第17話 解散!

 大きく陥没した床……もはや原型を留めていない魔王の彫像や、魔王由来の道具……

 私のアポカリプスによって、地下室は崩壊寸前の、爆撃のあとのような惨状になっていた。


「ま、魔王様……?」


 残骸から現れる魔族の人たち。

 まだはっきりしない頭とぼやける視界から、しっかりと顔は分からない。

 だが、そんな事はどうでもいいとばかりに……


「ふ・ざ・け・る・なぁぁぁあああああああ~~~~!!」


 今までの人生で一番の大声と共に、最大級の怒りをぶつける!


「さっきから聞いてれば、なんですか、なんなんですか! 魔王は魔族の便利屋なんかじゃない!」


 言い切った後に、体がふらつく。

 こんなに怒った事がなかったので知らなかったが、どうやら私は怒るときに体を動かすらしく、今の私の体は、そんなちょっとした動きにすら耐えられないようだ。

 ……だが、止まるわけにはいかない!


「言っときますけどね! 私! 魔王なんて全然興味ないです! やったとしても、あなた達を守ったり! 率いたり! 敵でもない人間と戦ったりなんてしないから!」

「なっ、なんだと!?」

「それとスコール!」

「お、おう!」


 自分に振られるとは思わなかったのか、珍しく驚いた声を出す。

 まあ、急に話振られた時ってびっくりするし、こんな時は話しかけてほしくないだろうから、ちょっと同情するが、知ったこっちゃない!


「魔王が憎いってのは分かった! その魔王が復活しないなら、ここの面倒な人達売って、お金にしたいっていうのも分かる!」


 本当に、心の底からこう思う。

 ここに居る人達はとにかく面倒だし、人間見下すし、はっきりいって大嫌いだ。


「でもね! 最初から裏切るつもりだったならともかく、同じ組織の仲間を即売るって、一族の長としてどうなの!」

「……お嬢ちゃんはまだ子供だから分からないだろうがな。これも組織のやり方ってやつで……」

「……大人の事情で逃げるなぁ~!!」

「うおっ!」


 感情の制御と一緒に魔力の制御ができなくなっているのか、私を中心にアポカリプスが発動する。

 アポカリプスによる衝撃で突風が発生し、スコールをもたじろがせる。


「もうそういうの沢山! 昔はアパート六畳に家族で暮らして! 持ってるものは、古びた道場と柔道の腕前と仲良し家族だけなんて言ってたのに!」


 大人になったらやれる事が増えたり減ったり、やらなきゃいけない事も増える。


「金メダル取って有名になってから、道場いくつも持つようになって、豪邸も建てて、気が付けば両親別居で私は一人暮らし! 理由を聞いたら、『大人になったら分かるから』って……」


 だから、大人の事情ってものがあるのだって分かっている。


「……大人の事情より、『大人の責任』を優先しろ馬鹿ぁぁぁあ!」


 でも! 大人の事情で逃げずにちゃんと説明しろ!

 離婚するなら、ちゃんと子供に理由を言え!

 私がどっちに付いていきたいかで親権が……世間体が重要な有名人になったからって、どっちつかずの状況になるな!


「お前は何を言って……」

「そこの狼の人!」

「わ、わん!」


 たぶん、さっきアオイさんにぶっ飛ばされてた狼の人に声をかける。

 視界が完全に回復しているわけじゃないから確信はないけど、髪の色同じだしたぶんそう! というか、もうそういう事にしておく!


「いくら一族の恨みだからって、ここに居る人全員、あなたの敵なの!?」

「えっと……」

「て・き・な・の!?」

「い、いいえ! 一緒にご飯食べたり、同じ魔族なのに魔力低いよなって、愚痴言い合う人もいました!」

「それもう友達だから! 友達は大事にしなさい!」

「ご、ごめんなさいぃ!」


すぐに謝る狼の人。

なんかいじめている気になってきたが、もう知ったこっちゃない!


「それに何より! そう思ってるなら、なんでスコールに言わないの! 今回の襲撃は、大賛成ってわけじゃなかったんでしょ!?」

「い、いやその……スコール様の方針は間違ってないと思いますし、一族の為を思うなら当然なのかなって……」

「……本心!」

「さ、さすがに、一応は同じ組織なわけで、直接対立したわけでもないのに、いきなり騙し討ちしたうえに売るのはどうかと思いました!」

「だ、そうだよ! スコール!」

「お、おうっ!?」


またしても自分に振られると思ってなかったのか、驚くスコール。

気持は分かるけど、人の話に集中なさい!


