってしまおうと思ってわざわざ来たレムリア嬢」


「あ、はい。ちゃんと謝ざ……スコールといい、私の心を読む魔法とか使ってます?」


「大人になったら使える魔法、ということにしておきましょうか」


 あれだけ強く追い返したのにまた来たにはきっかけが必要、今考えられるきっかけはスコールへの謝罪。


 これぐらいすぐ分かるのだが……まあ、レムリア嬢は大人になってもこの『察する』という魔法が使えないかもしれない。


「じゃあもう開き直りますけど……改めまして、私のせいで宰相を辞めることになったり、館壊したり、思いっきり投げたり殴っちゃったりして、本当にごめんなさい」


「謝罪を受けとりました。ではもう帰っていいですよ」


「ひどっ……本気で謝っているんですよ、私!」


「分かっていますし、貴女の気持ちは伝わっています。ですが、私は謝罪よりも体を休めてほしいのですよ。貴女は平気かもしれませんが、主が完全な状態でないと、部下は心配してしまう。どんな形であれ、組織の上に立ったのだから、こういうところも学んでいってくださいね」


「……」


 またしても表情をころころ変えながら、納得したようで、納得してない態度をとるレムリア嬢。


 本当に、見ていて飽きない子だ。


「おやおや。納得いきませんか? でしたら、宰相を辞めたのはあくまで自分の意思、貴女に殴られたり投げられたことは、今までの自分と決別するきっかけとなったのでむしろ感謝している、これらのことを、親切丁寧に伝えましょうか?」


 からかうように対応する私を、拗ねた子供のように見てくるレムリア嬢。


「…………口開けて」


「……はい?」


「いいから口開けて! 主の命令!」


 そして、少し追い込み過ぎたのか、急に意味不明なことを言いだす。


 これは一発殴られるかもしれないなと覚悟して口を開けると、そこに甘い何かが放り込まれる。


「えっと……これは……?」


「金平糖! 私の世界で有名なお菓子のひとつ! 疲れているときには甘いもの! 残りはここに置いておくので、ちゃんと食べてください! それとこれは、お茶が入った水筒! 魔法瓶といって、今も温かいお茶が飲めます!」


「は、はあ……ありがとうございます」


 怒涛の如く言葉をぶつけてくるレムリア嬢。


 殴られる覚悟をしていたのに、この展開は完全に予想外だった。


「それじゃあ、帰ります! ヴラムさんも、ちゃんと休んでくださいね!」


 そう言いながら、バルコニーから空を駆けるように去っていく。


「……だから、あんまり目立つようにアポカリプスを使わないでくださいよ」


 そんな私の言葉は、もちろん届かない。


 まあ、もはや諦めているというか、彼女の魅力がそれを許してしまうというか。


「ロナードが豹変したのも、分かる気がしますよ」


 初めて会ったときのロナードは、顔で笑いながらも、心の中では全てを拒絶していた。


 憎しみ、虚無、あらゆる負の感情で世界を見ていた。


 本心はどうか分からないが、行動の全てがレムリア嬢で回り始めている。


 あの館のときも、騎士団が追撃してこなかったのは、おそらく『聖騎士』としてロナードが裏から手を回していたのだろう。


「スコールまで心を許しているところをみるに、本当に、彼女の人誑しは凄まじいですね」


 彼女の置いていった金平糖? というお菓子をまた一つ口に入れる。


 自分も彼女に誑されていると感じながら、その甘さに酔いしれる。


「さて、そろそろ……」


 校内を張らせている蝙蝠によって気付いた三つ目の問題……


「……あの、校長先生。ここからレムリアの気配と匂いがするんですが?」


 困った魔王に誑された同士である、これまた困った勇者の相手をしなくては。



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まさかの閑話二連続に……次回は勇者ルート始まります\( 'ω')/

拙い文章ですが、呼んでくださると嬉しいです。

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