第11話 最後の攻略対象キャラ

 屋敷の庭で向かい合うように立つ、私とアオイさん。


 私はアポカリプスを発動させ、アオイさんも魔力を体に巡らせている戦闘状態だ。


「……まさか、これを貴女に使うときがくるとはね」


 そう言いながら、アオイさんが二丁の拳銃を向けてくる。


「……私だって、こんなことになるとは思ってませんでしたよ」


 アオイさんが再現したという銃……といっても、マジックアローを放てる魔道具に近い試作品らしいが、銃が自分に向けられるなんて体験をするとは思わなかった。


「あの~ちなみになんですが、今からでもこんな事やめません? ラズリーのプリンをみんなで食べながら、ゴロゴロするとか……」


「無理」


 その瞬間に、ズガァンという破裂音。


「ちょっ、いきな……ひゃわぁ~!」


 完全に油断していた私に迫りくる光弾。


 だがその光弾は、ギィイン! という音とともに、私から逸れていった。


「あ、な………」


 銃で撃たれたという衝撃から、へなへなと座り込む。


 言葉も上手く出ないし、若干腰が抜けてしまった。


 情けないかもしれないけど、体は違っても、中身はただの女子高生。


 色々あったとはいえ、銃を撃たれるとか人生体験ポイントのキャパオーバーだ!


「アポカリプスの応用での防御、いけるわね」


「アオ……これ……」


 たどたどしくも言葉を紡ぎ、抗議の目を向けてみる。


 さすがに今回は、ちょっとぐらい恨んでも許されるはずだ。


「はいはい、お疲れ様。よく頑張ったわね」


 そう言いながら、私の頭を撫でてくれるアオイさん。


 なんか、こういう事をされる度に、頭を撫でられている気がする。


 頭を撫でるぐらいで許すほど、私はちょろくないってことをそろそろ証明するべきだが……まあ、悪い気はしないので、今回はこれで許してあげるとしよう。


「それより……なんでこんな事を?」


 ようやく口も動くようになってきたので、銃で撃たれるというとんでもイベントの理由を聞く。


 教室半壊というアクシデントはあったが、今の私は普通に学生。


 クラスでぼっちを堪能しつつ、休み時間の度に会いにきてくれるエミルとお喋りしたりと、まあ、それなりに楽しい学校生活を送っていた。


 そして、今日は初めての休み。


 昼まで寝ようとしていたら、アオイさんに叩き起こされ、問答無用でここに連れて来られたと思ったら、訓練するから言われた通りにアポカリプスを使いなさいと言われ、銃を撃たれて今に至る。


 はっきり言って、なんでこうなった? という状態だ。


「休みの日に鍛練をしなくて、何をするっていうのかしら?」


 あ、そうですよね。


 心は完璧天才悪役令嬢のアオイさんなら、それが当たり前ですよね。


「まあ、荒っぽい鍛練になったのは認めるわ。理論上可能なのは分かってたけど、いきなりアポカリプスを防御魔法として試すのは、やりすぎだったわ」


「え……」


「何よその顔は」


「いや、アオイさんがこういう鍛練でやりすぎたとか言うのは珍しいなと」


「……前々から思っていたけど、貴女は私をなんだと思ってるのよ」


「できないならば、できるようになるまで寝ずにやり続ければいいじゃないとか、本気で言ってくる人かなと」


「……撃つわよ?」


「ご、ご免なさい!」


 両手を上げながら謝る私。


「それにしても……」


 私から逸れた光弾が作った、地面の銃痕を見る。


 光弾を防げたのは、アオイさんが発案したアポカリプスを防御として使う方法だ。


 アポカリプスを四方に配置し、共鳴することで私の周りに重力フィールドを形成するという方法で、トールくんとの決闘で使ったものの発展型というべきだろう。


 例えるなら、ブラックホールの中にいるようなもので、あらゆる攻撃が侵入と同時に空間ごと捻じ曲げられてしまい、弾かれたり、逸れたりしていくが、術者である私はブラックホールの効果を一切受けない。


「……アポカリプスって、一体なんなんでしょうか?」


「……」


 分からないことを聞かれたとしても、自分なりの分析を必ず入れるアオイさんすらも黙ってしまう。


 今回の件で、アポカリプスは移動と攻撃と防御だけでなく、防御シールドとしても使えることが分かった。


 多少無理して範囲を広げれば、結界のような使い方もできるだろう。


 だが、この世界の魔法は、使い手によって威力や大きさは違っても、基本的に効果はひとつなのだ。


 ファイヤーボールは炎の弾を出し、ファイヤーウォールは炎の防御壁を発生させるが、ファイヤーボールの炎を操って、ファイヤーウォールのような炎の防御壁を作り出すことはできない。


