第38話 前提条件

 事件の推理はプログラミング演習の動画待ちということになった。

 

 そいういうわけで、私はねこ先輩といったん別れた。それぞれの生活もあるし、なにより今日は疲れていた。


 睡眠不足もあるし食欲不振だし……明らかに体調が悪い。だけれど泣き言なんて言っていられない。ここが頑張りどころなのだから、気合いを入れよう。


 自宅に戻って、ベッドにダイブする。とはいえ眠気なんて襲ってこなくて、5分もしないうちに座り直した。


 なんとなくテレビをつけてチャンネルを回してみるが、オンライン会議殺人事件について考察している番組はすでになかった。


 事件の進展はないし、そもそも使い捨ての話題だったのだろう。視聴率や評判が悪かったから切り捨てられたのだろう。


 私の親友が死んだところで、世間にはなんの影響もない。当たり前のようにメジャーリーガーが活躍して、当然のように自然災害は巻き起こる。


 私が必死に調べている事件が、すでに世間では過去の出来事になっている。なんだかおいていかれている気がして、妙な焦りが生まれてきた。


 心を落ち着けるためにアイスを口に入れる。味はしなかったが体は冷えた。


 そうこうしているうちに、


「あ……」


 不意に着信音が部屋に鳴り響いた。スマホを見ると、今日の昼にあった男子学生さんからのチャットだった。


【うちの友達が失礼しました。こちらがプログラミング演習の講義動画です】


 丁寧にも謝罪の言葉まで頂いてしまった。この人が謝ることじゃないのに……


 チャットでお礼を返して、さっそく私のパソコンにも講義動画をダウンロードした。


 そうして動画が届いたことをねこ先輩にもチャットで伝える。


 すると、


【オンライン会議をつなげられる状況か?】


 と返信が来た。


 今現在私は1人で自宅にいる。ネット回線も安定しているので、問題なくオンライン会議を開催することができる。


 というわけなのでパソコンでねこ先輩との通話を始める。


『聞こえるか?』イヤホンからねこ先輩の声が聞こえてきた。『聞こえたら返事をしてくれ』

「聞こえます」

『わかった。ありがとう』


 こちらの声も問題なく先輩に届いているようだった。


 しばらくして画面にねこ先輩が映る。どうやらカメラもオンにしてくれたらしい。

 私もカメラをオンにして画面上に自分の姿を映し出した。少し前までオンライン授業で使っていたので、画面に映る部分はキレイに掃除しておいた。


 ねこ先輩と通話する可能性があると思って、一応さらに掃除しておいてよかった。


 ねこ先輩にもプログラミング演習の動画を送る。私だけが管理していたのだと、間違えて削除してしまいそうで怖かった。


『これから事件当日の動画を再生するが、気分が悪くなったら予告なく休んでいいぞ。キミも疲れが溜まっているだろうから、無理はするな』

「ありがとうございます」忠告はありがたいけれど、ある程度の無理はするつもりだ。「先輩も……体調には気をつけてくださいね」

『ああ』

 

 先輩も捜査を始めてから、疲れは溜まっているだろう。まぁ先輩の場合昼寝しているから、ある程度休めているかもしれないが。


 というわけで動画鑑賞開始……の前に。


『前提条件を確認しておこう』尸位しい先生殺害事件の概要を、改めて。『11時9分に不審なチャット。そのチャットに尸位しい教員は反応している。その後、映像と音声が途絶える。11時40分に尸位しい教員の遺体が彼の研究室で発見。11時9分から11時40分の間、尸位しい教員の研究室に立ち入った人間はいない』


 だからオンライン会議殺人事件、なんて騒がれ始めた。


 思えば……この事件がすべての始まりだった。この事件がなければ美築みつきだって死なずに済んだかもしれない。


 原点に戻ってきた感じがする。オンライン会議殺人事件の始まりの事件……ついにその謎と対決する時が来た。


『目的は尸位しい教員殺害事件の謎を解くこと。それともう1つ。301号室の事件と同一犯であるか否か。それらをこの映像から特定する。気づいたことがあったら、すぐに発言するように』


 というわけで……

 動画スタート。

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