配信28 ニュース:下水道が一時使用中止に、原因はスライム?

 夜十時。

 夜の帳がすっかり落ち、闇の合間を魔物や盗賊たちが動き出すころ。人々は通信用の魔石パネルや、装具につけられた魔石に耳を傾ける。

 やがて、ジジッと音がしてパネルからひとつの映像が浮き上がる。そこから心地の良い音楽が流れはじめると、聞こえてくるのは明るい少女の声と、やや不機嫌にも思える低い男の声――。


――――――――――――――――――――


「やあやあ。今日も素敵な夜をお過ごしの皆様、こんばんは。今夜もはじまる夜のおしゃべり、『深夜同盟』。お相手は私、アーシャ・ルナベッタと――」

「……バルバ・ベルゴォルだ……」


「この配信は、通信用魔力ネットワークの一部を『お借り』し、こちら独自のネットワークを介在して行われています。みなさま、お手元の魔石パネルや装具類の宝玉で配信そのものや音源の調節ができるぞ。それじゃあ、時間までたっぷり楽しんでいってくれ」


「あ~……そういえばこの間さあ」

「せめて配信で誰かに向けて喋っているテイは保てないのかお前は!?」

「いやバルに向かって喋ってるんだけど」

「完全に世間話のノリだったから逆にびっくりしたわ!」

「いやだってだんだんここで喋ることがなくなってきたから」

「なんだ飽きたのか!? 吾輩はいつだってこの配信を辞めてもいいんだぞ!?」

「それは困る」

「何故!?」

「楽しいから」

「……」


「バルがすごい頭を抱えてしまったけど、この間さあ」

「それで押し通すのか!?」

「そりゃここに入ってきてるニュースはあるんだから押し通すに決まってるだろ!」

「ならせめてもっとフリぐらいはなんとかしろ!」

「そういうバルも辞めてもいいとかいいつつ付き合ってくれるところ好きだよ」

「そ、そういう契約だからだろうが!?」


「えー、それじゃバルがちょっと照れたところで本題に入るんだけど」

「照れてないが!?」

「それでだね」

「照れてない!」

「……えー、はい」

「ここに来てフリに困るな」

「バルが邪魔したからフリを忘れたんだよ」

「吾輩のせいにしないでもらえるか?」


「たまには手抜きだってしたいんだよ。そういう時ってない?」

「いい加減なことを言うな。一つの手抜きが大変な事態を引き起こす可能性だってあるのだぞ」

「……」

「なぜそこで笑顔になる……!?」

「いや~、今日のニュースにぴったりのコメントだなと思って」

「わざわざ聞くのも嫌なんだが、どういうことだ」

「その手抜きのせいでひとつの国……というか首都が大変な事になってるって話だよ」

「……ほう。それはそれで興味深い。聞かせろ」

「バルの興味をひいたところで今日のニュース!」



+++――――――――――――――――――――+++

《下水道が一時使用中止に、原因はスライム?》


 東リュール国の首都で下水が突如噴出し、人々が水を流せない事態に陥っている。下水はいまもなお道路に噴出していて、国の下水管理事務局は対応に追われている。「できるだけ下水を使わないように」とも呼びかけたが、翌日には国王命令で強制的に使用中止に。根本的解決をめざし、ギルドが緊急クエストを発表している。


 東リュールはその全土で下水施設が完備されている下水道先進国。いまでも井戸を使う地域もあるが、主に人の少ない僻地などに限られ、辺境でも下水の整備が進んでいる珍しい国でもある。だがそんな下水道が充実した国で何が起きたのだろうか。 


 原因は下水で増殖したスライム。スライムは魔物の一種で、体内の核を中心にアメーバ状の体を持つぷよぷよとした魔物である。汚物でもなんでも体内に吸収して溶かして無害化してしまうため、下水道にあえて放つことで清掃を任せているところもある。リリルルも同じくスライムを清掃代わりに放っていた。雨期になると増殖し、下水を塞いでしまうため、下水のある地域では初心者冒険者のおなじみのクエストだろう。

 今回、首都で起きた下水の噴出は、同様に増殖したスライムが下水を詰まらせて塞いでしまったことから起きた事故だ。ギルドの発表によると、首都の下水は広いため、スライムも広範囲にわたって生息している。そのためある程度探索すれば規定の討伐数に達してしまう。そのため冒険者の間で探索しやすい範囲や、スライムを倒しやすい範囲というのが共有されていた。いわばある程度「手抜き」がされていた可能性が高い。その分、奥の方でスライムが増殖してしまったのだ。


 スライムは人に懐くこともあり、ほとんど危険性は無いため楽観視する冒険者も多い。「倒しやすい・リスクの少ない魔物」と誤認している人も多い。しかし中には突如天井から下がってきて武器や肉体ごと溶かしてしまうなど、その生態や個体の酸によっては危険なことも。今後、下水からスライムそのものが出てくる可能性もあり、早急に数を減らすことが求められている。

+++――――――――――――――――――――+++



「下水が溢れると感染症とかも蔓延しやすいから、どうかそれだけは気をつけてほしいね」

「魔物より感染症を恐れるのも微妙な気分なんだが」

「東リュールってもともとは小さい川が多いぶん水源が豊富で、下水道も作りやすかったっていうね。他の国とかだとまだ二階から道路に向かって汚物を投げてるところもあるくらいだし」

「前回……前々回くらいの戦争だとまだそういう国が多かったな」

「覚えてるくらいってことは相当……」

「感染症で勝手に死なれていってもこっちは困るんだが」

「魔王もそれで困ることあるんだ」

「ある」


「と、いうわけで、少しの手抜きが大変になった事の好例だね」

「そもそも魔物が自分達の思惑通りに動くと思っているのか?」

「魔王の思惑通りには動くの?」

「基本的にはな」

「あー、基本的には魔王に忠実で人間と敵対するけど、たまにそれから外れる個体も居る、だっけ?」

「よく覚えているではないか」

「まあ動物とかも人間の思い通りには動かないしなあ。ある程度こっちが勝手に向こうの感情を予測するしかないんだけど、それで可哀想に思ったりするのはそれこそが人間の思い上がりだって話もあるね」

「おい、急に真面目な話をするな。びっくりするだろうが」

「なんで!?」


「まあいいや、ここらでいったんブレイク! このあとは安心安全、邪霊の演奏をお聴きください。リクエストはめちゃくちゃ来てるから一旦中止してもいいかなぁ!?」

「聖歌の類が死ぬほどリクエストされてるからな」

「なんでみんなそんなに邪霊に聖歌を歌わせたいんだろうね」

「どの程度正確に演奏させれば邪霊に影響が出ないかを見たいんじゃないのか」

「多分それだな?」

「そうだろう」

「明らかに研究者っぽい人からやたら細かい指定も来てるしな?」

「だからこっちに送ってくるな!」

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