「は、話は分かるがよ、こっちにも事情が……」

「また大人の事情!? 言い訳するな! 大体ね! 一族のためって言うけど、組織で裏切りかましたら信用が無くなって別の仕事も減るから! 自分勝手やって、信用失って破滅した呂布の末路を知らないの!?」

「リョ、リョフ……?」

「三国志ぐらい見とけ! ゲームでもよく出てくるから、オタクの基礎知識だ馬鹿ぁ!」

「え、あ、す、すまん……?」


錬成に考えれば、こっちの世界の人が三国志を知っているわけないのだが、もうとにかくスコールが悪い!


「次に、そこの偉そうな魔族の人!」

「わ、私か!?」


 今度は、なんか見たことがあるような人を指差す。

 なんか偉い人だったような……まあ、どうでもいいや!


「魔族の繁栄なんて言葉で誤魔化すな! 結局、自分より上の存在が……人が王であることが気にいらないんでしょう! ごねてる暇があったら、人間滅ぼすのは自分だぐらい言ってみろ!」

「なっ!?」

「それにね! 魔王にも、勇者にも、聖騎士達にも喧嘩を売れないような小物が、いつまでも権力持っていられると思うな! その内、あなたなんかと比べ物にならない大物が現れて、確実にその地位を奪われるから!」

「い、言わせておけば!」


「……もういいでしょう。レムリア嬢も、皆さんも」


 そう言いながら、私の前に誰かが現れる。

 視界が回復していないのでよくは見えないが、ヴラムの声がするということはヴラムなのだろう。

 ヴラムが戻ってきたということは……なんか大事な事に繋がるはずなのだが、頭が沸騰している今の状態じゃ思い出せない。


「レムリア嬢も、冷静になってください。一時の感情に流されてはいけません」

「……は?」


 ……今なんと言ったのだろうか、このイケメンヴァンパイアは。


「貴女に頼りすぎる私たちも悪い……ですが、貴女は魔王の力を受け継いだ者です。私達は私達で改善し、貴女はその責務を……え?」

「……知・る・かぁ~~!!」

「なっ……ごはぁあ!」


 ――肩車。

 相手を肩の高さまで担ぎ上げ、そのまま落とすように投げる技。

 高い場所から落とされる関係上、衝撃は背負い投げを上回るとされる荒業のひとつ。


 今の柔道ではこの形式の肩車は反則だが、容赦する気は一切ないので、迷うことなく使って、思いっきり叩きつける。

 アポカリプスも併用しているので、ヴラムだろうとかなりのダメージだろう。

 というか、なんか今のヴラムはこんなことしたら本当にヤバかった気がするのだが、まあよしとする!


「もう一度言いますけどね! 私は魔王に興味ない! 魔王の力を受け継いだからって、魔族の側に立つ気も、人間側に立つ気もない! この力で何かしろって言うなら、私は自分が正しいと思った事に使うだけ!」


 だって、本当に気に入らないから!

 もう何かに流されるなんて嫌だから!


「そもそも! 魔王が魔族を率いなきゃいけないなんて、誰が決めたの! 魔王も……メダリストの娘も、好きに生きますよ! 勝手に期待されて! その通りにならなかったら捨てられるのは、もう沢山なの!」

「そ、それは上に立つ者の責務であって……」


 ヴラムが倒れ、近くの魔族もなんか言ってくるが、もはや知ったことではない。


「だ・か・ら! 大人の理屈で喋るな! 気に入らないなら、私をぶっ飛ばして魔王名乗ればいいでしょう!」

「だ、黙って聞いていれば……望み通りにしてくれる!」


 そう言いながら、手に火球を出す。


「えっ……か、体が急に……!?」


 だが、私のアポカリプスがそれを許さない。

 火球を放とうとした魔族の人を吸い寄せ、私の前まで来させる。


「こういう大事な話をしているのに! 魔法なんて、わけわからない力に頼るな! 言いたい事があるなら、拳でこぉぉい!!」

「ごふうっ!」


 私の目の前に来た魔族の人を思いっきりぶん殴る。

 渾身の拳によって、魔族の人……近くで見たら公爵さんが、きりもみしながら飛んでいく。


「い、いや、魔王様も魔法を……」

「なんか言った!? それと、魔王って呼ぶな馬鹿!」

「は、はいぃ!」


 自分でも何言っているか分からないが、もう止まらない……いや、止まりたくない!


