〈17〉後宮の最下位妃、求める想いに気付く



 ♢♢♢



 両耳上に微かな痛みを感じて苺凛は目覚めた。


 薄暗い部屋の冷たい床に寝かされ、真上から見知らぬ二人の男が自分を見つめていた。


 二人とも卑しさのある薄笑いを浮かべ、その手には霊仙花の花弁が握られ、床にも花びらが落ちていた。


(摘まれた⁉)



「あなた、たちは……っ、なにをッ……!」



 起きあがろうとしたが身体がいうことをきかない。痺れている感覚に戸惑う。


 声はなんとか出せるが、指先一つ動かせない。



「薬が効いてるな。花も摘んでしまえば香りも消える。これで時間も稼げるだろう。じゃあそろそろ始めるか」



「待ってよっ、話が違うわ!私の条件が先でしょっ」



 部屋の奥で叫んだのは李雪だった。



「攫う手引きをすれば弟を返してくれる約束よ。早く教えて!弟はどこよっ」



 弟……。李雪の?



 男の一人が舌打ちをして李雪を睨んだ。



「おまえにはまだ仕事がある。これから起きたことをよく見ておくのだ。そしてそれを半龍王子に告げろ。この寵姫の最後も見届けてな。そしたら弟を返してやる」



「何を……するというの?」



 うひひっ、と一人の男が厭らしく嗤って言った。



「なぁに、殺す前に愉しませてもらうのさ。花が咲くのは頭だけか?それともその白い肌にも咲くのかい?夜毎王子にだけ見せる花を俺たちにも見せてくれよ」


 男の手が苺凛の前衣を掴んだ。



「……ぃや! ゃめてッ」



「いいか、李雪。寵姫が王以外の男たちに辱められ殺されたことをよく見て知らせろよ」



 もう一人の男に両足を掴まれた。



───嫌だ!


 こんな者たちに辱められるくらいなら舌を噛み切って……。


 死ねるだろうか。



 男たちは私を殺すと言ったけれど。



 霊仙花には治癒と長寿の力がある。



 でも玲珠妃は暗殺された。火を放たれ炎の中で。



 私が死んだら霊仙花は……?


 洙仙にとって大切な薬なのに。


 あと少しで衣服がはだけてしまう。裾から入り込んだ男の手が太ももを這う。


 絶望感が苺凛を襲った。


 涙が溢れ出たそのとき、まるで嵐が飛び込んできたような衝撃音が辺りに響いた。



「苺凛 ‼」



 扉を蹴破って入ってきたのは洙仙だった。


 その声に続いて大勢の足音が近付いてくるのが聞こえた。



「───貴様らァ!」



 床上の惨状を目にした洙仙は怒りの形相となり、その声は雷のように恐ろしく響き渡った。



「俺の花を攫い散らした罪は死に値する!」



 洙仙は怒鳴りながら剣を振った。風のような素早さだった。


 苺凛の着衣に手をかけていた男は胸を突き抜かれ床に転がり、そのまま動くことはなかった。


 そして剣の刃は瞬く速さで苺凛の足元から逃げ出そうとしていた男の喉元に迫る。



「───洙仙っ、ダメ!もう誰も殺さないで‼」



 苺凛は叫んでいた。



「李雪の弟が囚われてるの!そのせいで李雪は……殺してしまったら行方がわからなくなる!」



「こいつを殺して李雪も殺す。弟がどうなろうと知るか!俺はおまえに危害を加えた奴を許すつもりはない!」



「洙仙、私は大丈夫。怪我してない。花は摘まれちゃったけど……ごめん。でもまた咲かせるから」



「花なんかどうでもいい!おまえに何かあったら俺はッ……」



 洙仙の声が震えてる───?



 私には治癒の霊力がある。だから大丈夫なのに。



「……洙仙、人は命を奪われたらそれで終わりなのよ」



「黙れ!」



 洙仙の怒りが暴走しかけていると感じた。


 苺凛はお腹にぐっと力を入れて身体を起こし、そして叫んだ。



「洙仙!『人』の話を聞いて!『人の心』で判断して!───お願い、洙仙。李雪の弟の手がかり、をっ、うぅ……ッ」



 身体が痺れているせいなのか呼吸が辛かった。



 ───でも、


 暴走しそうな心と戦っている洙仙はもっと苦しいはずだから……。




 洙仙は苦渋の色を浮かべたまま大きく息を吐いた。


 それからゆっくりと剣を鞘へ戻すと後ろに控える兵士に言った。



「この男と李雪を生かしたまま城へ連行しろ。牢で調べを行う」



 男は縛られ李雪と共に外へ連れ出された。



「苺凛、怪我はないか」



 洙仙は苺凛の前に跪いた。



「大丈夫。……平気よ。ここはどこなのかしら。きっと城の外よね。宮殿で花の実験の準備をしていたところまでは覚えているけど……」



「おまえに薬を嗅がせ、気を失ってから城外へ運んだのだろう。後宮から霊仙花の香りが消えて、おまえがいなくなったと知った。だが俺には僅かでも霊仙花の香りがわかる。その匂いを頼りにここまで来ることができた。だがな───」



 いつも眩しく思っていた琥珀色の瞳に、今は翳りがみえた。



「……すまない苺凛。俺はおまえを利用したんだ」



「え……?」



「本国の政敵に送り込まれた間者が城内に潜んでいることを知り、奴らを突き止めるために策を進めていた」



 政敵、とは故国の兄太子のことだろうか。



「策って?」



「俺にとって特別な存在を囮にする。そうすればきっと奴らはそれに近付いて傷付けようとするだろう。案の定、奴らはおまえを拉致した」



「そうだったの……」



 洙仙にとって特別な花を咲かせられるのは私だけだから。



「もう少しで私、裸にされるところだった」



「捕えた男の腕を切り落としてやる」



「夫じゃない者に、見られたくも触られたくもないのに」



「俺はいいのだな、夫なのだから」



「は? そんなことまだ正式に決まってないでしょッ」



「裸はこの前、おまえが風呂場でのぼせたときに見てしまったが」



 ───ううっ。こんなときに!


 思い出させるなんて!



 悪びれもせず言うところが憎らしい。



「苺凛、怖い思いをさせて本当に悪かった」



 それはとても辛そうな表情で。


 苺凛は洙仙が心から謝っているのだと感じた。



「……私、あなたの役に立った?」



「ああ。だがもう二度とこんなことはさせない。おまえを失いたくないんだ」



 たとえそれが薬のためだとしても。糧のためだとしても。


 危険な策に利用されても。


 ……それでもいい。


 だって私は求めてしまうから。


 男たちに殺されるかもしれないと思ったとき、このまま洙仙に会えずに死ぬのは嫌だと思った。


 愛されない妃でも、そばにいたいと想っていた。


 洙仙が私にとって特別な人だと気付いてしまったから。


 もう逆らえないのだ、この気持ちには。



「洙仙。私、今ものすごくあなたのこと抱きしめたいのに、力が入らないわ」



「無理するな」



 代わりに洙仙が優しく抱きしめてくれた。


 苺凛は頷き、その身を洙仙の腕の中へ預けた。



「城へ帰るぞ」



 苺凛を腕の中にしっかりと抱いて立ち上がり、洙仙は外に向かった。



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