第16話 テスタメント……

 ――ズガァァアン!


 アポカリプスを併用した背負い投げにより、地下に轟音が鳴り響く。

 地震ともいえる揺れと衝撃により、舞い上がる噴煙。

 その凄まじさは、圧倒的な破壊力を証明している。


 だが……


(……投げる寸前に、引手が切られた)


 自分の手を見ながら、感触を思い出す。

 腰には乗せていたので、すぐにいつも通りの両手背負いから片手背負いに切り替えたが、ある程度はダメージが軽減されているだろう。


 とは言っても、重力を操るアポカリプスを併用した、片手とはいえ、一撃必殺の背負い投げ。

 落ちる姿勢をある程度コントロールされたとは思うが、かなりのダメージのはずだ。


「ぐっ……」


 噴煙が晴れ、中から現れるスコール。

 やはりかなりのダメージのようで、腰から外した刀を杖に、なんとか起き上がろうとしているという状態だ。


 そして、スコールが驚異じゃなくなった瞬間に、周りが騒めきだす。


「さ、さすが魔王様の力を受け継いだ者だ!」

「人間如きなどと言って失礼しました! あなたこそが新たな魔王様だ!」

「さあ、裏切者に止めを!」


(そうだ……止めを刺さなきゃ)


 ……ここで、やらなきゃいけない。

 ここで倒さなければ……私はまた、あの地獄に落とされる。


『うわ、これ完全に殺し屋の目だろ』

『殺し屋女子高生、マジやべえ……』


 今まで楽しかったものも……


『あ、姫野さん……お、おはよう……』

『も、もうすぐ授業始まるね! 私、準備しなくちゃ!』


 好きだった場所も……


『あの子って……』

『いい子だと思ってたんだけどねぇ』


 暖かかった人達も、失ってしまう……

 あの地獄に……あの暗い場所に……


(嫌だ……)


 ……右腕に集めた全力のアポカリプス。

 絞め技をする力は残ってなくても、これで首を握りつぶしてしまえば……


(暗いのは嫌だ……私にも光を……)


「やってしまってください!」


「魔王様万歳!」


(光……)


「さあ、止めを!」

「これが、魔族の新たな時代の始まりです!」


(私を恐怖の目で見ない……私を慕ってくれる人達……)


 さっきまでと違う、全員が私を見てくれている。

 私を見ながら話し、応援してくれている。


(あれが……私の求めた光……)


 そこに、鞘から刀を抜く金属音が響く。


「はぁ……はぁ……」


 そこには、なんとか立ち上がり、口で鞘を固定し、なんとか刀を抜いたスコールがいた。

 目を虚ろながらも、宿る闘争心は衰えることなく、破壊された右手の代わりに左手で刀を握る。


「ま、まだ動けるのか……」

「化け物だ……」


 鬼とも言うべきその姿に、周りが怯える。


「ぐっ……!」


 鞘を捨て、破壊された右手をだらんとさせながらも、なんとか私に近づこうとするが、足がもつれてその場に崩れ落ちる。

 なんとか片膝で踏ん張るが、もはやそこから動けないようだ。


「く……そが……ぁ!」


 もはや戦闘を諦め、最後の攻撃とばかりに刀を投擲するが、それは私に届かず、足元に転がる。


「……投げる力も残っちゃいねえ、か」


 そして、ついに諦めたのか、そのまま座り込む。


「……そいつで殺ってくれ。その刀は、使い手の……俺たち一族の命も吸ってきた。仲間の怨念と一つになって、魔王を恨み続けるのが、一族のアタマ張ってる俺の役目なんでね」


 そのまま、観念して目を閉じるスコール。


「駄狼が! 魔王様の力を思い知ったか!」

「お前たち一族の怨念など、ただの残りカスだ! その妖刀に宿るのは、偉大なる魔王様のお力のみよ!」

「さあ魔王様! あの生意気な狼を処罰してください!」


 そう言いながら、全員が私を見る。


 飛び交う歓声……

 私の頑張りを認めてくれてた人達……

 そして、そんな人たちに囲まれる……


(光だ……)


 あの暗い場所とは違う。

 ただひたすら、暖かく、明るくて、居心地がいい……


(でも……)


 スコールの刀を拾う。

 スコールとの戦いによるダメージによって、まだ視界はぼやけたままで遠くも見えない。


 刀を持つだけで腕だけでなく、全身に痛みが走る。

 だが、こんな状況でも、止めをさすだけならできるだろう。


(私が欲しかった光は……)


 刀を構え、真っすぐにスコールの方を向く。

 そして、スコールを狙い、刀を……


(光は……)


 刀を……!


「……葵!」


「……っ!?」


 レムリアさんの声が聞こえる……


「もう勝負はついたわ! 貴女がその手を汚す必要はない!」


 いつも迷惑かけて……魔王の力を全然使えてなくて……レムリアさんの真似もできてなくて……


 昼まで寝ている私を叱りつけ……完璧じゃないメダリストの娘でも、そばに居てくれる……


(光……)


 ――ギシっ……


「……なんだ?」

「奇妙な音が……」


 地下室に響き始める、金属の軋むような音。

 それは、アポカリプスを宿した右手で持つ刀から。


 そして……


 ――メキッ……


 私の足元……絨毯の下にある、何かの石材と思われる床から。


 ――ギシッ……メキメキッ……


 ふたつの音は徐々に大きくなる。


「こ、この音は……なっ!?」

「魔王様! 何を!」


 徐々に巨大化するアポカリプス……

 目標を設定せず、ただ衝動のままに展開されたアポカリプスは、小型のブラックホールのように周囲の空気を吸い込み始める。


 そして、四方に吐き出される重力とも磁力ともいえる衝撃は、地下室を大きく揺らし、特に影響が大きい私の足元の床は、重力でへこみ始める。


「ま、魔王様、おやめください!」

「このままでは、地下室が……!」


 聞こえてくる声……


 私が欲しかった光……

 私が欲しかった……光は………


「……こんなものじゃなぁい!!」


 言葉と感情を一気に吐き出しながら、私はアポカリプスを地面に叩きつける。


 ゴガァン! という、爆発音と、石や金属が圧し潰される音が混ざった轟音。

 衝撃による暴風が地下室に吹き荒れ、魔王に関わる道具……彫像や祭壇、魔王の名残があるものを全て消し飛ばす。


 そして……


 ――バキィィィイイイン!


 アポカリプスの影響を直接受け、一緒に地面に叩きつけられた刀……魔王が直々に魔狼帝に授け、その力と呪いが込められていたという、妖刀ミスティルテインが粉々に砕ける音が、地下室に鳴り響くのであった。

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