ユメミ少女とせんとう中

「うぅ、んむぅ……、ぅぅ……?」


 おれの背中で揺れる女の子がねごとのような声を上げた。何事かと思って横目で様子を見てみると頭ゆらゆら動いている。


「おい、起きたのか!? どこか調子の悪いところはないか?」


「ん、んむぅ……。おはよう?」


 とんと眠たそうな声のこの子はどうやらのんきさんらしい。


 パァンとコウイチが前方のキノコ怪人へ弾を打ち込み炎上させた。後方からも銃声が聞こえる。きっとダイチが追ってくるキノコ怪人たちへ向けて銃をうっているのだろう。


「ここ、どこ?」


「どこって……、S県の南の市堺の辺りのほうき区域。言ってしまえば戦場のど真ん中だ」


 走りながら思わず強い調子で言ってしまった。民間人の女の子を怖がらせるようなことをしたらいけないのに。


「戦場……? あぁ、キノコの?」


「そうよ! っていうか、あなた名前は? どうしてあんな所にたおれてたの?」


 女の子の目が覚めたことに気が付いたリエカが追いついてきて、のんきそうな女の子に強い口調を投げつける。


「まて、リエカ。この子だって多分混乱してるんだ、もう少し優しくだな……」


 慌ててリエカをいさめた。だが、さっき自分も強い口調で声をかけてしまったために若干説得力が足らない。


「うみゅぅ……、わたし、わたしはしぃな。気が付いたら、ここにいた……。でも……、気を付けて……。おっきいの来るよ? わたし、あいつらに追いかけられてるの」


 俺たちの言葉など知らぬ存ぜぬという調子で女の子は前へと指を指した。一体何を言っているのか、と指の先へと視線を伸ばせば、そこには巨大なキノコ怪人がいた。


「追われてる……?」


 サラッと付け足された言葉に疑問を持った。のだけれど、目の前に現れたキノコ怪人のあまりの巨大さに絶句してそれどころではなくなる。


「なっ……! 何なのよ、あんな大きさ出鱈目じゃない……?!」


 リエカにしても目を見開いて食い入るように見つめていた。


「あれ、大型シイタケ怪人。ほかの汎用キノコ怪人より強い」


 ぼんやりとした口調で、背中にくっ付いている女の子が説明を続けてくれる。


『ヒトヨシくん、前から巨大なキノコ怪人が……!』


 インカムから焦ったコウイチの声が聞こえてきた。おれも音声チャンネルをオンにする。


「コチラでもかくにんした……! コウイチ一旦合流して、この子を先に本部まで連れて行ってくれ……! おれたちで足止めする。ダイチ、早く前に合流してくれ……!」


『コウイチ了かい!』

『ジ、ジジィ――、ダイチ、了かい!』


 二人の返事を聞いてから音声チャンネルを本部通信モードへと切り替える。


「本部本部、コチラ第十四班。地点Dより北側五分地点で巨大な、五メートルほどのキノコ怪人とそうぐうしたっ! 至急きゅうえんを求む――!」


『ジジ――、コチラ本部、五メートル台のキノコ怪人だと!? 分かった、一部隊をそちらにはけんする。くれぐれも無茶はするな』


「了かい!」


 音声チャンネルを閉じて、走りながら銃の引き金へと指を掛け、目の前に現れた五メートルを超えるような巨大なキノコ怪人へと狙いをつける。一番的が大きいのは胴体か、頭のカサの部分か。おれはお腹の真ん中あたりへと狙いをつけて発砲。ダガンッと、銃身が揺れてキノコ怪人を焼きつくす銃弾が発射された!


「だめ、上のほうを狙ってもあんまりきかない」


 命中した弾丸はキノコの体に火を付けたが、それはすぐに消されてしまった。巨大キノコ怪人が自分の手で炎を勢いよく叩きつぶしたのだ!


「なっ、なんであんたがそんなこと知ってるわけ!? というかシーナって言ったけど、あんた何者!?」


 目の前に突然現れた新型巨大キノコ怪人というじたいに混乱しているリエカは荒っぽくシーナにつめよる。


「シーナじゃない、しぃな。それより、今は目の前の大型シイタケ怪人を倒さないとダメ。じゃないとみんな連れてかれる」


 あくびでもするみたいなシーナの言葉に俺たちはは難しい顔をさせられる。どうやらあいつらを倒さないと俺たちはどこかへと連れ去られてしまうらしい。誰とも知れない場所に連れていかれてしまうなんて、そんなのはごめんだ、絶対にごめんだ。


「くそっ、それにしたってデカい上に、火を消す知能もあるなんて、最悪だ! どうする?! リエカ何か手はないのか!?」


「今考えてるわよ! くそっ、あんな、あんな大きいのあたしたちの装備じゃ……、攻げき力が足らないわ……。どこかにおびき出してありったけの手りゅう弾でも浴びせられれば……、ジーチャン班長は、今手りゅう弾何個ある?」


