第8話 友(予定)との闘い

「……さて、言い訳を聞かせてもらおうかしら」


 お土産である魔法学校産リンゴを手に取りつつ、女幹部のごとく足を組んで座りながら、氷の微笑を浮かべるアオイさん。


 この圧倒的な威圧感の前に、いつもならここで、私、即、土下座となるところだが、今日の私は一味違う。


「はいはい、はーい! 言い訳あります! いっぱいあります! 今回私、悪くないですから!」


 そう、今回の私は悪くない。


 なにせ、乙女の尊厳を守るために頑張ったのだから!


 いつでも土下座すると思ったら大間違いですよ、アオイさん!


 さあ、良い事をしたという、正論パンチの前にひれ伏すが……


 ――グシャァ!


 ……私の顔に、果肉ゴロゴロの、あまーい果汁100%の搾りたてリンゴジュースが飛んでくる。


 あそこまで簡単に握り潰せるとは……その体の持ち主として、あそこまで鍛え上げた自分を褒めてあげたい。


 ちなみに、あの握力で私(レムリアボディ)の顔をつかまれたら、おそらく『割れる』。


「……手短に」


「はい! 単純明快に話させていただきます!」


 深々と、深々と頭を下げる。


「下着を穿いていない勇者と会ったことと、そこから馬車に向かったまではいいわ。貴女の言う通り、乙女の尊厳を守るための行動だったという事にしましょう。そこから先の行動を『言い訳』してちょうだい」


「はい! とにかく急いでたので、アポカリプスで高速移動しながら学園を出ました! それで、町中で馬車に追いついたので、馬車の中で下着を穿いてもらいました!」


「……続けて」


「その後、すぐに学校に戻ろうとしたんですが……あ、先にエミルさんの状況を説明しちゃいますね。エミルさんは、木から降りられなくなっていたんですが、トイレに行きたくなってたんです。そこで、マッチちゃんに助けを呼んできてもらうことにして、現れたのが私だったわけですね」


「……そういうことだったのね」


「下着を穿かせた後にそのことを聞いた私は、エミルさんのため、近くのお店でトイレを借りようとしたのですが、トイレを貸してくれるお店がなかったんです」


 まあエミルさんは、「ちょっとその辺でしてきます」とか言いながら、排水溝に向かおうとしたので、全力で止めたが。


「その辺のお家の人に借りるしかないと思ったのですが、いきなり、トイレ貸してくださいって言うのは恥ずかしいですよね。魔法学校に戻るしかないと思ったのですが……私ってば、もっといい場所があることに気付いちゃったんですよ!」


「……それが、ここだったと」


「その通り! 位置的に学校に戻るより近く、さらに気兼ねなく使えるトイレですからね! というわけで、アポカリプス全開で屋敷に戻ってきました!」


「……そういうことだったのね」


「その後学校に戻ろうと思ったんですが、ヴラムの蝙蝠が現れて、今日は来なくていいですと言われたので、今ここに居るというわけです!」


「……理解したわ」


 椅子から立ち上がり、私のそばにくる。


 そして、優しい笑顔になりながら、私の顔に手を伸ばす。


 これはまさか……頬を撫でるようにしながら褒めてくれるという、お姉さま系キャラがやってくれるあれですか!


 やっぱり、神さまは日頃の行いを見てくれている。


 そして私は、アオイさんの優しい手を受け入れるが……


「……貴女が! 本物の! お馬鹿さんだってことが!!」


「いったーーい!」


 ……どうやらその手は、すべてを握り潰す鬼の手だったようだ。


「ねえ、本当にどうなってるの貴女の頭の中? このまま潰して、中を見ていいかしら?」


「ダ、ダメです! それやったら乙女ゲームから、ホラーゲームに……あの、ちょっと本気で意識が遠のいてきたので……本当に勘弁してください……なんでもしますから……」


 本気の懇願が聞いたのか、ようやくその凶器ともいうべき手を離してくれる。


 良かった……あと数秒やられていたら、確実に逝っていた。


「……はぁ、お馬鹿さんは本当にどうしようもないわね」


「お、お馬鹿さんを名前にしないでください! レムリア! 強いて言うなら、葵ですから!」


「はいはい、そうね。お馬鹿さんはレムリアで葵だったわね」


「お馬鹿イコール私のままですから! それにそれだと、アオイさんも巻き込まれますからね! でも今はそれより、私の言い訳はまだ終わってません!」


「本当にどうでもいいんだけど、聞いてあげるから話してみなさい」


「今回は私、良い事をしましたよね! エミルさんのピンチを救ったんですよ! 下着とお漏らし阻止で2回! 一日一善でも偉い世の中で、なんと2回の倍ですよ!」


「……そうね、貴女は良い事をしたわ」


 そんな私の魂の叫びに怯んだのか、私から顔をそむけるアオイさん。


 やった! 初めてアオイさんを口で言い負かした!


 まさに完全勝……え? アオイさん、上着の内ポケットから取り出したそれ、なんですか?


