旅人書房と名無しの本(児童書編)

Kurosawa Satsuki

短編集

旅人書房と名無しの本(児童書編)


目次:

1、小さな雀の子

2、言葉を食べる夢

3、ディアナと三つの約束

4、黒猫は旅に出る

5、プラネタリウム

6、御ままごと


あらすじ:

俺が経営している旅人書房に、

薄茶色の小包が届いた。

住所を確認すると、どうやら、

星空出版社から送られてきた物のようだ。

封を開けると、

著者不明の絵本が数冊入っていた。

星空出版社が、どんな意図で旅人書房に送ってきたのかは分からないが、

内容が気になった俺は、

この名無しの絵本を読むことにした。



一冊目:小さな雀の子

ある日、貧乏な家庭で暮らす男の子がいました。

その男の子は、学校にも行けず、靴磨きで稼ぎながら、何とか家計を支えていました。

父は他界し、病気持ちの母を支えるために必要なお金は、どれだけ働いても足りませんでした。

そんな時、彼の目の前に小さな雀が現れました。

雀は、彼に仲間を助けて欲しいから一緒に来てくれと頼みました。

彼は、雀の言葉を聞き入れ、雀の仲間がいるとされる場所へ向かいました。

やがて、一人と一匹は目的地にたどり着きました。

そこは、森の奥深くにある小屋でした。

そこにいたのは、檻に閉じ込められていた何匹もの雀達でした。

彼は、なんとかその檻を壊し、雀達を解放しました。

「ありがとう」

雀は、空高く羽ばたきながら彼にお礼を言い、

去って行きました。

彼は、空高く飛んでいく雀を見上げながらこう思いました。

「羨ましい」

雀達を助け終えた彼は、森を抜け、自分の家へと戻りました。

家では、病気の母が、咳き込みながらも、彼の為に料理を作っていました。

「ダメだよお母さん、寝てなくちゃ」

彼は、無理矢理母を寝室に寝かせ、

母がしていた料理の続きをしました。

いつかは報われる。

そう信じていたのに、どうして僕のところには幸せが来ないの?

何も悪い事なんてしていないのに…。

神様は、僕のことが嫌い…なのかな…?

