〈6〉後宮の最下位妃、希望をみつける



(───化け物!)


 洙仙は龍の血を継ぐ半龍半人と聞いている。


 妖しい霊力を持ち、霊仙花を喰らうことで更に力を得ている……⁉


 呆然と立ち尽くす苺凛の心情を察し、それを愉しむかのように洙仙は言った。


 

「化け物でも見るような顔だな。だがそういうおまえの姿ももはや普通の娘とはかけ離れているぞ」



 だからおまえも同類化け物だと洙仙に言われているような気がして、苺凛は返す言葉がなかった。



「霊仙花のおかげで弱まっていた力も元に戻りつつあるが。やはりまだ色も形も不完全だな。だがその花は俺が探し求めていたものだ。その花が咲き続ける限り、おまえは俺から逃れられない」


 氷のように冷たい微笑を浮かべた洙仙は苺凛に背を向けた。


 そして出入口まで進むと足を止め振り返ることなく言った。



「不完全な花の効能は弱い。その分、摂取も多く必要だ。……仕方ない、不味くても一日三回。花の食事はしばらくそれで我慢してやる」


 こう言って、洙仙は部屋を出て行った。



 ♢♢♢


 一人になった部屋で苺凛は倒れ込むように長椅子へ腰を下ろした。


 視線の先には砕けた短剣の破片が細かな光を放っていた。


 死を選ぶことに後悔はないと思っていたのに。


 死ぬことさえできない身体になっていた。


 ───いや、不死ではないから死ぬことが難しい身体、と言うべきか。


 ならば自分はこの先どうしたらいいのだろう。



(……どうしたらいいかなんて。死ぬことより違うこと考えたの、久しぶりかも)



 思えば母の死を知ってから全てを諦めてしまった。


 諦めてしまえば楽になる。それで気持ちが前向きになったと思っていたけれど。


(違うんだ。私は洙仙が言ったように求めることもしなくなっていた)



 必死になることも、何か見つけようとすることも。


 後宮に閉じ籠っていただけ。


 そしてもっと楽になれる〈死〉というものを望むようになった。



「ほんとに……。嫌な奴なのに、当たってること言うんだから」



 悔しさと後悔が苺凛の中にあった。


 洙仙に心の奥を見透かされたことへの悔しさと、死のうとしていたことへの後悔。


 不思議と、怪異な身体になってしまったことへの悲しみや恐怖は感じなくなっていた。


 あの毒を飲んで、私は一度死んだ。


 半分だけ死んで半分は違うものになったんだ。


 そう考えて受け入れるのだ。


 ならばもう逃げたくはないと苺凛は思った。


 けれどここで一生、あの化け物みたいな半龍洙仙の餌になるのは嫌だ。


 好んでこんな身体になったわけじゃないもの。


 この霊仙花が咲き続ける限り逃れられないと彼は言った。


 右手の甲の傷はすでに皮膚が再生し完治している。


 頭にさえ咲いていなければ、今すぐここから出て行きたいのに。


 逃げ出すのではなく、正々堂々とここから出て行く方法はないだろうかと苺凛は考えた。



 ───そうだ!


 霊仙花を地上で増やすことができたら。


 春霞から聞いた古い伝えでは、霊仙花は甘露が降りそそいだ後、地上に咲いたのだ。


 人間の身体でなく、始まりは地上から。


 だとしたら、きっとこの花は地上でも咲くはず。


 それに洙仙の母、玲珠は霊仙花を栽培していたという。



 ならば私も。


 霊仙花を私の身体以外の場所で咲かせることが出来れば。


 そして増やせば頭の花は半龍の餌として喰われることもなくなる。


 栽培方法をしっかりと確立すれば……。


 私、ここを出て行けるかもしれない。


 希望はとても小さなものだけれど。


〈死〉ではない『希望』が持てたことに、苺凛は嬉しさを感じていた。



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