配信19 特集:魅惑と浪漫の都市、その名は……

「……なんてことだ!」

 紫色の髪の魔人ジューロ・ジャーロはそう呟くと、浅黒い肌の顔を顰めた。魔王が復活して以来魔王軍直属となり、直属騎士や四天王などと呼ばれるに相応しい身に戦慄が走った。

「これがお前たちのやり方か……!」

 いまにも目の前のテーブルを叩きつけそうだった。その向こうには一人の女。

 周囲に人は多いが、誰も二人のことを気にしていない。

「いいえ、いいえ、これが私たちの戦い方。この都市ではなんぴとも剣を持つこと叶わず。この都市のルールに従うのが定め」

 そして女は声を潜める。魔人にだけしか聞こえない声で呟く。

「あなたは人間に擬態しここへ来た。調査という名目で。その時点で私たちのルールに乗った。あなたが魔人であれ人間であれ、王であれ奴隷であれ、この都市においてはその身分も出自も何も関係がない。私たちがマスターであり、私たちは私たちのルールであなたを歓迎します」

「……」

「それに、ここにはこれだけの冒険者がいる。あなたはここで剣をとれば必ず、この都市を守ろうとする冒険者から剣を向けられることでしょう」

「……クソッ……!」

 憤る魔人を目にして、女は笑った。

「さあ、続けましょう。このゲームは、まだ終わってはいないのですから!」


 そんなこんなで夜十時。

 夜の帳がすっかり落ち、闇の合間を魔物や盗賊たちが動き出すころだが、その都市は明るく映えた。しかしそれでも一部の人々は通信用の魔石パネルや、装具につけられた魔石に耳を傾ける。

 やがて、ジジッと音がしてパネルからひとつの映像が浮き上がる。そこから心地の良い音楽が流れはじめると、聞こえてくるのは明るい少女の声と、やや不機嫌にも思える低い男の声――。


――――――――――――――――――――


「やあやあ。今日も素敵な夜をお過ごしの皆様、こんばんは。今夜もはじまる夜のおしゃべり、『深夜同盟』。お相手は私、アーシャ・ルナベッタと――」

「……バルバ・ベルゴォルだ……」


「この配信は、通信用魔力ネットワークの一部を『お借り』し、こちら独自のネットワークを介在して行われています。みなさま、お手元の魔石パネルや装具類の宝玉で配信そのものや音源の調節ができるぞ。それじゃあ、時間までたっぷり楽しんでいってくれ」


「突然ですが……あなたはお金を何に使いますか……?」

「急に怪談のテンションになるな」

「いや今回はそういう特集だから」

「別に怪談の特集ではないだろ」

「だけどこれは冒険者にとって、ロマンがありつつも恐ろしい話……」

「お前、冒険者じゃないだろ」

「となるとつまり、人間にとって……!?」

「そう言われると腹が立ってくるな」

「魔王だから?」

「魔王だから」

「すっごい適当に答えられてる感じがある!」


「まあそんなわけで」

「普通のテンションに戻るな」

「え~~、うるさいな~~。まあともかく、今日はね。冒険者向けに、こんな案件が」

「そもそもそんなものをここに送ってくるなと言いたいんだが……」


「冒険者とはロマン溢れる職業! 身分も出自も問われない、一発クエストで当てれば一攫千金!」

「はあ」

「西に魔竜あれば倒し、東に困った貴族あれば手を貸して、お礼の金貨でガッポガポ!」

「……」

「そしてそんな大金を元手に、更なる夢を見るべく、赴くのは!」


「賭博都市・ムーンガーデン~~~!」


「というわけで本日はなんとぉ、魅惑と欲望の賭博都市ムーンガーデン特集!」

「……」

「もはや特集しなくても誰もが一度は耳にしたことがあるんじゃないか!? 賭博都市ムーンガーデンとはそのものずばり、都市まるごとひとつカジノになっているというまさに黄金の夢! 一夜を越えたあなたが次に立っているのは億万長者か、夢の跡か! 金貨一枚にすべてを賭けろ! 幸運の女神を味方につけろ! 次に女神が微笑むのはあなたかもしれない!」