 走りながら早口でひとりごとを言っていたリエカが最後に手りゅう弾の数を聞いてきたけれど、

「悪い、さっき使っちまった。おれの手元にはない」

 首を振って答えるしかない。


「そ、そんな……、あたしも一個使っちゃったからダイチとコウちゃんが二個ずつ持ってても五個しかないじゃない……! そ、それじゃあ火力が足りないわよ、せめて六個あれば……」


 今リエカの頭の中では手りゅう弾の足りない分をどうすれば補えるかの計算が行われているのだろう。そのしょうこに、親指の爪をガジガジとかむいつもの癖が出ている。


 俺はそのまま前に進み続けるのはキケンと判断して、並走しているリエカの首根っこを引っつかんで近くのビルのカゲへと入った。


「もう少しすると、おれの仲間が一人もどってくるから、おまえはそいつと先に逃げるんだ……!」


 背負ったシーナにそういう。


「大丈夫、大型シイタケ怪人は大きくて強いけど、弱点がある。倒せるよー」


「なっ!? それ、本当なの?! キノコ怪人に弱点だなんて……!」


 俺の提案をシーナはどういうわけか否定して、彼女の言葉にリエカが目を見開いて反応する。


「ある。えぇと、ジーチャン班長さんが、わたしを背負ったまま足元まで近づいてくれればあの大型シイタケ怪人の弱点の位置教えられる。そしたらアイツたおせるよー」


 背中に背負われたままなのにシーナの言葉は妙に力強かった。


「ジーチャン班長じゃなくて、ヒトヨシ班長な。あんたの言葉はどのくらい信用できる?」


 名前を訂正しつつ、聞き返す。


「もしわたしが悪い人だったら自分だけ助かろうとする」


 うーんと、考えて、それからシーナは短くそれだけ言った。


 確かにわざわざ自分の身をきけんにするような提案をする悪人などいるはずはないか。


「分かった。信用しよう」


「ジーチャン班長!? ちょっと、本気にするの?! この素性の分からない子の言葉を?!」


 おれの判断にリエカが口をはさんできた。


「どっちにしろ、おれたちはこの場に残ってあいつと戦わないとダメだ。この子を本部に送るなら、三人で足止め、この子の言葉を信用してあのデカブツを倒すなら四人いっしょに交戦だ。それなら全員いっしょに帰れる可能性があるほうを選びたい」


 手にしたSデザートSHI-Kのグリップをぎゅぅとにぎる。


 俺の目をじぃと見ていたリエカが目を伏せてため息をはいた。


「分かったわよ、いいわ。指示に従う、ただし、失敗したらゆるさない!」


 うなずいてインカムの音声チャンネルをオンにする。


「作戦変更。ダイチはそのままリエカと合流して戦線を継続、コウイチは前でかくらんしてくれ……!」


 インカムから三つの『了かい!』が重なって聞こえる。一つは目の前からも聞こえる。


 そして俺はシーナを背負ったままで巨大なキノコ怪人へと突撃していく。

 目の前の歩道橋を昇って、キノコ怪人の正確な位置を確認する。


「シーナ、コレちょっと持っててくれ」

「シーナじゃない、しぃな」


 シーナにSデザートSHI-Kを一旦預けて、俺はフック銃を手に取る。


「ぎゅっとつかまってないと落っこちるからな。ぎゅっとつかまっとけよ!」


 バビュンっとピアノ線を発射。コックを引いて巻き取り、歩道橋の上から電信柱の空中足場を利用して道路へと安全に着地する。


 そのまま勢いをつけて走り出し、キノコが大量発生している大きな道路を進んでいく。


「それで、シーナは何だってキノコ怪人の弱点なんか知ってるんだ?」


 おれはフック銃と連結させたバンドを外して銃自体もベルトへと戻しながら聞いた。


「良く分からない。ケド、あいつの弱点はすぐわかった。きおくにある」


「なのになんで自分がここにいるのかわからないのか?」


「うん。キノコ怪人のことはわたし、よく知ってる。ちしきある。でも、わたしのことはあんまりちしきない」


 ふしぎな女の子だと思った。


 かみの毛は変なほど長いし、こんな状況なのに眠たそうな声はずっと変わらない。それでも悪い子じゃないとそう思える。


「よしっ、もうすぐ近づく――!」


 バァンッ、バァンッと巨大なキノコ怪人の体が同時に発火した。コウイチたちがうまくやってくれてるのだろう。


 ガソリンスタンドの中を通り抜けると巨大なキノコの足が目に入った。ゆっくりと歩いているのだが、大きさが大きさだから一歩一歩がすでに悪夢みたいに重たい。


「くそっ、近づくったって……! ここからじゃ弱点は狙えないか?」


 頑丈なガソリンスタンドの支柱のカゲに隠れるようにしてシーナからSデザートSHI-Kを受け取る。


「狙えなくもないけど……、真後ろまで行ったほうが狙いやすい。弱点は足のうらにあるから」


 シーナの言葉に思わずぎょっとしてしまった。足のうらだって? あの歩いている巨大な足のうらに狙いをつけて弱点を打ち抜けというのか!