「納得いかん! 私達は、強い魔力を持った選ばれし者だ! 今は、魔王が勇者に負けたせいで人間の下に付いているが、本来は魔族が上に立つべきなのだ! だからこそ私は、魔王復活の協力をし、魔族の繁栄を……」

「その話はさっき聞いた! なんどでも言うけど、私は興味ない! 気に入らないなら、私を倒して自分が魔王名乗れ! それで人間を滅ぼせ! それが嫌なら、そうしたいな、できたらいいなって思うだけの日々を過ごしてなさい!」

「ふ、ふざけるなぁ!」


 どうやら、さっきのアポカリプスが脅しになったのか、それとも感情を吐き出すのは自分の体そのものであるべきだという私の考えに同調してくれたのか、殴りかかってきてくれる。

 こういうとき、主人公なら相手の攻撃を一度受けて、思いを受けとめつつ友情をかましたりしそうだが……


「ふざけてるのはどっちだぁ!」

「……ぬぐぉ!」


 私はそんなつもりは一切ない!

 容赦なくクロスカウンターで相手の顔に拳を叩き込む!


「人に勝手に期待するな! 自分の理想を押し付けるな! 自分の理想と違うからって、勝手に恨んでくるな! 魔王とか……メダリストの娘は天才少女とか……もう、人のイメージとか期待に付き合う気はないから!」


 そのまま倒れる魔族の人。

 だが、気に入らない人はまだまだいるらしい。


「魔王様がいれば、今の生活がマシになるって聞いたのに! 気に入らない人間達を跪ずかせられるようになるって聞いたから、協力して……あぐっ!」

「自分が望む未来を勝手に妄想したって、そんな未来は来ない! 私だって、いつか分かってくれる、友達だったんだからきっと味方してくれるって願ったけど、あんなにいた友達は全員私から離れていって、今は友達0のひとりぼっち! 文句ある!?」


 言っとくけど、リアルの友達0って本当に地獄だから!

 便所飯とか死にたくなるから!


「魔王様の復活に尽力すれば、魔王軍の大幹部になれるはずと聞いたのに……ぐおぁ!」

「そんな事考えてる人は! 一生上にいけないから!」

「わ、私はその……えっと……おふぅ!」

「私みたいに引き篭もりたくなかったら、自分の考えはちゃんと言葉にしろぉ!」


 その後も魔族を殴り続ける。

 言葉を交わしつつ、何度も何度も……


「はぁ……はぁ……」


 そして、もはやテスタメント全員沈めたのではないかと思うぐらいに殴り、元のダメージも合わさり、もう手の感触が無くなってきたその時、見知った人が立ち上がってきた。


「…………」


 いつもの表情とは違うヴラム。

 肩車のダメージにより、スコール以上に満身創痍のようで、足はふらついているが、その目は怒りを宿し、真剣に私を見てくる。


「……もう一度言いますよ、レムリア嬢。貴女は今、冷静さを欠いている。貴女の気持ちは分かりますが、貴女は魔王として……」


「何度も何度も、しつこい!」


 セリフの途中で、私の拳がヴラムの顔に突き刺さる。

 だがヴラムは堪え、そのまま徐々に顔で拳を押し返してくる。


「……逃げることは許さない」


 いつもの余裕な態度は捨て、語り掛けてくるヴラム。


「貴女は、それが魔王の力と知り、そして受け入れた! みんなが自分らしく生きられる世の中にしたいと言った! なりたい、なりたくないは関係ない! その力を受け取ったからには、その責任を取れ!」


 放たれたヴラムの拳が、私の顔に突き刺さる。


「この世界を、魔王の時代のようにしないのは、あの悲惨な戦いを体験した者の義務! 魔族と人間の戦争を起こさせない! そして、魔王が生まれるような、人間と魔族がいがみ合う世の中にしないため、人間と魔王を統べる王が必要! だから私は……私は!!」


 言葉と、感情と、そして拳を私にぶつけ続けるヴラム。

 ヴラムの体から吹き出る血。

 勇者と互角に戦ったというヴラムだろうと限界なのだろう。


 だけど……


「義務で……」


 ……だけど!


