第14話 そんなものは知らないな

 さてねこ先輩と昼食をしながら事件の概要を説明することになって、


「キミはこれからの時間に余裕があるかい?」

「はい」時間に余裕がなければ、そもそも話しかけていない。「そういえば急に話しかけちゃいましたけど……ねこ先輩の時間は大丈夫ですか?」

「問題ない」シンプルな返答のあとに、「キミが良ければ、学外で昼食を食べよう。昼の学食は騒がしくて苦手でね」

「はぁ……じゃあ、どこに行きます?」

「ふむ。風光明媚に行きたいが、少し遠いな」風光明媚……というのはお店の名前だろう。私は知らない。「まぁ、場所はどこでも良い。キミの希望があれば、そこにするが」


 お互いに希望はないようだったので、学校を出て坂を降りてすぐの喫茶店に入った。


 そして端っこの席に座って、ねこ先輩が店員さんに言う。


「オムライスを1つお願いします」


 先輩も敬語を使うんだな、なんてことを思いながら、私も同じくオムライスを注文した。


 そして運ばれてきた水に口をつけて、先輩は言う。


「それで、なんの話だったかな」

「オンライン会議殺人事件……その謎を解いてほしいんです」

「さっきも言ったが、謎解きは期待しないでくれ。キミが僕に対してどんな印象を抱いているのかは知らないが、謎解きなんてやったことはないからね」


 なんだか意外……でもないか。学生の身分で事件を解決したことがある人なんて、まずいないだろう。


「それで……」ねこ先輩は多少の興味を持ってくれているようだった。「事件の概要は?」

「は……はい……」


 私は事前に事件についてまとめてきたノートを開いて、先輩に見せる。


 内容は次の通り。


『講義名はプログラミング演習』

『5月23日 11時9分の講義中に【これは正当な裁きである】【お前の罪がお前を殺すだろう】というチャットが書き込まれる』

『チャットが書き込まれた直後、オンライン授業の映像と音声が途切れる』

『その後、しばらくの沈黙(先生に呼びかけた生徒はいたが、返答なし)』

『11時40分頃。学校の研究室で首を吊っている尸位しい先生の遺体が発見される』

『11時9分から遺体が発見される11時40分の間、尸位しい先生の研究室には誰も入っていない』

『ワイドショー等ではオンライン会議で人が殺された【オンライン会議殺人事件】と銘打たれている』


 これが今現在、私が持っているすべての情報。

  

 できる限り丁寧に書き起こしたつもりだ。それでも間違い等があるかもしれないが……今の私にはこれが精一杯。


「ふむ……」ねこ先輩はノートを読み終わって、「この状況で、なぜキミが疑われるんだ?」

「私が……まぁ、ちょっと尸位しい先生に恨みがある、と思われているんでしょうね……まぁあの先生は、アレでしたから……」


 尸位しい先生のセクハラや痴漢……私でも知っているのだから、1学年上のねこ先輩は持って知っているのだろう。


「なるほど。無礼な詮索だったようだね。失礼した」そんな感じで、詳しくは聞かないでくれた。「キミは事件当日、どこで何をしていたんだ?」

「家でオンライン授業を受けていました。と言っても……一人暮らしなので証明してくれる人はいませんけどね……」

「キミは電車通学か?」

「はい」

「ならばキミが犯人である可能性は低いだろうな。もしもキミが学校まで移動しているのなら、電車等の防犯カメラに映っているだろう」


 そう言ってもらえて、少しホッとする。キミが犯人だ、とか言われたらどうしようかと思っていた。


 その辺で注文したオムライスがテーブルの上に置かれて、食べ始める。

 

 会話のペースは少し落ちたが、食事の隙間に変わらず進行していく。


「この、オンライン会議で人が殺された、というのはどういうことだい?」

「ああ……えっと……」


 私はスマホを取り出して、ワイドショーのニュースを見せる。ありがたいことに公式でニュースの切り抜きを上げてくれているので、違法アップロードの動画ではない。


 その動画内では『オンライン会議には人を殺す力があるのでは?』というニュースが取り上げられていた。


 ウィルスによるパソコンの発火や爆発。さらには念動力や超能力、怨霊や幽霊やらの専門家がスタジオに鎮座し、大真面目に議論をしていた。


 結局最終結論は『オンラインで人が殺せたら怖いよね』みたいなところに落ち着いている映像だった。


 ……これをニュースと言っていいのだろうか……でも公式がニュースって言ってるしな……


「オンラインで人を殺す、か……」


 そうつぶやいたきり、ねこ先輩は黙ってしまった。


 私はオムライスを一口食べてから、


「……信じてるんですか? オンラインで人が殺せるなんて……そんなこと……」

「さぁね。今現在の僕は不可能だと思っているが、世の中には僕の知らない事柄のほうが多いんだ。もしかしたら僕が知らないうちにオンライン、リモートで人が殺せる時代になっていたのかもしれない」


 それはそうかもしれないけれど……

 もしもオンラインでの殺害が可能だったのなら、私でも犯行が可能になってしまう。というより、あのオンライン会議に参加していた人間全員が犯行可能になる。


「現実的に考えるのなら、自殺なんじゃないか?」

「やっぱり、そうですかね……でも、動機はなんですか?」

「そんなものは知らないな。今までの自分の行動を悔い改めたのかもしれない」


 正当な裁きがどうとか言われて、急に今までの行いを後悔した?


 そんなことが、あるのだろうか。


 ねこ先輩……全然真剣に考えてないな。そりゃ暇つぶしだから当然か。


 なんとかして食事の間に、情報を引き出さないと……

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