第34話 白馬の導き
鬱蒼とした森の中を一頭の白馬が疾駆する。
アルマは振り落とされまいと必死に手綱を握り締めていた。
「シュガー、どこに向かってるの!?」
シュガーはそれに答えることなく道無き道を駆けていく。
とても人が通るような場所ではない。下手したら遭難してしまいそうな山だ。
周囲には目印などないのに、シュガーは行き先がわかっているかのように軽快に突き進んでいく。
休むことなく走り続けた末、木々の合間を突き破るように飛び出すと、開けた場所に出る。そこでようやくシュガーは止まった。
アルマはシュガーの背から降りると周囲を見渡した。
見晴らしのいい場所だ。
視界いっぱいに青空が広がり、山全体を一望できる。アルマはその景色に目を奪われた。
「わあ、綺麗……」
そのとき下方から「助けてくれーッ!!」と声が聞こえてきて、アルマは我に返る。
そのとき気付いたが、ほんの数メートル先は崖になっている。
おそるおそる下を覗き込むと、崖の斜面に生えた木に誰かが片腕でぶら下がっているのが見えた。
「おじいさん!?」
そこに掴まっているのはシュガーの飼い主だという猟師の男だった。木はミシミシと音を立て今にも折れそうだ。シュガーもオロオロした様子で崖の下を見つめている。
次の瞬間、ボキッと音を立てて木が折れ、男の身体は真っ直ぐに落下していった。
「うわあああああ!!」
「危ない!!」
アルマは咄嗟に片手を伸ばし、男の腕を掴む光景をイメージした。
すると落下の速度がだんだん遅くなり、空中でピタリと止まる。
男は目を見開いた。
「う、浮いてる……?」
男の身体はゆっくり上昇し、アルマ達の前にとん、と着地した。
(で、できた……)
アルマはほっと胸を撫で下ろす。
男はビックリした様子でキョロキョロと辺りを確認していたが、シュガーに目を留めると「コラ、シュガー!」と叫んだ。
「おじいさん、何があったの?」
「何が気に入らなかったのかシュガーが頭突きをしてきてな。思いの外吹き飛ばされてあんなところまで転がってしまって……もう少しで死ぬところだったぞ。シュガー、反省するんじゃ!」
シュガーは気まずそうに顔を背けた。
「まあまあ。シュガーが私を呼びに来たのよ。反省はしてるはずよ」
「む、シュガーが……。そうか。それより……」
男はアルマに鋭い視線を向けた。
「アンタ、魔女なのか」
「ち、違うわ!」
「いや、隠さんでいい。誰にも言ったりはしない」
男はふぅと息を吐いた。
「……実は、ワシの妻も魔女だったんだ」
「えっ!?」
「まあ、〈魔女狩り〉に遭って殺されたんだが。……こんなところで話すのもなんじゃ。シュガー。家まで案内してくれるか」
シュガーは返事の代わりに、先導するように歩き出す。
生い茂る木々は人の侵入を拒むように視界を覆っている。それでも不思議と、シュガーの後に続くと難なく進むことができた。きっと歩きやすい道を熟知しているのだろう。
道すがら、男は自分の話をしてくれた。
「妻との間には子供が一人いて、その子も〈魔女〉だった。妻が殺された後、その子はワシの元を出ていったよ。ただの人間であるワシにまで累が及ぶのを恐れたらしい。……それからワシはずっと一人で暮らしてきたんだ」
「そうだったのね……」
「まあ、今はシュガーもおるから一人ではないがな」
そんなことを話すうちに山奥ににひっそりと佇む民家に辿り着く。
「あ、ここって……」
アルマが事故に巻き込まれた一ヶ月後に目を覚ました場所だ。
「ここは、ワシの子供……ルイスが住んでいた場所らしいんだ」
「『らしい』?」
「シュガーはルイスの使い魔なんじゃ。ルイスと一緒に出ていったんだが……。何年も後になって、ワシはシュガーと再会した。そしてシュガーが案内してくれたのがこの家だった」
「使い魔……。あなた、普通の馬じゃなかったのね」
そう尋ねると、シュガーは誇らしげに鼻を鳴らした。