 しかも、発動させている魔法は同じなのに、そもそもの効果が違う。


 アポカリプスは小型のブラックホールのような黒い球体を発生させるもので、おそらく重力に関係している。


 これは間違いないようだが、触れた相手の重力を操作や、引っ張る力は、アオイさん曰く、磁力を操っている可能性があるとのことだ。


 同じ魔法なのに、重力も、磁力も関係しているなんてありえるのだろうか?


「今は考えても仕方がないでしょう。それより、鍛練を続けるわよ。貴女には、早く強くなってもらわないと困るのだから」


「えっと……それは、エミルがいきなり精霊憑依をした事に関係してます?」


 ――エミルが、最強の精霊魔法である、精霊憑依を使用した。


 これを聞いたとき、アオイさんすらも驚いていた。


 今のエミルは、その気になればなんでもできるだろう。


 精霊憑依状態は精霊の矢だけではなく、自分の意思で精霊の力を完全に操ることができるようになる。


 つまり、風の精霊シルフの力を使って、竜巻や台風、ヤミヒカの世界では風属性の雷だって操れる。


 乙女ゲーらしからぬ過剰戦力だが、まあ相手が町を一瞬で消滅させるアポカリプスを使う魔王なので、こうなったのだろう。


 本来ならば、エミルが強くなるのは歓迎なのだが……


「当然じゃない。貴女はどんなルートだろうと、あの子と何度か戦うことになる。今の状態で戦ったら、どうなるかしら?」


「……たぶん、5秒もたないです」


「正確な判断ね」


 そう、私、悪役令嬢レムリア・ルーゼンシュタインは、ヒロインであり、勇者であるエミルと何度か戦うのだ。


 グッドエンドがどこで分岐するかは分からないが、最初の戦闘はかなり序盤の共通ルートなので、一度も戦わないということはないだろう。


 最初の戦いは、エミルは精霊魔法を完全に使えないし、なんだったら自分の力に悩んでいるので、仮面レムリアに完敗し見逃されるという、典型的な悪役顔見せイベントなのだが、今の状態であのイベントを迎えたら……


『あなたは一体、誰なんですか!』


『知りたければ、私を倒すことね』


『分かりました! 行って、精霊の矢!』


『えっ、ちょっ、それ反則~!』


 ……強くてニューゲームが、いかにゲームバランスを壊すかを、身をもって味わう事になるだろう。


 私がエミルとまともに戦えるとしたら、例の魔王の武具を全て集めてからかな……まあ、集めたところで、ようやく一矢報いられるかも、ぐらいだと思うけど。


「それに、理由はもう一つあるでしょう」


「え、他に何かありましたか?」


 本当に思い当たらない私に溜息をつきつつも、真面目な顔のままアオイさんはこう言った。



「……最後の攻略対象キャラ、スコールよ」



 **********


「……さて、どうしたものでしょうか」


 机の上に重ねられた報告書を前に、溜息をつくヴラム。


 そして、その中でもかなり重要な報告となった、二つの報告書をもう一度手に取る。


『ランドルフ公爵と、ティオル公爵夫人の事件調査報告書調査』、『レムリアとトールの決闘について』と記された報告書。


「ランドルフ公爵達の事件は、概ね予想通りの真相でしたが……」


 『事件後の公爵家についての』の項目をもう一度読み始める。


「レムリア様が当主となってからの、領土の統治状況は問題無し。むしろ、全てをレムリア様が統治する事になり、交番という衛兵詰所の細分配置、農地改革や新技術、部品の規格統一による製造業の効率化などが全領土に広がり、公爵領は王都以上に栄えている、ですか」


