配信32 ニュース:「血の伯爵邸」、ダンジョン化

 夜十時。

 夜の帳がすっかり落ち、闇の合間を魔物や盗賊たちが動き出すころ。人々は通信用の魔石パネルや、装具につけられた魔石に耳を傾ける。

 やがて、ジジッと音がしてパネルからひとつの映像が浮き上がる。そこから心地の良い音楽が流れはじめると、聞こえてくるのは明るい少女の声と、やや不機嫌にも思える低い男の声――。


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「やあやあ。今日も素敵な夜をお過ごしの皆様、こんばんは。今夜もはじまる夜のおしゃべり、『深夜同盟』。お相手は私、アーシャ・ルナベッタと――」

「……バルバ・ベルゴォルだ……」


「この配信は、通信用魔力ネットワークの一部を『お借り』し、こちら独自のネットワークを介在して行われています。みなさま、お手元の魔石パネルや装具類の宝玉で配信そのものや音源の調節ができるぞ。それじゃあ、時間までたっぷり楽しんでいってくれ」


「ところでバル。最近、ダンジョンの入れ替わりも早いよねえ」

「それはそうだろうな」

「ますます早くなってない?」

「冒険者どもがようやく活性化してきたんだろう。一時期は増える一方だったが、最近では増えては減って、あるいはその逆を繰り返している」

「ちなみにそれって情報収集してる?」

「逆に聞くが、なぜしていないと思った?」

「ギルドも追うのが大変だっていうくらいだし」

「まあ極端な話、こっちは占拠すればいいだけの話だからな。冒険者が一つのダンジョンにかかりきりになっている間に、別のダンジョンに戦力を投入すればいい」

「そういうこと言っていいわけ?」

「さっさと攻略しない方が悪い」

「そういう考え方かー」


「ともかく、いまは毎日のようにダンジョンが更新され続けてて、ひとつの国に限っても、一週間に一度くらいは確認しないとダンジョンが消えてることも珍しくない」

「だろうな」

「以前も取り上げた『ソマッソ鉱山』をはじめとして、これまでダンジョンではなかった場所がダンジョン化することもあるんだけど――」

「含みのある言い方だな」

「ちょっと変な経緯でダンジョン化したところの情報が入ってきたんだよ」

「そんなところあったか?」

「というわけで、今日のニュースはこちら!」



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《”血の伯爵邸”、★5ダンジョンに指定》


 このところの魔物の活性化により、複数のダンジョンでランクが引き上げられたり、逆に冒険者の台頭で攻略のスピードが速まったりで、ダンジョンの入れ替わりが激しくなっている。

 そんななか、「血の伯爵邸」と呼ばれ恐れられてきた旧伯爵邸が★5ダンジョンに指定された。

 「血の伯爵邸」はその名の通り、「血の伯爵」と呼ばれたラタウ伯爵の邸宅である。ラタウ伯爵は槍の名手で、50年前の第3次パバフ戦役において猛威を奮った戦士でもある。返り血を浴びた姿によって「血の伯爵」と呼ばれ、「冷血伯」などとも呼ばれた。噂によると自分の妻を殺害し、剥製にして伯爵邸の地下に飾ってあるのだといい、冒険者達の中でも恐ろしい伝説として語り継がれている。今回のダンジョン指定に至っても、その妻の怨念が渦巻いているだとか、処刑された伯爵の亡霊が血を求めて彷徨っているとして噂されている。


 ところが当時を知る現地民によると、ラタウ伯爵本人はかなりの愛妻家であり、妻であるラタウ夫人とも仲睦まじかったという。側室も作らず、夫人一筋で、伯爵邸から離れたのも邸宅の老朽化が原因。現在、爵位を継いでいる現ラタウ伯爵も「お祖父様達は本当に仲が良かったです。それに、お祖父様の方が早く亡くなっていますし、看取ったのはお婆さまです。看取ったのもあの邸宅ではなく既に別のところに移った後ですし、どうしてこんなことになっているのか……」と困惑を隠せない。


 なぜそんな伯爵邸がダンジョンと化したのだろうか。その由来は、「血の伯爵」と呼ばれたことが一人歩きしたことだ。もともとは伯爵邸は取り壊す予定だったのが様々な事情が重なって工期が遅れ、その間に亡霊たちが住み着いてしまった。そのため、冒険者に依頼しようとしていたところで魔王が復活。ゴースト系モンスター達の巣窟となってしまい、今回、とうとうダンジョン化してしまったというのである。

 そこへ「血の伯爵」という名前が一人歩きしたのだという。わかってしまえばなんということもない話であるが、噂は早いもの。いるはずもない「剥製にされた妻」や「血の伯爵」が、なんらかの形で出てくることもあるのだろうか……。

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「いやこれこんなシメにしちゃダメじゃない!?」

「面白いからそのままだ」

「ダメだろ!?」


「といいつつ、実際どうなのかは流したら冒険者も理解すると思うけどね」

「実際問題として、こっちに文句を言われても困るからな」

「文句って?」

「剥製にされた妻がいないとか、伯爵の亡霊がいないとかだ」

「あー。そういう」


「しかし本人がどうとかじゃなくて、ダンジョン化したことで噂が付随されてくの、なんかなぁ」

「見ている分には面白いがな」

「だから面白がるなって!」

「そのうち、ぜんぜん関係ないゴーストが「血の伯爵」とされていたかと思うとなあ」

「それはそれでややこしいことになりそう。それにこの「血の伯爵」も、戦場で強かったのは事実だけど普通に奥さんとも仲良くて、継いでる人もいるし……」

「本当に名前だけが一人歩きした好例だろうな」

「好例って言うなよ」


「……というわけで、変な噂には惑わされない方が良いって話でした」

「そういう話だったか、本当に?」

「今日はこのあたりでブレイク! このあとは、本物の邪霊である邪霊楽団の演奏をお楽しみに~!」

「邪霊どもが微妙な顔をしているな」

「なんで?」

「人から邪霊になった仲間が増えるかと思ったらいなかったからだろう?」

「えっ、待って。邪霊って元人間なの?」

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