第13話 刃の向かう先

 ヴラム別邸の地下。


 魔王の武具継承の儀式が行われるために持ち運ばれたのか、元からあったのか分からないが、とにかく怪しげな物が大量に並んでいる。


 中央には巨大な魔王の像があり、なんか儀式っぽい服に着替えたテスタメントの人たちも併せて、一般人が見たら通報レベルだ。


 本来ならこんな場所、近寄りたくもないのだが……


「……では、魔王の武具継承の儀式を始めます。レムリア嬢、前に」


「……はい」


 儀式の主役が私なので、逃げるわけにはいかない。


「……スコール」


「ほいよ、新しい魔王さん」


「え……あっ!?」


 そう言いながら、スコールが黒い球を投げ渡してくる。


「……」


「渡したんだから、問題ないだろ?」


 ヴラムが思いっきり睨みつけるが、私何も悪いことしてませんけど? という感じで手を広げるスコール。


 ブレないなぁと思いつつ、場を和ませてくれたことに感謝しながら、改めて渡された黒い球を見つめる。


 ――魔王の武具。


 過去の魔王が装備していたもので、今は休眠状態であり、形を変えて黒い球になっているが、主である魔王の力で、本来の姿に戻るという。


 その本来の姿は、その名の通り武具であり、全部で三つある。


 ゲームでもレムリアが装備しており、その形は、大鎌と、ガントレットやブーツなど、動きの邪魔にならない箇所の軽鎧、そして……


(……あの、サキュバス的なキャラがつけてそうな、かなり際どいレオタード、だよね)


 あれを着る……? 私が?


 いやいやいや、絶対無理! と言いたいところだが、そういう空気じゃないからなぁ。


(……確率三分の一! 大鎌とかなら大丈夫だから!)


 そう考えながら、魔王の力であるアポカリプスで、黒い球を包む。


 そして、黒い球が徐々に浮き始め……


「え……!?」


 ……ギィィィン! という音と共に弾かれた。


「…………」


 場は支配する沈黙。


 床に落ち、音もなく転がっていく魔王の武具。


 目の前の光景に、誰もが声を出せずにいた。


「あ、あの……」


 どうしていいか分からず、なんとか絞り出すように声を出す。


「……どうやら、力の開放には何か手順が必要なようですね」


 私の状況を察してくれたのか、ヴラムが話し出す。


 だが、明らかにその顔は困惑を隠せていなかった。


(……どうして?)


 魔王の武具の力が開放されないのは、魔王への一歩とならなかったわけだから、喜ぶべきところだろう。


 魔王が生まれなければ、グッドエンドを目指さなくてもこの世界は救われる。


 それに、あんな恥ずかしい格好をしなくていい。


 良いことだらけのはずだ。


 でも……


「も、もう一度やらせてください!」


 レムリアの口調なんて忘れて、叫ぶように懇願する。


「……ここは仕切り直しましょう。儀式については、また別の機会を設けます。皆さんはパーティー会場に戻ってください」


 落ちていた魔王の武具を拾いつつ、この場を治めようとしてくれるヴラム。


 だが、テスタメントの人たちは動かない。


 そして、明らかに失望した目を、一斉に私に向けてくる。


「……偽物」


 会場の誰かが呟く。


「そうだ! お前は魔王様なんかじゃない! 偽物だ!」


 そして、感情はどんどん伝染していく。


「そもそも、新しい魔王様が人間という時点でおかしかったんだ!


「人間の支配による屈辱的な日々から解放してくれる魔王様のはず! なのに、人間の中から魔王様が生まれるわけがない!」


 飛び交う失望と怒りの声。


(……またか)


『金メダリストの娘が……』


『まさか、こんな無名の相手に……』


(異世界に来ても、私は……)


