配信29 ニュース:第7次辻馬車戦争、開催決定!

 夜十時。

 夜の帳がすっかり落ち、闇の合間を魔物や盗賊たちが動き出すころ。人々は通信用の魔石パネルや、装具につけられた魔石に耳を傾ける。

 やがて、ジジッと音がしてパネルからひとつの映像が浮き上がる。そこから心地の良い音楽が流れはじめると、聞こえてくるのは明るい少女の声と、やや不機嫌にも思える低い男の声――。


――――――――――――――――――――


「やあやあ。今日も素敵な夜をお過ごしの皆様、こんばんは。今夜もはじまる夜のおしゃべり、『深夜同盟』。お相手は私、アーシャ・ルナベッタと――」

「……バルバ・ベルゴォルだ……」


「この配信は、通信用魔力ネットワークの一部を『お借り』し、こちら独自のネットワークを介在して行われています。みなさま、お手元の魔石パネルや装具類の宝玉で配信そのものや音源の調節ができるぞ。それじゃあ、時間までたっぷり楽しんでいってくれ」


「あーい、今日も始まったわけだけど」

「せめてもうちょっとまともな始まりにはできんのか。飽きたならやめてもいいと先日言ったばかりだぞ」

「って言いながら続けてくれるバルなのでした。というわけで……」

「変なナレーションを入れるな!」

「ちょっと、途中で邪魔しないでくれる?」

「喧嘩を売ってるのか!?」


「でも実際よく続けてくれるよね。ふつうに人類は魔王との戦争真っ最中? なんだけど」

「クエスチョンマークをつけるな。まごうことなく戦争中だし、お前は吾輩に永劫に感謝し続けてもいいんだぞ」

「実際どうなの? うまくいってる?」

「それを吾輩に聞くのか……?」

「他にだれに聞けばいいんだよ」

「ええ……」

「で、実際どうなの? 戦争。魔王的にはどう?」

「まだ勇者が選ばれていないからなんとも言えん」

「やっぱ勇者は必要なんだ」

「それはそうだ。そっちの……人類側の代表だからな」


「じゃあそれ以外のところではどう?」

「それ以外と言われてもな……。基本は魔物の強化だからな。しかしそうした各地での活性化がベースと言われればそうかもしれんな。他にも細かい調査もしている」

「勇者の生まれそうなところに集中的な襲撃とかしないの?」

「それがわかっていたらとっくにやっていると思わないのか?」

「それもそう」

「それに勇者は必要だからな」

「ふーん?」


「しかしだね、魔王」

「なんだ急に」

「戦争とは人類と魔王とだけに発生するものにあらず、だ……」

「は?」

「人と人、そしてそのパートナー同士が魂をぶつかり合わせる戦争が……10年ぶりに返ってくる!」

「なんかもう予想はついた」



+++――――――――――――――――――――+++

《第7次辻馬車戦争、開催決定!》


 あのきらめきがかえってくる――。

 このたび、第7次となる辻馬車戦争の開催が決定された。10年ぶりとなる開催に、地元や辻馬車乗りたちの歓喜の悲鳴があがっている。


 辻馬車戦争とはもともと、辻馬車の御者たちが個人で行っていた「どちらがより早いか」を競う競技。それは勇者タイジュ=クドーが人々の娯楽を模索した中で辻馬車レースとなり、金銭を賭けて戦うものになった。それはタイジュ=クドーの死後も発展し続け、4年に1度、大規模に行われる「第1次辻馬車戦争」となったことでひとつの到達点に至った。規定コースを巡り、早い者を決める「大一番」に、街中を舞台にして、細い路地や道までも駆使してより早く目的地にたどり着く「マラソン」、そして賭け主が自由にレース名を決める「???杯」など数々の名勝負が生まれてきた。4年ごとに行われたこの辻馬車戦争だが、この10年ほど開催されずにいた。

 原因は第6次での辻馬車戦争で、ケンタウロスが自ら御者兼馬車として出場し、ぶっちぎりで優勝したことだ。ケンタウロス族は上半身が人間、下半身が馬という半人半獣の種族。主に草原や高地に生息する種族で、現地に行かない限りはあまり人里などにはいない。しかしなんらかの要因で辻馬車として働いていたものが出場したのである。

 当時この優勝に待ったをかけたのが、辻馬車の御者たち。自分たちは馬との信頼関係のうえで教義をしていると訴え、自らが馬でもあるケンタウロスが出場するのは違うと言い出したのだ。

 これ以降ケンタウロスを辻馬車と認めるか否かで揉め、長くても4年のあいだ行われるはずだった議論は実に10年に及んだ。


 しかしこのたび、その問題に終止符が打たれた。この10年でケンタウロス族の辻馬車も増えたことで、それなら部門を別にすればいいという結論に至ったのである。新設された部門はその名も「ケンタウロス部門」。こちらは別の会場と日にちで行われる予定だ。

 実行委員のひとりでもあるオーブン氏はこう語る。

『今回の開催に至るまで、何度も議論を重ね、何度も回り道を重ねてきました。だれが一番早いかを競うレースに、他でもない我々がとんでもない遠回りをしてしまったのです。しかしそのぶん、ありとあらゆる道を考えることができました。走るべき道はこれからも増えていくかもしれません。しかし、いま我々が提供できる最高のレースになったと自負しています。選手一同、こころより皆様のお越しをお待ちしております。どうか選手一同に、多大なる声援をお願い致します』

+++――――――――――――――――――――+++



「というわけで、開催決定~~! おめでとうございます!」

「……」

「バルが『こんなときに何やってんだお前ら』という目でこっちを見ている」

「言いたいことはぜんぶこいつが言ったので吾輩から何も言うことはない……」

「すっごい頭抱えてる」


「わかっているのか? いまは戦争中だぞ!」

「戦争中にも娯楽は必要だろ!」

「クソッ……勇者が出てきたら後悔することになるぞ……!」

「思うんだけどなんで勇者が出るまで待ってんの?」

「だから勇者は必要だと言ってるだろうが!」


「というわけで、ここらへんで一旦ブレイク! 今日はリクエストにこたえて、邪霊楽団による『聖歌7番』をお送りするよ!」

「……もしかして7にかけたか?」

「そう」

「なぜわざわざこたえるんだ、リクエストに。しかも聖歌を!」

「リクエストにはこたえるべきだぞ、魔王! さっき聞いてたらすっごい音が外れてる瞬間がそれぞれあったけど、失敗を感じさせない演奏が凄いよね」

「それは失敗ではなく全部正しく演奏したら互いの演奏で浄化されるからだ」

「やっぱ浄化するんだ」

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