「……義務なんかで人を語るなぁ~!!」


「がっ……!」


 私の拳をもろにうけ、吹き飛ぶヴラム。


「義務、義務って……じゃあ! ここにいるあなたは何! 昔の地獄を繰り返さないなんて義務を果たすだけの人形!? 私は何!? 試合で負けそうになって、なんとか逆転したのに人殺しなんて言われて、周りからもネットでも叩かれまくった私はなんなの!」


 目に感じる感覚……おそらく私は大泣きしているのだろう。

 でも、そんな事を気にしないで、私は言葉を……感情を吐き出す。


「……私! ちゃんと勝った! みんなの期待に……メダリストの娘、天才少女の義務に応えた! なのに、人殺し女子高生になって、その後は柔道するだけで周りに、また人を殺しにきたとか言われる! 今までの義務を失い、何もできなくなった私はなんなの!」


 義務を果たし、義務を失ったとしても、私は私!


「義務なんかより、みんなが自分らしく生きることを……あなたがやりたい事を優先しなさい!」


 そのとき、偶然か、運命なのか、私の足元に魔王の武具である黒い球体が転がってくる。


「そんなに魔王が怖いなら……!」


 地面に転がった魔王の武具を拾い上げ、私の体に残った魔力全てを使い、アポカリプスを発生させ、握りつぶそうとする。


 ピシッという音と共に、魔王の武具に亀裂が走るが……


「……くぅ!」


 魔王の武具も、ただで壊される気はないらしい。


 球体が変化し、飛び出した刃が私の手を貫く。


「ま、魔王が怖いなら……!」


 流れ出る血……走る激痛……だけど!


「私が! ぶっ飛ばすから!」


 ――ガシャァアアアン!


 粉々になる魔王の武具。


「『ヤミヒカ』の鬼畜難易度にだって、私の中の魔王にだって負けない!」


 これが私の、姫川葵の言葉!


 ――ヴゥゥウン。


 ……そうやって、感情を吐き出すことで心が穏やかになるのを感じていた私は、油断していたのだろう。

 粉々になった魔王の武具から、異音がなっている事に気付いていなかった。


「だから……名目上とはいえ、魔王の力を持ち、テスタメントを率いている私が、ここに宣言します!」


 破片は動き出し、私の周りを取り囲んでいく。

 そして、徐々に黒い光を放ちだす。


「テスタメントは……」


 破片は足元に魔法陣の様な、力場を形成していく。


「テスタメントは……!」


 その力場は、徐々に光の柱のようになり、私を包み込んでいく。

 そして、私の宣言を聞くために、全員が私を見ている瞬間を狙ったかのように……


「……ここで、解散します!」


 ――私の着ている服を光へと変えた。


「…………え?」


 この世界に来た時のような、全身に当たる風と圧倒的な解放感……そして、テスタメントの人たちの目線……それを追うかのように、私の下を向く。


 肌色、時々黒い光。

 そんなことはないと、一度目を逸らしてからもう一度見ても同じ。


 肌色、時々黒い光だ。

 そして、徐々に黒い光は収束していき、服へと変化していく。


「あ……」


 服の細部や、マントが無くなっている事など細かい違いはあるが、私はこの衣装を見た事がある。

 かなり際どく、極まったレオタード……間違いない。

 ゲームでレムリアが着ていた、魔王の武具だ。



「ぁ……ぅぁ……」


 だが、問題はそこではない。

 いや、マントも無くなったせいで、原型よりさらに肌色面積が大きくなっているのは大問題だが、そこではない。

 アニメでいう、魔法少女の変身のごとく、一瞬とはいえ、私の服が光に変わっていた。


 それはつまり……


「ぁ……ぁぅ……あ……あぁ…ン…」


 ――ここに居る全員の前で、私が全裸になったということだった。


「……今すぐ忘れてぇぇぇぇ~~!!」


 そう言いながら、私は地面にアポカリプスを叩きつけるのであった。

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