「……下種が」


 私を庇うかのように、アオイさんが前に立ってくれる。


「貴様に魔王様の力は相応しくない!」


「返せ! その力は我ら魔族の長のものだぞ!」


 治まらない罵声。


 その言葉を静かに受け入れていると、キィィンという風切り音が鳴る。


 そして、中央の魔王の像が真っ二つになり地面に落ちていく。


「なっ、魔王様の像が……!」


「お、落ちてくる……離れろ!」


 地面に落ちた魔王の像は轟音と共に崩れ落ちていく。


「……まさか、こんな事になるとはねぇ」


 崩れる像の前に立つスコール。


 刀を抜いているところを見るに、像を両断したのもスコールだろう。


「き、貴様」


「ま、魔王様の像になんてこと……を……」


 凄まじい殺気を放ちながら、睨みつけるスコールに、全員が黙る。


「ヴラムのオヤジよぉ。ちょいと確認させてもらっていいかい?」


「……なんでしょう?」


「以前の魔王様を見ている、あんたなら分かるよな? そっちのお嬢ちゃんの力は、魔王の力なのかい?」


「その点については、保証しましょう。あれは魔王様が操っていた力です」


「それで、その黒い球は、魔王の武具で間違いないんだよなぁ?」


「それも保証しましょう。これは、間違いなく魔王の武具です」


「……じゃあ、この結果はどういうことなんだぃ?」


 全員がヴラムの方に向き、その言葉を待つ。


「考えられる点はいくつかあります。先程言ったように、魔王の武具の力を開放する方法が……」


「御託はいい。あんたの考えを聞かせろや」


「……魔王の武具が、レムリア嬢を魔王と認識していないという事でしょう。おそらく、同じ魔王様の力でも、性質が違うとしか思えない」


「……そ、そんな!」


「では魔王様は何処に……うがぁ!」


「……少し黙ってろ」


 ヴラドの言葉によって、騒然とし始めた場だったが、スコールに斬られた男の悲鳴で、再度静かになる。


「スコール! 貴方は……」


「……最後の質問だ!」


 ヴラムの言葉を遮り、スコールが叫ぶ。


「魔王復活の儀式ってのは、最終的にそこのお嬢ちゃんの体を、昔の魔王様が乗っ取るんだよな? だが、今のお嬢ちゃんは力の性質が違う……つまり、『昔の魔王様』は、この世に現れないって事か?」


「……可能性は限りなく低いでしょうね。もし、魔王様の力がレムリア嬢を完全に喰らったとしたら、それは『魔王様と同じ力を持つ、破壊衝動で動くだけの魔人』です」


「……ふふっ、あはははハハハハハハッ!」


 その言葉を聞き、スコールは笑いだす。


「……こいつは傑作だ! 『昔の魔王様』にケジメをつけてやろうと思ってたのに! そのために、俺たちはこんなクソみたいな組織に協力してたってのに! 結果がこれかぁ!」


「お、おい! 今の発言はどういうことだ!」


「ケジメだと? まさかお前、魔王様を殺す気で……ヴラム様! この者は反逆者です! 今すぐ処刑すべきです!」


「おーおー、さっきまで俺にビビっていた奴らが、俺を始末する理由ができた瞬間に吠え出したなぁ。正当性を主張して、後は誰かに擦り付ける……俺たち以上に、立派な『犬』してるじゃねえか」


「き、貴様ぁ!」


「お、図星をつかれて悪態かい? いいねぇ、まさに負け犬の遠吠だ」


 刀を納め、ニヤリと笑いながら、この会場の全員が見える場所……儀式が行われた祭壇の前に立つスコール。


「……だが、負け犬だろうと遠吠えってのはもっと派手にやるべきだぜ? せっかくだから、見本を見せてやるよ!」


 指を鳴らすスコール。


 その音に呼応するかのように、スコールの仲間が遠吠えをし始める。


「オオオゥゥゥ!」


「……っ!?」


 ビリビリと鼓膜が震えるのを感じる。


 よくゲームで、咆哮という相手が怯むスキルがあるが、その理由が分かる。


 自分とは違う生き物の咆哮には圧倒的な威圧感があり、恐怖すら感じる轟音は耳から離れない。


 ……だが、今回はそれだけではない。


『……ウウォオオオゥゥゥ!』


『…………オォォウウゥ!』


 会場から響く咆哮に呼応するかのように、おそらく一階や屋敷の外にいたスコールの仲間も吠える。


 狼の群れに囲まれたとかのような恐怖を前に、言葉を失う会場の人たち。


「……ご清聴、ありがとうございました」


「どういうつもりですか、スコール。場合によっては、貴方であろうと……」


『ぐあぁぁああ……!』


『な、何を……うおぁぁあ!』


 入り口から聞こえてくる悲鳴。


「これはいったい……なっ!?」


 一瞬気を取られたヴラムに、音もなく接近していたスコール。


 風切り音と共に抜かれた刀は、正確にヴラムを捕らえる。


「……ぐっ!?」


「ヴラム!」


 私とアオイさんでヴラムに駆け寄る。


 傷はかなり深く、ヴラムも苦悶の表情を浮かべている。


「さて……オトシマエ、始めるとしようか」


 スコールの冷たい、殺意のこもった声が会場に響く。


 ……これが、私が体験し、二度と思い出したくない悲劇の始まりであった。

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