 少し前までは、偏った統治により苦しむ領民が出ていたというのに、領主が変わっただけで、ここまで変化することはありえない。


 こういう報告は、賄賂を受け取った調査員による虚偽報告の場合があるので、視察が必要なのだが……


「実質統治しているのはアオイ嬢でしょうから、こうなるでしょうね」


 アオイ嬢から渡された、スマホという魔道具を手に取る。


 これがあれば、他のスマホを持つ者と、どんなに離れていても会話できるだけでなく、映像と音声の保存と再生、共有ができる。


 今すぐにでも構造を調べたいぐらいだが、これは信用できる者にしか渡さないと釘を刺されている。


 つまり、このスマホを調べて類似品を作れたとしても、それがアオイ嬢への裏切り行為となる。


「……こんな超技術を持った者を敵に回すなどありえない。実質これは、絶対の恭順を誓わせる首輪ですね」


 しかも、アオイ嬢を裏切らない限り、まだ試作段階というこのスマホの上位版だけでなく、開発中という他の魔道具も分けてもらえる可能性がある。


 圧倒的な力と利益をちらつかせることで、人の心を完全に捉えつつ事を進める……ランドルフ公爵を追い込む手腕といい、人の心のつかみ方といい、おそらくどこかで帝王学を学んでいるだろう。


「本当に、とんでもない子が隠れていたものですね……」


 スラム生まれのスラム育ち……おそらくこれは嘘だろうが、それについて調査したところで無駄だ。


 王国は、スラムの全体を把握していない、というより、関与していないのでどんな人間がいるか、どれだけに人数がいるかなどの情報が一切ない。


 もし奇跡的に、スラムの住人全員を把握し、アオイ・ヒメカワという少女について聞くことができたとしても結果は同じ。


 そんな少女はスラムに存在しなかったという事実が分かったとしても、日頃はフードを被って目立たないようにして、寝床はスラム外だったから気付かれなかったのでは? と言われたら、『その可能性がある』となる。


 あの、スラム出身ではありえない知識や技術も同じだ。


 過去にスラムに身を寄せていた没落貴族から帝王学を学んだ、今は旅立ってしまった世捨て人の賢者から、知識や魔法の使い方を学んだと言われたら、『その可能性はある』としか言えない。


「目立たず、絶対に尻尾を握らせない、力がある者がやったら本当に厄介な手を打ってくるとは。あれは明らかに、私の知るレムリア嬢の……いや、今は考えないでおきましょうか」


 どうせ、『ありえない』、『でもその可能性がある』という、思考の迷宮に迷い込むだけだ。


「今は領民が平和に暮らせていることを喜び、敵にならないことだけを祈りますか」


 監視は続ける、他は現状維持、今はこれでいいだろう。


 そして一番の問題は……


「レムリア嬢とトール君の決闘……いえ、勇者の登場ですか」


 エミルと初めて面会したとき、以前に戦ったことがある精霊を従えていた時点で、エルミ・ウィンスターが勇者である事は気付いていた。


 現状では、勇者と魔王、両方の存在を隠しつつ、魔王の器が期待通り機能するかを見ていたが……


「さすがに、精霊憑依……以前の勇者曰く、『私ってば最強形態』でしたか。伝承として伝わっていたのか、勇者の仲間の子孫には、一瞬でバレてしまいましたね」


 やれやれとばかりに溜息をつき、冷めきっている紅茶を飲む。


 エミルが勇者であることは、多くの者に知られる事になった。


 混乱を避けるため、まだ確定ではないという理由で、目撃者全員に箝口令を敷いたが、テスタメントには確実に伝わっているだろう。


 まあ、今のエミル嬢に戦いを挑むような気概のある者はテスタメントにいないし、下手に刺激して今以上に強くなられたら、テスタメントごと消されるのは誰もが分かっているだろうから、エミルだけでなく、その周りの人間に危険が及ぶことはないだろう。


