第24話 邂逅

二人は会計を終えると外へ出た。色とりどりのショーウィンドウを眺めながら、石畳の道を並んで歩く。


「そういえば姉さん、今日はあのペンダントはしてないんですね」

「実は、なくしちゃったの。気に入ってたからショックだわ」


しゅんとした顔のアルマに、キーランは気遣うような視線を向けた。

しかし、アルマはすぐにハッとした顔になり足を止める。


「いいもの見つけたわ」

「姉さん?」


アルマは近くの店に駆け込んでいく。キーランが後を追って扉を開くと、どうやら中は雑貨屋のようだった。

戸惑いながらも店内を進むと、後ろ手に何かを隠し持ったアルマが「キーラン、こっち」と手招きした。


「急に走ってどうしたんですか」

「ちょっとしゃがんで」

「はい?」


キーランは素直にしゃがむ。すると、何かを頭に乗せられたような感触がした。


「フフッ……。可愛いじゃない」

「……?」


何故かアルマがこちらを見ながらにまにまと笑っている。

キーランは嫌な予感を覚えながら鏡を見ると、頭上にネコ耳のカチューシャが付いていることに気付いて「うわっ……」という顔をした。


「よく似合ってるわ、キーラン。私からの誕生日プレゼントはそれにしようかしら?」

「……姉さん」


キーランはカチューシャを外すと、仕返しのようにアルマの頭に付けた。


「こういうのは姉さんがつけた方がマシですよ」

「似合う?」

「子供らしくていいんじゃないですか」

「それって内面のことを言ってるんじゃないわよね?」

「…………どうでしょう」

「キーラン!」


アルマが頬を膨らますとキーランは声を上げて笑う。

キーランは無愛想というわけではないが、アルマが無計画に行動を起こすため呆れさせてばかりだ。そのせいか、これほどの笑顔を見たのは久々のような気がする。


「せっかくなのでこれは姉さんにプレゼントしますね」

「なんで私に」

「今日は俺の誕生日なので俺のやりたいようにやります。細かいことは気にするなと言ったのは姉さんですよ」

「むぅ……」


キーランはくすくす笑いながらアルマのカチューシャを外すと、レジへと向かった。

アルマはしばらくムッとしていたが、楽しげな背中を眺めてふっと表情を緩めた。


(まあ、キーランが楽しそうでよかったわ)


そのとき、視界の隅で何かが動いたような気がした。振り向くと扉の前に黒猫が座っている。

その瞳は琥珀色。まるで、なくしたペンダントの宝石のような色だ。


「まあ、かわいい」


黒猫はこちらを一瞥すると窓辺を通り過ぎていく。微笑ましい気持ちでその姿を見送っていたとき、アルマの身体に妙な感覚が走った。


「……誰?」


たわむ糸がピンと伸びるように、何かの気配に強く引き付けられる。

味わったことのない感覚だ。こういうのを第六感というのだろうか。この細い糸のような気配の先に誰かがいる。


……気になる。


衝動に突き動かされ、半ば無意識に足が出口を向く。

糸を手繰り寄せるように、その気配を辿ってアルマは店の外へと歩き出した。



キーランが支払いをしようとしたとき、ふと、レジ近くにあったゴールドの指輪が目に留まった。

中央には琥珀色の宝石が嵌められている。


「これ……」


アルマがなくしたと言っていたペンダントの宝石によく似ている。

そう思って眺めていると、レジに立つ店主が柔和な笑みを浮かべて話しかけてきた。


「おや、お兄さん。それが気になります?」

「ええ。綺麗ですね」

「一点物だから恋人へのプレゼントにもおすすめですよ。お値段は少々しますけど」

「では、それもください」

「お買い上げありがとうございます」


プレゼントを包んでもらい、キーランは背後を振り返る。店内には数人の客がいたが、少女の姿が見当たらない。


「……姉さん?」


キーランは店内をくまなく見回ったが、どこにもアルマの姿はなかった。


(まさか……)


キーランの脳内を悪い想像が駆け巡る。

最近も行方不明になったと聞いた。特に今は幼い少女の姿で、力もない。また何かの事故や事件に巻き込まれていてもおかしくない。

たらりと冷や汗が伝う。


「姉さん!」


キーランは慌てて店内を飛び出した。


***


「あれ? また遠くなった」


一方、アルマは気配を追って街を歩き続けていた。

しかし、先ほどから妙だ。誰かの気配に近付いたかと思えば遠くなる。さらに近付けばまた遠ざかる。その繰り返しだ。


「……はあ。何なのよ、これ」


届くと思った途端に猫のしっぽのようにするりと逃げていく。まるで遊ばれているみたいだ。


「……ん?」


そのとき、先ほどの黒猫が路地裏の方に入っていくのが見えた。

何故だか妙に気になり、アルマは後を付けていった。


しかし、角を曲がった所で黒猫の姿を見失ってしまう。その上、目の前は行き止まりで高い塀があるだけだ。黒猫の姿はどこにもない。


「いない……」


隠れられそうな場所はないのに、どこに消えたのだろう。

きょろきょろと周囲を見回していたとき、誰かの声が降ってきた。


「僕に何か用?」

「へ」


子供の声だ。そう思い顔を上げると、高い塀の上に黒のローブを纏った少年の姿があった。少年の肩で黒猫がみゃあと鳴く。


「え? あの……」

「……声が遠いな」


そう呟くと、一瞬のうちにひらり、と少年が舞い降りる。重力を無視したような軽々とした身のこなしだ。

拍子に、被っていたフードが落ち、その素顔が顕になる。


年齢は今のアルマと同じくらい……十歳前後だろうか。漆黒の髪に琥珀色の瞳をしており、その瞳はアルマが大切にしていたペンダントを思わせる綺麗な色をしていた。

目と目が合ったとき、アルマは悟った。


(……この人だわ)


先ほどから感じていた気配の正体はこの少年だったのだ。

アルマが何か言おうとしたとき、少年は何かに気付いたように「そろそろ戻るな……」と呟いた。


「え?」


次の瞬間、少年の周囲を光が包み込む。

少年の手足はするすると伸びていき――、その身体は瞬く間に十四、五歳程度にまで成長していた。


「貴方……一体……」

「僕?」


彼は肩の上の猫を撫でながら、ぱちり、と一つ瞬く。そして何でもないような顔で答えた。


「僕は〈魔女〉だ」

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