 ファンタジー世界にあっちゃいけない、機械的なものに見えるんですが……


『ねえ聞いた? 街での事件!』


『聞いた聞いた! まるで飛んでいるかのように走る二人組でしょ!」


『なんか一瞬で通り過ぎたらしくて、姿はよく見えなかったらしいけど、うちの制服着てたんだって!』


『マジで!?」


 どういう理屈か分からないが、その機械から、知らない女の子達の声が聞こえる。


 内容は、明らかに私とエミルさんのことだ。


『でも、そんな魔法使える人なんて、うちにはいないじゃない? だから、噂の編入生たちじゃないかって!』


『編入生って、あの魔法が急に使えるようになったって子たちよね? しかも、片方は学校にも通ったことがない庶民なんでしょ? 魔法の基礎も知らないだろうに、風の魔法使いでも出来なさそうなことを、どうやって……」


『これは、いろいろと目が離せないかもね~♪」


 そう言いながら、アオイさんが機械のスイッチを押し、音声が消える。


「これが、貴女が人助けとやらをしていたときに必死で働いてた私が、校内監視のために設置した盗聴器で入手した音声よ」


 ……どうしよう。


 冷や汗が止まらない。


「えっと……一応ですが、アポカリプスは使っても問題ないように、ヴラムが裏で手を回してくれたらしいです」


「でも同時に、さすがに目立ちすぎると庇えないので、注意するように、という話だったわよね?」


 やばい……アオイさんの私を見る目が、ゴミを見る目になっている。


「まあ、アポカリプスについてはとりあえずいいわ。私たちには、エンディングまでというタイムリミットがあるから、そこに構っている余裕はない。それに、苦労するのはヴラムだし。でもね……」


 そう言いながら、顎をクイっとしてくるアオイさん。


 本来ならドキドキするのだが、今は恐怖でしかない。


「ねえ、お馬鹿さん。私の知っている『レムリア・ルーゼンシュタイン』は、校内でこんな面白キャラ認定されるような悪役令嬢ではなかったと思うのだけど? そして、『レムリア・ルーゼンシュタイン』がいないと、バッドエンド直行の可能性が高いということは、この前きつーく教えたはずなのだけど?」


「えっと、それはその……」


 とっくに私の敗北カウンターはMAXで、ライフは0……だが! 私の心は、まだ折れていない!


「で、でも……でもでも! たしかに私にしては珍しく、やらかしちゃったように見えなくもないですが、今回は事故ですよね!」


「そうね。その発言だけで、半日ほど説教したいところだけど、貴女の言っている事は正しいわ。予測のできない事故に対処するのは、私だって難しいもの」


 そう言いながら笑顔になり、私から離れていくアオイさん。


 これは……まさかの逆転勝利!?


 やった! 記念として、今日はプリンの上にさくらんぼを乗せてもらえるように、ラズリーにおねだりしよう!


「話は変わるけど、ヤミヒカの、あの勇者とロナードが出会うシーンを覚えている?」


「もちろん、覚えてますよ! 編入組だから始業式に出なくていいので、庭園を歩いていたらリンゴの木を……見つけて……孤児院へのお土産にしようと……リンゴを採って……」


 ……まずい。


 非常にまずい。


「あら、そんなに冷や汗をかいてどうしたのかしら? 続けていいわよ?」


 いつのまにか椅子に座り、天使のような悪魔の笑顔で私を見るアオイさん。


「リ、リンゴの木に登ったけど、降りられなくなって……それでその、ロナードに助けてもらうんですが……ヤミヒカには、いわゆる、おふざけ選択肢がありまして。それを選ぶと……その、ロナードに向かってダイブをですね……」


「ええ、知ってるわ。理解不能な選択肢だったけど、どうなるか気になったから、セーブして内容を見たもの。勇者が不思議キャラみたいになるけど、結局、同じ結果になるのよね」


「そ、そうなんですよね~! 普通の選択肢でも、足滑らせて結局ロナードの上に落ちちゃいますもんね~! それより、私はもっと印象に残っているシーンがあって……」


「あら、ロナードとの出会いのシーンは、そこで終わりじゃないわよね?」


 ……あ、そうですよね。


 話そらさせてくれませんよね。というか、見逃してくれませんよね。


「その後ロナードに、スカートで高い所に登るのはお勧めしませんって言われるわよね? 下着が見えてしまうかもしれないと理解した勇者の返答……そのときの選択肢を言ってみてちょうだい」


「え、えっと、ひとつめがたしか、『ちゅ、注意します!』、ふたつめが『えっと……見えちゃいましたか?』……」


「……最後の、いわゆる、おふざけ選択肢は?」


「『穿いていないから平気です』、という選択肢です……」


 チク……チク……チク……という秒針の音が、私たちの間に流れる。


 ――静寂。


 そうとしか表現できない時間が流れていく。


 聞こえるのは、秒針の音だけ。


 感じるのは、流れ続ける滝のような冷や汗の感覚のみ。


 だが、それでも……!