彼の瞳から一滴の滴が落ちた時、

彼の前に、また先程の小さな雀が現れました。

「さっきは助けてくれてありがとう。

お礼にこれを受け取って欲しい」

雀は、そう言うと、彼に魔法の薬を渡しました。

これを飲めば、どんな病気でも治る。

雀は、そう言い残し、またどこかへ去っていってしました。

彼は、すぐさま寝室にいる母に雀からもらった薬を飲ませました。

すると母は、急に苦しみだしました。

そして、母は二度と目を覚ましませんでした。

「嘘つき…。

薬を飲めば、病気が治るって言ったじゃないか!」

彼は、あまりのショックと絶望に耐えられず、

台所にあった包丁で自分の心臓を刺しました。

次第に意識は薄れ、目を覚ますと、見知らぬ場所にいました。

誰もいない街中を、彼は一人で歩き続けました。

すると、大きな光の球を見つけました。

そして、その光の近くには、雀達が群がる一本の木がありました。

彼は、その木に彫られた文字を読みました。

そこには、“リセット”と書かれていました。

彼は、その光に左手を当てました。

すると彼の体は、光の中に吸い込まれ、

やがて彼は、光と共に消えてしまいました。



二冊目:言葉を食べる夢

私は今日、夢を見た。

普段は滅多に見ない、不思議な夢だった。

とある街に、言葉を食べる少女がいた。

少女は、街中を歩き回りながら、

吸い取るように言葉を食べ続けた。

少女は手始めに、いじめっ子の言葉を食べた。

「マジでキモい、死ねばいいのに」

次に、部下を叱る上司の言葉を食べた。

「甘えるなよ、これだからゆとりは…」

散歩中の野良猫の言葉を食べた。

「にゃー」

自信がない学生の言葉を食べた。

「どうせ私なんて」

世間話をしているおばさん達の言葉を食べた。

「ねぇ知っている?三丁目のお家の子が父親から…」

日中暇なクレーマーの言葉を食べた。

「あんたのところの商品がさ…」

コンビニ店員に暴言を吐くおばさんの言葉を食べた。

「あんたのせいよ、責任くらい取りなさいよ」

綺麗事好きな熱血教師の言葉を食べた。

「ネガティブは敵、ポジティブに生きよう」

他宗教を嫌っている信徒の言葉を食べた。

「祈れば報われる」

何かに取り憑かれている占い師の言葉を食べた。

「手放さなきゃいけない、早く手放さなくちゃ…」

仕事に疲れたアイドルの言葉を食べた。

「頑張れじゃない、頑張ったねって言って欲しいだけ」

未だに売れない無名歌手の言葉を食べた。

「いっその事、全てを無かった事に…」

ベンチに座って俯く女性会社員の言葉を食べた。

「死にたいじゃない、消えたいだけ」

部屋でネトゲをする引きこもり少年の言葉を食べた。

「どうせ自分以外には分からない」

飛び降りようとしている少年の言葉を食べた。

「それでは皆さん、さようなら」

喧嘩をしている二匹の犬の言葉を食べた。

「わんわん、バウバウ」

そして、いじめられっ子の言葉を食べようとした。

「どうしていつも、‪私ばかり…」

彼女の言葉を聞き、少女は食べるのをやめた。

同情したのか、面倒くさくなって飽きたのかは分からないが、ここでこの夢は終わった。

それ以降、この夢を見ることはなかったけど、

今でもたまに、思い出す事がある。



三冊目:ディアナと三つの約束

むかしむかし、あるところに、

ディアナ姫という、国王の娘がいました。

幼いディアナ姫には、三歳年の離れたシャルル王子という許婚(いいなずけ)がいました。

二人は、兄弟のように仲が良く、

ディアナ姫は、シャルル王子の事を兄のように

慕っていました。

ディアナ姫には、シャルル王子と交わした三つの約束がありました。

一つ目は、幻の宝石を一緒に探しに行くこと。

二つ目は、大人になったら時計台の前で愛を誓うこと。

そして最後の約束は…。

「ディアナ、久しぶりだね」

「シャルル様!会いたかったですわ!」

ある日の昼下がりに、

シャルル王子が宮殿に遊びに来ました。

「さぁ、今日は何して遊ぼうか」

「私、お花摘みがしたい!」

「いいよ、じゃ、庭園に向かおうか」

宮殿の裏には、ディアナ姫の母上である王妃が所有している庭園があります。

王妃は、庭園をとても大事にしていて、

ディアナ姫は、多種多様な花たちが暮らしている王妃の庭園で遊ぶのが大好きでした。

「ここをこうして〜」

「そうそう、ディアナ姫は器用だね」

「えへへ」

庭園で沢山お花を摘んだ後は、

庭園の中にあるテラス席で、

お花の冠を作ります。

愛するシャルル王子と過ごす一時。

この時のディアナ姫は、

幸せな気持ちでいっぱいでした。

しかし、そんな時間も長くは続きませんでした。

それから一年後、

シャルル王子とのお別れが来ました。

シャルル王子には、以前から重い持病がありました。

特効薬もなく、治療方法も分からないまま、

シャルル王子は、若くして帰らぬ人となりました。

ディアナ姫は、シャルル王子の訃報(ふほう)に泣き崩れました。

その時、シャルル王子と交わした三つ目の約束を思い出しました。

それは、二人が大人になって結ばれた時に、

シャルル王子の日記を見せてもらえるというものでした。

ディアナ姫は、生前のシャルル王子が書いていた日記帳を、シャルル王子の父上から貰い受けました。

結局二人は結ばれなかったけれど、

ディアナ姫は、意を決してその日記帳を開きました。

そこには、闘病中の苦悩ではなく、ディアナ姫との日々が淡々と綴られていました。

ディアナ姫は、シャルル王子が眠る墓石の前で祈りました。

「来世も、シャルル王子とまた会えますように」




四冊目:黒猫は旅に出る

黒猫は旅に出た。

宛もなく、途方もない旅だ。

いつも黒猫の目に映るのは、

人間たちの営みだった。

三丁目のアパートに住む女の子に、

愛する人ができたらしい。

今日も陽気な主婦たちが、

甲高い声で談笑している。

黒猫は、屋根から屋根へと飛び移る。

こうやって、高い所を歩き回りながら、

時々、立ち止まって見下ろしている。

やがて、この世界に闇が訪れる。

黒猫の視線の先には、

闇を照らす三日月がある。

前足を三日月に翳すが、

届きそうで届かない。

見渡してみるが、星はあまり見えない。

人間たちが奪ってしまったから。

黒猫は、それでも構わないと思った。

人間は面白い。

昼寝をしすぎたせいで、

いつも以上に頭が冴えている。

静まり返った住宅街の端で、

鈴虫が歌を歌う。

黒猫の夜はこれからだ。

黒猫は、また歩き始めた。



五冊目:プラネタリウム

辛い時、悲しい時、

私は決まった夢を見る。

宇宙を旅する夢だ。

広大な宇宙の周りには、

大小様々な星たちが浮かんでいる。

恐ろしい熊も、煩い鴉(カラス)もいない、

そこは、私が望んだ私だけの世界。

静寂ではあるが、

暖かく、心地よい空間。

赤色に輝く星の集合体(星団)の中に、

小さく光る青色の星を発見。

あれは、水星だろうか?