 問題なのは、完全に崩れ去っている勇者と魔王の力の均衡であり、今すぐ魔王という存在を完全復活させなければ、勇者に勝てないという現状だ。


「……そして、逆転の鍵である魔王の武具は、まだ一つも見つかっていない」


 今のテスタメントは圧倒的に不利であり、裏切者も出てくるだろう。


 ある程度はこちらで対処できるが、数が多くなれば、テスタメントの存在を隠せなくなる。


 テスタメントに所属する者は大半が、魔王様の時代の思想を受け継ぐ魔族だ。


 人を、魔力が弱い劣等種としか見ておらず、国の長が人であることを認めていない。


 そんな者たちが一斉に検挙され、捕縛対象となったら……人と共存する魔族も、同じ魔族だからという理由で、誹謗中傷、差別の対象となるだろう。


 そして、何かの事件で衝突することになったら、もはや種族間の対立となり、行きつく先は……


「……っ!?」


 キィィンという風切り音が鳴り響き、そのまま部屋は暫くの間、時が止まったかのような静寂に包まれる。


「……魔王の武具なら見つけたぜ」


 ヴラムの前に立つ、狼の耳と赤い髪を持つ、長身の男……その声が合図だったかのように、徐々に部屋が動き出す。


 ヴラムと後ろの本棚が、横に引かれた線に沿うようにずれていき、床へと落ちていく。


「……やれやれ。もう少し静かに、そして礼儀正しくできませんか、スコール」


 いつの間にか、スコールの後ろに立っているヴラムが、いつもの調子で話しかけてくる。


「ぶった斬ったはずだし、死体もそこに転がってるのに、何事もなかったように出てくる……相変わらず、不気味なオヤジだな」


 そう言いながら、刀を納めるスコール。


 切断されて地面に崩れ落ちたヴラムの体は、霧のように溶けていき、そこからは無数の蝙蝠が現れ、黒い光となってヴラムの体に還っていく。


「オヤジはやめなさい。それで、魔王の武具を見つけたというのは、本当ですか?」


「ほらよ!」


 そう言いながら、机に黒球を叩きつける。


「これは……」


 一切の魔力を感じず、触っているはずなのに実体感を感じず、まったく重さを感じない。


『何もないがそこに在る』とでも言うべき黒球。


 おそらくだが、この黒球には時間が流れていない。


「……なるほど。たしかに魔王の武具ですね」


 ありえないの塊……そんなものは、魔王の武具以外考えられない。


「お手柄ですね。ではこれは、レムリア嬢に届けておきま……」


 ヴラムが手を伸ばした瞬間に、黒球が消える。


「……なんのつもりです?」


 いつの間にか黒逆を手にしていたスコールを睨むヴラム。


 そんなヴラムを馬鹿にするかのように、スコールはにやりと笑う。


「魔王の武具を新しい魔王様に渡す……こんな一大イベントは、もっと派手にやった方がいいんじゃねえか?」


 黒球を手の中で転がしつつも、鋭い目線をヴラムに向けるスコール。


 その目線の意味をヴラムは気付いていた。


「……延期していた、テスタメントの会合をやれと?」


 テスタメントは秘密組織として裏で活動することが基本であり、全員が集まったことは、結成以降、一度もない。


 だが、もし集まることがあるとしたら、それは王国への本格的な反抗の開始、みなはそう考えているだろう。


 実際、元組織の長でるロナードは、レムリア嬢に魔王の力が宿った瞬間に、お披露目として会合を予定していたようだが……


「ロナードが敵か味方か分からなくなった今、実質テスタメントのトップであるあんたが止めたから、俺は従っていた。だが勇者が、しかも以前の魔王様と本気で殺し合いしたときの力のまま現れたっていうなら、話は別だ」


 そう言いながら、ヴラムに近づき、耳元で囁く。


「……このままじゃ、あんたみたいに勇者と魔王のどっちに付くか悩んでいる奴ら全員、裏切るぜ?」


「私を裏切り者呼ばわりとは、面白い事を言いますね」


 自分の思惑を見抜かれながらも、動揺を見せないように言葉を返すヴラム。


 だが、そんなヴラムを無視してスコールは話を続ける。


「幽鎧帝が目覚めてねえから、新しい魔王様のお披露目もまだ早いって言いたいんだろ? それを助けるのが、この魔王の武具じゃねえか」


 ――幽鎧帝。


 先代の魔王に仕えた『帝』の名を持つもののひとりで、魔王の魔力によって生み出された鎧に宿る、レイスと呼ばれる幽体。


 魔王の力を受け継ぐ者が現れたら復活するはずなのだが、未だに現れていない。


 レムリアに宿る魔王の力がまだ弱いからだと思われるが、この魔王の武具を渡せば、増大した魔王の力に呼応し、幽鎧帝が目覚める可能性がある。


 幽鎧帝の復活、新しい魔王レムリア、このふたつを同時に発表することが、テスタメントを奮起させる事になるので、両方が適うまで会合はすべきではない。


 そういう理由で先延ばしにしていたが、これ以上の先延ばしは無理だろう。


「……一週間後、決起会を開きます。そこで新しい魔王様のお披露目だけでなく、魔王の武具発見の報告を、幽鎧帝の復活の儀式という形で行いましょう」


「そうこなくっちゃな! いや、楽しみだぜぇ!」


 そう言いながら、スコールは楽しそうに笑う。


「……憎くてしょうがない魔王様の跡を継ぐ二代目と、ようやく会えるんだからなぁ」


 ……隠す気のない、殺気を放ちながら。

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