「了かい。ふみつぶされても知らないからな――!」


 息を吐きだしてシーナを背負ったまま巨大なキノコ怪人の後ろへと回り込むべく走り出す。


 巨体の意識はダイチとリエカとコウイチの陽動に完全に向けられているようだ。


 だから、今ならむぼうびなはずだ――!


 それでもドシン、ドシンと巨大が一歩動くたびに地面がゆれる。キノコのくせしてなんて重さをしてるんだよ!


 ただもう、こんなに近づけているのに見つかっていないのは大きな体様々って感じか。


「よし、この辺でいいな」


「よく狙って、足が上がるとしょく手が伸びてる部分が足のうらに見えるはず。……、アレ見える?」


 巨体を追いかけながらシーナが足のうら土踏まず中央当たりの一点を指さす。


 確かにあった。小さな丸い部分からうにょうにょとしょく手が伸びている部分がある。


「キノコ怪人はみんなあそこを使って地面から力を吸収してる。だから上のほうをこわされても大丈夫。地面から栄ようを吸い上げてすぐ治しちゃう。でもあそこがこわれれば地面から栄ようを取れなくなって大きな体をいじできなくなる。そうするとボロボロ崩れて最後には風に吹かれてなくなる」


「オーケー!」


 銃のスライドを確かめて、それからタイミングを計って足うらに狙いを定める。


 右足が持ち上がった。ゆっくり、ゆっくり上へと持ち上がっていく。

 そして、一番高くまで持ち上がったその時を狙う。


「今だよ」


 シーナのささやきと同時に引き金を引く。


 タイミングは完璧だった。


 パァンと銃口から特殊発火弾が発射される! ほどなく、それは狙い通りの場所に命中! しょく手部分が発火、戸惑うようにキノコ怪人が足をばたつかせた!


「反対側も」

「分かってる」


 だんだん! とジダンダをふむ巨大キノコ怪人の左足のうらへと狙いを定める。が、地面はゆれるし足の動きは早いしでまともに狙いが付けられない!


「ヒトヨシくんっ!」


 なんとかバランスを取ってふんばって、銃口を向け続けていると前からコウイチがダートダッシュを使って飛び出してきた。


「様子が変わったから急いでこっちに来た! それで、ボクに何か出来ることは?」


「助かった、コウイチ。左足のうらにしょく手のある部分があるんだ、そこを発火弾でうってくれ!」


 この状況なら頼れるのはもうコウイチの射げきの腕くらいのものだ。


「やってみる――!」


 そしてダートダッシュを使ってギュィッと狙いやすい場所へと移動したコウイチはSデザートSHI-Kをかまえてすぐに引き金を引いた。


 パァンという音がひびく。


 上をぎっと睨むと、しょく手から火の手が上がるのが見えた。コウイチからも○のハンドサインが出ている。命中だ!


 ばたばたと動き回る巨体の動きがさらにはげしいものになった。両足で飛びはねるように地面をゆらす。両手は目茶苦茶に動いて木に寄生しているキノコたちをいとも簡単になぎ払った。


「こ、これで本当にあいつをどうにかできたんだろうな!?」


「ばっちり。アイツの体が崩かいするまであと、二分」


 シーナの眠たげな声は巨大なキノコ怪人の雄たけびにかき消された。


 マシンガンの乱射をすぐ近くで聞いた時よりももっとひどく耳が痛む。思わずしゃがみ込んで両耳をふさいだ。


「アイツの体はもうすぐ崩れるけど、ここにとどまってるとまきぞえをくう。早く逃げたほうがいい」


 シーナが俺の耳元でささやく。巨大キノコ怪人のすさましいさけび声の中で、だけれどそれは何よりもはっきりと聞こえた。


「りょ、了かい」


 おれは耳をふさいだままでゆっくりと立ち上がると音声チャンネルをオンにする。


「目標のはかいに成功。各員まきぞえをくわぬように退ひしろ。繰り返す、各員退ひしろ――!」


 全力で叫び、体をゆらしてその場をりだつする。コウイチもすでに別の方向へと引き上げているようだし、安心して後ろに下がれる。


 ただ、耳をふさぐのに両手を使っているため、シーナは自力で俺の肩に引っかかっているような感じだった。


「足を、おれの胴体にでもからめててくれ――!」


 そのままシーナマントをひらひらさせておくわけにもいかないため、そういった。


「わかったー」


 やはり叫び声の中にあってシーナのささやきだけははっきりと聞こえる。しかし叫び声は相変わらず鳴りやまない。だからおれは耳をふさいだままで無我夢中でボコボコになっている道路を走った。

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