第39話 わからん

 講義動画がスタートする。画面共有はされているので、ねこ先輩も同じ動画を見ているはずだ。


 画面上の尸位しい先生が資料を共有しながら授業を進めていく。私も一度受講した講義のはずだが……全然内容を覚えてないな……


 とはいえ講義内容に今は意味はない。どうやって尸位しい先生が殺害されたのか……その理由を探さないといけない。


 画面に映っているのは尸位しい先生の研究室。特に変わった様子はない。


 気になる点といえば……


「……時計がありますね……」尸位しい先生の背後に、小さな時計が置かれている。「……時刻は11時くらい、ですかね……」


 アナログ式の時計だった。長針とか短針とかがあるタイプ。


『ふむ』しばらくして、ねこ先輩からURLが送信されてくる。『これだな』


 ……今の一瞬で時計の種類を特定したのか……何たる洞察力。


 URLを開いて、その製品を確認する。

 

 企業名とか仕様とかが事細かに書かれているページだった。


 電波時計だとか大きさだとか正確さだとか……商品の売りが書かれている。正直言って、推理に役に立つとは思えない。


「この時計の時間をズラした、とかどうですか?」

『ほう。たとえば?』

「たとえば……この講義動画を撮影しているのは、本当は9時とか……それくらいの時間だったとか」

『なるほど。9時に11時用の講義動画を撮影、そしてその映像を11時に流す。そして11時まで尸位しい教員が生きていると思わせ、本当はそれ以前に殺害していた……ということか』


 そうすれば11時9分から11時40分に尸位しい先生の研究室に誰も入っていないのは当然だ。

 仮に尸位しい先生が9時頃に殺されていて、私たちが受けていた講義が録画映像だったとするならば……


 ……


「いや……無理ですね」自分で言っておいて、無理がある。「尸位しい先生がそんな動画……撮影する意味はないですよね」


 なんで講義当日の朝に11時頃の講義動画を撮影しないといけないのだろう。なにか用事が入ったのなら休講にすれば良い話だし……


「そもそも尸位しい先生……11時9分のチャットに反応してますもんね……」事前撮影なら、リアルタイムのチャットに反応できるわけがない。「すいません……変なこと言いました」

『いや、発想としては悪くない。僕も同じようなことを思っていた』

「……同じようなことって……」

『11時9分から11時40分まで誰も尸位しい教員の研究室には入っていない。ならば……それ以前の時間帯に殺害が行われたことは確実だ』

「それはそう、ですけど……」

『ならば犯人は、なんらかの方法で119を手に入れたんだ。それ以外に方法はない』


 11時9分まで講義をしている動画……?


 たしかにその動画さえあれば考えやすいけれど……


「その……というのは?」

『……』ねこ先輩はたっぷりと考え込んでから、『わからん』


 堂々と言いきってから、続ける。


『仮にだよ。11なんて言われて応じると思うか?』

「……まず取り合ってもらえないでしょうね……」

『そうだろう。そして万が一応じてくれたとしても、今度は演技が自然すぎる。録画の動画とリアルタイムの講義。その差がまったく感じられない』


 たしかに講義動画を見ると、本当にリアルタイムの講義をしているようにしか見えない。録画だとわかった状態での撮影で、ここまで演技することは難しいだろう。


 事前に録画した動画じゃないと殺人が成り立たないのに、事前に録画した動画とは思えない。


 謎が解けようが解けまいが動画は進んでいく。


 そして映像の中の尸位しい先生が、


[なんだこれは……? イタズラならやめなさい]


 何かに対して反応をする。


 録画動画はあくまでも映像と音声を録画しているだけなので、チャットそのものは残っていないが……


『このタイミングでチャットが入ったんだな?』

「はい」


 背景の時計は11時9分を指している。間違いなくチャットが送信された頃だ。


 その内容は……


「これは正当な裁きである……お前の罪がお前を殺すだろう……そんな内容だったと思います」

『そのチャットにリアルタイムで反応しているということだな』


 そういうことになる。なってしまう。


 そしてすぐに音声と映像が途切れる。


 そのまま時間が経過して、最後には別の教員が講義の終了を指示して……映像終了。


 ……


 わからない。講義動画を見ればなにかわかるかと思ったのだが、そんな簡単にはいかないらしい。


 やはりこの事件……一筋縄ではいかないな。

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