やがて二人と一匹は家の中に足を踏み入れた。以前は埃を被っていた室内だが、今は綺麗に掃除がされていた。どうやら、男が定期的にここを訪れては掃除をしているらしい。
男は部屋を見渡すと、子供用のコップを感慨深げに眺めた。
「ルイスも家族を作って暮らしていたんだなあ……。未だに行方はわからないが、幸せに暮らしていたことを知ったときは本当に嬉しかった」
「おじいさん……」
「……とにかく、この家には魔法に関する本がたくさんある。元は妻のものだったんだが、魔女のアンタには役立つじゃろう。持っていくといい」
「でも、大切なものなんじゃ……」
「ここに置いていても宝の持ち腐れじゃらな」
男は棚から数冊の本を取り出し、適当な風呂敷に包んでくれた。
「ありがとう。おじいさん」
「少し話し込みすぎたな。さあ、シュガー。責任を持って元の場所まで案内してやれ」
シュガーは「お前に言われなくてもそうする」と言いたげな反抗的な顔をした。
アルマは風呂敷を手に、シュガーの背に跨った。
「元気でね、おじいさん」
「アンタもな。……ブラックフォードの連中には気をつけろ。あいつらは悪魔そのものだ。これ以上何の罪もない魔女が犠牲になるのは見たくないんじゃ」
「……うん。わかったわ」
やがてアルマを乗せて、シュガーは森を走り出す。その背を見守っていた男は呟く。
「それにしても、シュガーはなぜあの子に懐いておるのだろうか。ルイス以外乗せたがらなかったのに。魔女だからか? ……それとも、他に理由があるのか?」
***
「ルマ! いたら返事をしてくれ!」
エイベルの声が森に響く。
エイベルはアルマの行方を探し回っていた。
シャトルを取りに行ったルマはいつまで経っても戻ってこなかった。そこでエイベルも森へと入ったところ、シャトルは容易に見つかったのに、アルマの姿はどこにもない。三人は手分けして近辺の捜索に当たっていた。
「ハァ、どこに行ったんだ……」
エイベルの顔に不安と焦燥が滲む。エイベルは苛立ちのあまり髪をぐしゃぐしゃと掻き混ぜた。
そのとき、ガサガサと茂みが揺れて、そこからひょっこりと白い馬が顔を出した。
「あの馬はこの前の……」
白馬は茂みを抜けてエイベルの前でぴたりと止まる。その背に金髪の少女の姿を見つけ、エイベルは安堵の溜め息を吐いた。
「ルマ……」
「ただいま戻りました!」
「一体どこ行ってたんだ?」
「えっと……ちょっと、そこまで?」
魔法の話をするわけにはいかず、アルマは目を泳がせる。エイベルは何かを誤魔化していることを察したが、深く追求はしなかった。
「本当に心配したんだからな。わかってる?」
「う……ごめんなさい」
エイベルは白馬の背からアルマを降ろした。
そのとき、声を聞きつけたロシュとチェルシーが駆けつけてきた。
「ルマ様、ご無事でしたか! よかったぁ……」
「ルマ様ーッ! すみません、私のコントロールが悪いばかりに……! もっとバドミントンの練習をして出直します!」
ロシュは上半身を直角に倒して頭を下げる。エイベルは冷めた目を向けた。
「ルマ。ロシュに罰を与えてやろう。ラケットでロシュの尻に素振りをするんだ」
「なんですって……!?」
「ホラ、ラケットを握って。日頃の鬱憤をぶつけてごらん」
「ヒエッ……!」
「エイベル様、ロシュさんをあまりいじめないであげてください……」
そんな話をするうちにシュガーは森の奥へと消えていった。
「さて、そろそろ帰ろうか。ルマ」
「はい」
「……ルマがまたどこかに消えないようにしないとな」
そう言ってエイベルはアルマの手を握る。
注がれる優しい眼差しに胸をどきりとさせながら、アルマも手を握り返す。
やがて二人は、歩幅を合わせてゆっくりと歩き出した。
降り注ぐ木漏れ日は、行く先を照らすように二人を優しく包み込んでいた。
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