大学生になった私は秘密のアルバイトを始めます。

@trickor

第1話

「ねぇねぇ、デートみたいだね」

背の小さい私の顔を覗き込むようにして彼女は小声で囁いてくる。場所は人通りの多いショッピングモールの服屋の試着室。もちろん逃げられるようなスペースはなく、ただただ綺麗で大人びている顔を見つめ返す。恥ずかしくて俯きたくなってしまうが、これはお仕事なのだから我慢するしかない。それにしてもなにが起こっているのだ。


今、私の目の前にはターゲットの1人、東城玲がいる。そして試着室の布の向こうには彼女のお着替えを楽しみにしているもう1人のターゲットがいる。男女で遊びにきたはずなのになぜ女同士でイチャイチャしているのか、全然意味がわからない。


本来の私の仕事はターゲットの2人を繋げることで、恋仲になれば理想である。恋愛経験のあまり無い頭をフルに回転させて、今日のショッピングモールデート(私も同伴)を成功させたのに、これじゃあサブタスクどころかチュートリアルにすら進めていない。


服屋に来たのも作戦の一つだった。女子とはやはり褒められると嬉しい生き物だと思う。それを利用して東城さんの服を男に誉めさせることで好意を向けるように仕向けてみた。まあ結果はこの通り散々なのだが。


ようやく現状を整理できたので、戸惑った目で彼女に訴える。


「い、いや。そうゆうのは私じゃなくて彼とでしょ?」

「なに?うちとじゃいやなの?」

「そうじゃなくて・・、私ってほら女だし。」


整い過ぎている彼女の顔にはなかなか歯向かえず、否定の言葉は囁きになっていた。


彼女はその言葉を聞いた瞬間、何かスイッチが入ったのかどこか妖艶な雰囲気を纏っていた。口角が緩み、耳に髪をかけると、その隙間からは真っ白な首が顔を覗かせる。距離が近くなったように感じるほど私の目は彼女に釘付けであった。そのままお互い無言のままとてつもないほど長い5秒がたつと、ようやく彼女は口を開いた。


「ふふっ、なんちゃって〜。もしかして本気にした?」

先程までの色っぽさは途端にいなくなり、残っていたのは純粋に私をからかうためのものだった。事実に気づいた私はなぜだか無性に腹が立ち、焦りを隠したまま強引に会話を閉める。


「急に変なことしないでよ。ほら、開けるよ」

「はーい」


反省しているのかわからない能天気な返事が返ってくる。どうにも彼女の掌で遊ばれているような感覚がしてまたムッとしてしまう。


力のままに試着室の布を開けると、ソワソワしながら待っていた男の隣に並ぶ。行き場のない感情をぶつけるように雑に再度会話を始める。

「どう?東城さんめちゃくちゃ似合っているよね。君はどう思う?」


なんで男のことを名前で呼ばないかというと、これは決まりだからだ。私はターゲットの2人をくっ付けることが目的であり、そこに私はいらない。万が一にでも、ターゲットの男が私に恋心を抱いてしまってもその気持ちに応えることは絶対にできない。皆が不幸になるだけなのだ。だから男に刺激を与えないようなるべく関わらないことが推奨されている。しかし、全く関わらないと目的すら達成できないので、こうして最低限に徹しているのだ。


男は東城さんの足元から胸までじっくりと見た後、似合っているや綺麗などと人並みな感想を伝える。それを聞いた東城さんは可愛らしい笑顔を浮かべ感謝を伝える。その程度では満足せず、感情を持て余している私はさらに仕掛けてみることにした。


「2人ともお似合いだね、美男美女カップルって感じ。」

これは仕事のためでもあるが彼女への仕返しという側面も持ち合わせている。やられたらやり返すだ。試着室での恥ずかしい思いを忘れるはずがない。照れる彼女の反応をわくわくと期待しながら待つが、予想は簡単に裏切られた。


それを聞いた彼女は頬に手を当て、首を傾げると同じく笑顔のまま話した。

「ふふ・・あら、そう?」


どこまでも余裕そうに照れた様子なんて全く見せない彼女に経験の差を思い知るが、まだまだ諦めてはいない。追い討ちをかけるようにより具体的に話す。

「そうだよ。もう付き合っちゃえばいいんじゃない?」

すると、少し恥ずかしそうに彼女は下を向いた。ほんの一瞬だったが、ずっと彼女のことを見ていた私にはごまかせない。やり返してやったと心が満たされ、からかいの言葉を1つ、2つでもかけてやろうかなんて思うが、一向に声が出ない。気づいたら口が固まってしまっていたのだ。


言葉に詰まった私なんて他所に彼女は続ける。

「そんなことないよ〜。うちなんて全然早川くんには釣り合わないって。」

と、満更でもなさそうな元気の良い声が聞こえてくる。仕事の内容として完璧だ。なにも問題はない。


歩き出す彼女と緊張し切った男の三歩後ろをついて行く。初めてのバイトが順調だと喜ぼうとする私を、前を歩く彼女はチラッと見るや否や髪を耳にかけた。表情までは見えないが試着室での出来事が思い出され、心臓が早いビートを刻み始める。


それを拒否するかのように私は胸を大きく叩いた、まるで終わりを告げる鐘のように。

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