「……」

「うわー! バルが凄い顔してる!!」

「いや……、別に良いんだが……」

「じゃあなんだ!」

「人間どもにわけのわからん町の宣伝をさせられている身にもなれ! だいたい、この配信の魔力は吾輩のものだぞ!?」

「じゃあバルも行く?」

「行かんわ!!」


「とにもかくにも、ムーンガーデンとは夢。ムーンガーデンとはロマン!」

「はあ……」

「うっわ、バルがメチャクチャやる気ない! でも色々と聞いたら変わるかもよ」

「……まあ、一応は聞いてやろう」



+++――――――――――――――――――――+++

《そこにあるのは如何なる夢か。一夜の狂宴の果てにある、賭博都市ムーンガーデン!》


 コスタズから西に馬車で二日ほど行った場所に見えるのは、見果てぬ夢の黄金郷。

 その名も賭博都市ムーンガーデン。

 そこはカジノを中心に出来た都市であり、ありとあらゆる人種や身分、そして立場さえ問わぬ場所である。金さえ落としてくれるのならば、例え奴隷でも歓迎しよう。びた一文さえ無くなれば、王とて裸でさようなら。

 この地への冒険すなわち、ダンジョンではなくカジノへの挑戦に等しい。


 金貨を都市専用コインに変えたら準備完了!

 カードゲームだけでも、カードの数字が大きいか小さいかを当てる『ハイ&ロー』、

 21に近い数字を目指す『ブラックジャック』、

 5枚のカードをそろえる『ポーカー』など目白押し!


 他にも赤か黒か、運命を分けるルーレット!

 一番に言うのは誰だ、数字を開けられるかビンゴ!


 ムーンガーデンで待つのは一流の賭博師ばかり。イカサマ御法度、乱闘も御法度。しかしそれさえなければどんな方でもお客様。

 あなたも一攫千金を目指し、麗しきゲームの世界をご堪能あれ。

+++――――――――――――――――――――+++



「負ける前に勝てばいいのさ、夢を手にするのは誰だ! コインを増やして夢を手に入れろ!」

「……」


「ところで、そのコイン。増やしたらどうなると思う?」

「……そりゃ、金に換えて一攫千金と言ったばかりだろうが」

「ちっちっちっ……。それが違うんだな~」

「ほう」

「増えたコインは金になるだけじゃない。当然、景品交換もあるんだ。このカジノは冒険者向けでもあるからね。実はなんと、ここでしか手に入らない装備が手に入るんだ」

「……あ~」


「一般アイテムも多少は置いてあるけど、それでも普通に売っているものより効果の高いものが置いてある。それ以上に、ここでしか手に入らない黄金色の剣や防御魔法の掛かったウサギ耳のカチューシャなんかが売ってる」

「それは使えるのか……?」

「置いてあるんだからたまに居ると思う。あとこれも防御魔法のかかった服でムーンガーデン謹製メイド服とかある」

「意味がわからん!?」

「そういうのにロマンを感じる冒険者とかもいるのでは?」

「まあ、ファッションは吾輩が前回起きていた時からもだいぶまた変わったような気もするが」

「ファッション……」

「いやお前が微妙な顔をするな」


「とはいえ、こういうのは使い捨てでもあるね。回数制限があるって言った方がいいかな。ほとんど魔法で強化してあったり、剣も魔法効果が解ければ普通の剣だし。だけど、ここぞ! という時に装備しておくと役に立つものばかりだよ。だからカジノの景品なんかで置いてあるわけ」

「ふむ……」

「それに、そのへんの怪しげな裏カジノよりはだいぶマシだと思うよ。ちょっとばかり厳しくはあるけど、いい意味でも悪い意味でも平等なんだ。金があれば遊べる、そうでないなら出て行ってもらう」

「なるほどな……。そして」


「ところで、今日ここを紹介した理由なんだけど」

「案件じゃなかったのか」

「バルのとこの魔人さんいるじゃん」

「は?」

「魔王軍の。直属くらいに居る、結構上の方の人で……、紫色の髪の毛で、ちょっと肌が浅黒い色の、耳の長い人」

「ジューロ・ジャーロの事なら早く名前を覚えろ」

「そうその人。あの人から連絡があったらしくて」

「は?」


「ムーンガーデンの調査の為に人間に変装してカジノやってたら、ついうっかり持ち金全部スッちゃって、借金抱えちゃって、解放してもらうためにとりあえずタダで宣伝しますって約束させられたらしくて」

「何をやっとるんだアイツは!!?」

「剣を持ったら周囲の冒険者に囲まれるからなあ」


「というわけで、魔人さえ飲まれる不夜城ムーンガーデン。なーに、負ける前に勝てば一攫千金。みなさんも一夜の夢を見てはどうかな? それじゃ、ここらでブレイク!」

「おい、ジューロ・ジャーロの奴に帰ったら即刻吾輩のところまで来るように言っとけ」

「また後でね~~」

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