ゼンセン基地にきとう中

「はぁ、はぁ、はぁ、――っ、みんな無事か?」


『コウイチ、生存してる』


『リエカ、ダイチ、ともに生存してるわ』


 息を切らせて声から遠のいたおれは背中に叫び声を聞きながら音声チャンネルをオンにして仲間の無事を確認する。


 そしてゆっくりと振り返るとずぅん、と崩れ落ちる巨大キノコ怪人のすがたが見えた。段々とすがたを保てなくなっているらしく巨大な傘から徐々にシルエットが小さくなっていった。


 声も次第にうすれていく。入れ替わるようにキノコ怪人の叫びとは違う、ブロロロという車のエンジン音が聞こえてきた。


 安心して思わずしりもちをつきそうになったけど、背中にシーナがいることを思い出して、なんとかバランスを取り直す。


「ヒトヨシくーん」


 前からくる軍用車から身を乗り出したコウイチの声が聞こえてきた。どうやら先に回収されたらしい。


 声のすぐ後で大型の車がおれの前に停車した。軍用の大型バギーだ。運転席から軍服を着た二人の大人がおりてくる。


「寺島班長無事か? 救援に来たぞ。しかし今のは何だ、すごい大物だったな!」


 黒いサングラスと防ご用の簡易マスクをしてがっちりといい筋肉を持っている米内よねうちさん。となりにいるのは米内よねうちさんと比べてやや小柄で防ご用の簡易マスクだけをつけた舎人とねりさん。どっちもおれたちのことを気に掛けてくれる優しい大人たちだ。


 おれは救援部隊として来てくれた機動第六部隊の二人へと敬礼する。楽にしていいという声をもらってから敬礼を解いて、二人にお礼を言う。


「助かりました……。正直もうへとへとで……」


「そうかごくろうだったな、まぁさっさと後ろに乗ってくれ。ダイチとリエカはこの先にいるんだな?」


「はい!」


 俺はもう一度敬礼してから、背中のシーナを背負ったままで車の後ろへと乗り込んだ。


 車の一番おくにいるコウイチは明るい顔をしていた。つられて俺も顔がほころぶ。


 座る前に車がゆれて、発進した。シーナに背中から降りてもらおうと思ったのだけれど……、


「って、こいつ寝てやがる……」


 人の背中にしがみついてのんきに眠っていた。ため息をはいてからコウイチに手伝ってもらって背中からシーナを引きはがし、車のシートに座らせた。その間もシーナは全然起きなかった。俺は眠っているシーナのとなりにゆっくり座る。ほどなく、車がまた止まって、ダイチとリエカが乗り込んできた。


「おつかれ」


 あとから来た二人にねぎらいの言葉をかけると、リエカはふくれっ面をしていた、がそれはいつものことか。


 ダイチがはーと大きく息を吐きだして大きく座席をゆらして座った。後部座席は対面座席になっているため、おれ、シーナ、コウイチとダイチとリエカは向き合って座る。すぐにまた車は発進する。


 みんなして黙りこくっていたのだけど、それはおれたちの中が険悪なわけではなく、ただ今回のじたいにとても疲れを感じたからだ。そのしょうこに向かいに座っている二人はすでに頭をかたむけて、ねいきを立てていた。ちらりとコウイチへと目をむけてみればすでにコウイチも、うとうと舟をこいでいる。


 おれも少し眠ってしまおう、そう思ったとたんに目が重くなった。



「おい、坊主どもー。本部についたぞー。疲れてるだろうが、作戦本部長に報告に行ってこい!」


 米内よねうちさんのそんな声で目が覚めた。車はすっかり作戦本部へと戻ってきているようだった。


 目を覚まし、車から出ようとしてシーナの事を思い出す。となりをみれば米内よねうちさんの言葉にみんなが起きだしているのにシーナだけはまだまだ起きそうな気配が全然ない。


「シーナ、おい、シーナってば!」


 ぐいぐいと肩を揺する。そうすると、「うぅ、うみゅぅ……、うむぅぅ」とうめいてからゆっくりとねむそうに目を開けた。そのキレイなコハク色の目に吸い寄せられて思わず息が止まりかけた。


「なんだ、ヒトヨシ班長はその子にほの字か?」


 おれが硬直していると米内よねうちさんがそう茶化してきた。ので、イーといかくしておく。


 ダイチとコウイチは先に車から降りておれたちが出てくるのを待っているから、早く降りたいのだけど、シーナは一向に意識がねむりから戻ってこない様子で、頭をゆらゆらさまよわせていた。


 シーナの耳元にリエカが手のひらを寄せて手首のスナップを聞かせて三回平手を合わる。


 小気味よい平手打ちの音が車内にこだました。


「わふっ! うみゅぅ、おはよう?」


「やっと目が覚めたかシーナ。本部についたからついて来てくれ」


「わかった……。でもわたしの名前はシーナじゃない。しぃな」


 手を引っ張って車の外へと連れ出す。そのあとに続いてリエカが降りてきた。


 おれは米内よねうちさんと舎人とねりさんにお礼をしてそれからみんなと共に作戦本部となっているK駅へと入る。


 建物の中はほうき区域とは違ってあたりにキノコは生えていない。だが、油断するとキノコたちはすぐにその芽を出すから大変だ。アスファルトどころか、コンクリートからさえ生えてくる。二、三日家を空けていたら家の中にキノコが生え出てくる程度にはキノコのはんしょく力は強くなっている。つまり……、キノコだけじゃなく、カビもまた、大はんしょくするのだ。


 階段を上がって、作戦本部の仮施設として使っている古い電車の車両へとそろって足を踏み入れた。


「失礼します。第十四班、ただいま帰投しました!」


 シーナ以外の俺たち四人はビシッと敬礼する。


「楽にしなさい」


 柔らかくてやさしいいつもの茉莉花ジャスミン先生の声で敬礼を解く。


 茉莉花ジャスミン先生。確か本名を小柳こやなぎ=エイミュラ=茉莉花ジャスミン。日本名だと小柳茉莉花こやなぎジャスミン。本人の話ではクォーターというやつらしい。おじいさんがイギリスの人だったと言っていたっけ。本物の金髪に(ちなみにリエカのクルクルカールした金髪はカツラだ。)青い瞳の俺たちの先生。


「それで、その子が保護したという少女?」


「はい。D地点付近でキノコ怪人たちに襲われていたところを保護しました」


 いげんのある椅子に座った茉莉花ジャスミン先生の言葉に答える。


「遭遇した五メートルのキノコ怪人はどうやって倒したの?」


「この子、シーナというのですが……、この子から聞いたキノコ怪人の弱点をついてたおしました!」


「ジーチャン班長ちがう。わたしはしぃな、シーナじゃない」


 俺の答えに不服があるようで、シーナは訂正してきた。おれもジーチャンではない、ヒトヨシだ。


「この子が、敵の弱点を?」


「はい」


 首を縦に振っておれはうなずく。茉莉花ジャスミン先生はすぅっと整った顔立ちにしわを寄せて難しい顔を作った。


「そう、分かったわ今回の戦線レポートを班長のヒトヨシとリエカでまとめて私に提出するように全員今日は下がっていい。この少女も……、君たちと同じ部屋に通してあげなさい」


「はい! 失礼します!」


 俺たち四人はおじぎをしてから再度敬礼し、部屋を出る。このK駅のほぼ全域は最前線の作戦基地なのだ。

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