近づいてよく見てみると、

水星ではないと直ぐに気づいた。

あれはきっと、海王星だ。

青色の光の中で、地球から一番よく見える星。

海王星とは言っても、

青く発光しているそれは、

海ではなくメタンで出来たガスだ。

メタンは、赤を吸収する性質を持つ。

この前読んだ天体図鑑に、そう記されていた。

私の旅は、まだまだ続く。

次に見つけたのは、赤色の光を放つ星、

ペテルギウスだ。

ペテルギウスと言えば、

オリオン座の一つとして知られている。

ペテルギウスの下側にはリゲル、

そして、ペテルギウスを近くにあるシリウスやプロキオンと結べば、冬の大三角ができる。

ああ、素敵だ。

世界中にある、どんな宝石よりも美しい。

ずっとこのまま旅をしていたい。

こうして、色彩豊かな星たちを見ていたい。

でも、どんなに願っても叶わないよね。

そして、私にも等しく朝が来る。



六冊目:御ままごと

ここはどこ?

私は誰?

真っ暗闇の中で、私は目覚める。

怖くはない。

ただ、私の心は空っぽだ。

意識の始まりから、その場でしばらく佇んでいると、

目の前に小さな光が見えた。

手を伸ばしても、届かない。

私は、光の方へ歩み始める。

歩く度に、どんどん光が大きくなっていく。

しばらく歩いていると、光のある場所へとたどり着いた。

私は、光の中へと入っていく。

すると、地面に黒い物体が落ちているのを見つける。

私は、その物体をそっと拾い上げる。

それは、とても綺麗な欠片のようなもので、

私が触れた途端、崩れるように消えてしまった。

辺りを見渡すと、それと同じ物が幾つも地面に落ちていた。

私は、それを踏みつけながら進む。

バキっ、バキっ。

と、踏みつける度に良い音が鳴る。

「こんばんは、お目覚めですか?」

声のする方に視線を向けると、

四つ足の白い生物が一匹。

「よかったら案内しましょうか?

とはいえ、何もないですが…」

「そうだ、ないなら作りましょう。

あなたなら出来ますよ。

さぁ、思う存分描いてください」

私は、白い生物を抱きかかえて考える。

まずは手始めに、何もない真っ白な世界に色を塗る。

赤、青、黄色、緑、紫…。

色とりどりに染まった世界を見て、

美しいと思いながらも、物足りなさを感じる。

私は次に、形を作る。

丸、三角、四角、五角形、ひし形、大小様々な物体を眺めながら、かっこいいと思いながらも、

やっぱり、物足りなさを感じる。

私は次に、小さな生き物を作る。

耳も尻尾も、手足もない謎の生き物。

動くだけで笑いもしない生き物を見つめながら、

可愛いと思いながらも、つまらないと感じる。

私は次に、音を作る。

低い音、高い音、明るい音、暗い音…。

様々な音色を奏でるソレを耳で感じながら、

美しいと思いながらも、やっぱり寂しいと感じる。

私は次に、言葉を作る。

きつい言葉、優しい言葉、色んな言葉を口で表す。

面白いと思いながらも、

やっぱり、物足りなさを感じる。

私は次に、自然を作る。

草木や海、色とりどりの風景を辺り一面に描く。

綺麗だと思いながらも、物足りなさを感じる。

私は次に、天気を作る。

晴れ、雨、曇り、雪、風、春、夏、秋、冬。

色んな季節を目や肌で感じながらも、

やっぱり物足りないと思ってしまう。

私は次に…。

もうこれ以上、足りないものはない。

けど、それでも私はひとりぼっち。

「もう終わりですか?」

違う、これじゃない。

「では、どうしますか?」

もういっかい。



おしまい。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

旅人書房と名無しの本(児童書編) Kurosawa Satsuki @Kurosawa45030

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る