「……た、たしかに! そのシーンのことは忘れていました! ロナードは別に推しキャラじゃないですしね! でも! ロナードとヒロインちゃんのイベントを、レムリアである私がやることになるなんて、想像もつかないじゃないですか!」


「……その理由、本当に分からない?」


「当たり前です! ていうか、ヒロインが学校で最初に出会って、しかもスチル付きシーンが悪役令嬢とかありえな……」


『ロ、ロナード様!? なんでこんなところで埋まっているんですか!』


『だ、誰か! 土魔法使える人を連れてきて!』


「………」


 いつのまにか、アオイさんがあの機械を手にして、音声を流していた。


「このときロナードは、『何故か』地面の中で瀕死だったらしいわ。勇者も災難ね。どんなに待っても、自分を助けてくれる王子様は現れない。トイレに行きたくなるぐらい、ながーい間、木の上で待ちぼうけなんだから」


「…………」


 もう汗とか涙とかそういう次元を超えた、体液が体中から吹き出てくる。


「ちなみに、私の知る『レムリア・ルーゼンシュタイン』なら、時間があったら自習室で勉強するから、庭園には絶対に近づかない。だから、このイベントにも巻き込まれないと思うのだけど、貴女は何をしていたのかしら?」


 その言葉を聞き、すべてを悟る。


 清々しい表情になり、流れるように地面に座り込みながら……


「……恐れ入りました、お代官様」


 丁寧に、深々と頭を下げながら土下座をする。


「とりあえず、市中引き廻しの上、打ち首獄門」


「乗っかってもらって嬉しいですけど、いきなり極刑すぎませんか!」


 というか、なんで江戸時代の極刑を知っているの!?


「……レムリア様。昼食の用意ができました」


 ラズリー!


 なんて完璧なタイミング……天使ですかあなたは!


「あ、ラズリー! プリンはありま……あるのかしら?」


「は、はい。用意してございます」


 完璧すぎる……友達が無理なら、私のお姉ちゃんになってほしいぐらいだ。


「あの、私も頂いていいのですか?」


 そう言いながら、ちょこんという感じで出てくるエミルさん。


 エミルさんも今日の授業はなくなったので、お昼に誘っていたのだ。


「もちろん! あ、そういえば、厨房はどうだった?」


 とりあえず、私の部屋に通そうとしたのだが、さすがにそれはと拒否されてしまった。


 ……私の、同世代の子を自分の部屋に招待するという夢は、いつ叶うのだろうか。


「はい。色んな高級食材を見られました。これでしばらくは、パンだけでも大丈夫そうです」


 いきなり貧乏トークをぶちかましてくるエミルさん。


 この世界のエミルさんは、おふざけ選択肢一択のルートのようだ。


「エミルさんも苦労しているのね。何個か持って帰る?」


「さすがに遠慮します。それと、エミルと呼んでください。公爵家の方とは知らず、失礼いたしました」


「あ、だったら、私のこともレムリアって呼んで」


「えっ……あの、部屋へのお招きといい、公爵家の方にそういうことは……」


「あ、やっぱりダメだよね……私なんかの名前を呼びたくないよね……」


 ふふっ、ラズリーにも断られちゃったし、もう私って名前とかなくてもいいのかもな……


 まあ、私の本名、葵だけど。


「そ、そういうわけではなくて……分かりました。レムリア、今後ともよろしくお願いします」


 おお……部屋は無理だったけど、同世代の子と名前で呼び合うという夢は叶った……!


 親が有名人のせいか、話しかけてくれる人はみんな苗字で呼んでくるし、いつも距離を取られたし、私の人見知りもあって、一応話したりするけど輪に入れない系ぼっちだったけど、名前で呼び合う子ができるなんて……今日は記念日だ!


「…………」


 そして、思いっきりジト目で見てくるアオイさん。


 ジト目が、なんでレムリアの口調で話してないのかしらこのお馬鹿さんはと語っているが、出会ったときから素で話してしまったので、今さら言葉遣いは変えられません! と、開き直ることにする。


「それと、アオイさん、でいいんですよね。調味料の棚にあった、黒茶の液体はなんですか?」


「あれは醤油です。私の家に伝わる調味料と思っていただければ」


「そうですか。実は、ラズリーさんから許しをもらって、少しだけ味わわせてもらったのですが、とても奥深い味でした。色んなものが美味しく食べれそうなので、できれば作り方を教えてもらえませんか?」


「奥深い味……あれは製法がかなり特殊なので、知識があっても作るのは難しいかと。お気に召したようでしたら、お分けいたしますよ」


「本当ですか? 是非ともお願いします」


 おお……さっきまで不機嫌だったアオイさんが、エミルの言葉で一気に笑顔に!


 さすがヒロインの魅力というべきか、醤油を褒められただけで、こんなにも態度を変えるアオイさんチョロいというべきか。


(……なんか、いろいろとやらかしちゃった感はあるけど、最初はこんなもんかな)


 本来なら、敵対するエミルとも仲良くなり、ロナードは……もうあの人は、いなかったものとしよう。


 いろんな違いはあるけど、ヤミヒカのゲームは本格的に始まったのだ。


 グッドエンドを迎えるため、元の姿に戻って地球に帰るためにも、頑張っていかなくては!

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