第29話 エピローグ
騒動の後、夏休みに入るまでのおおよそ10日間。その間にいくつかのことが起きた。
まずは、王大玲が終業式を待たずに夏季休暇に入った。中国に一時帰国をするらしく、スクールからも問題なく許可が下りた。
翔達は詳しい日程を知らされていなかったこともあり、見送りにはいかずにその事実だけを受け止めた。
そして、フランク=ダルク。
彼は約束通り翔に数日間の稽古をつけた後、忽然と姿を消した。
いつの間にか、スクールも自主退学していた。
翔はその事実を知った日――終業式の日――にカタリナとともにフランクの家に向かったが、そこはすでにもぬけの殻であった。
そしてその終業式の同日――魔法使いたちが閲覧する閉鎖型のネットに、ある論文がアップロードされた。
著者の名前をとって、通称「フランク・レポート」と称されることになるそれは、魔法使いたちを震撼させた。
その要点は、以下のとおりとなる。
魔法使いの歴史は、迫害の歴史であった。そんな中で、時に強力な魔法使いが世界に姿を現してきた。著者の祖先である、オルレアンの聖女もその一人である。
その魔法の才能は多くの場合遺伝し、その技術を連綿とつないできた。著者のダルク家も長い歴史を持つが、それ以上の歴史を持つ旧家も少なくない。
こうした旧家たちは、時に世に出てきた新興の魔法使いたちを取り込み、血族に加えることでその魔力をより高いものとして、今日に至る。
その試みは成功する場合もあったが、多くの場合、さしたる成果を上げなかった。そのため、科学技術の隆盛とともに魔法使いの地位が低下していったことは、魔法使いならば誰でも知るところである。
実際著者自身も、魔力は低い。一方でシェリエ=ミュートのように新興の魔法使いの家系で突出した魔力を持ったものが輩出されることもある。
そして、レポートは、極東の島国出身の少年が起こした奇跡についても、それとなく触れられていた。
現代においては、魔法使いの素養を計測すること自体がなくなっており、それがために新たな魔法使いの可能性を見落としているということも示唆されている。
魔法使いの血筋が持つとされている価値、あるいは旧家、名家たちのアイデンティティに関わることを、フランクは結論付けていた。
――すなわち、魔法使いの家系と魔法使いの素養である魔力とは、関係がない。あるいは、ほとんどない、という結論である。
『血に、意味なんてない。魔法使いの紡いできた歴史はその血筋ではなく、魔法使いそれぞれの有り様である。血筋を尊ぶことに未来はない。未来は、いつでも私たちの意志の先にある。私達は世界に今一度眼を向け、新たな可能性を探し、切磋琢磨するべきである』
フランクが何を思ってこの論文を書いたか、翔にはわからない。
しかし、そこには彼の不断の決意が見て取れた。
「頑張ってください。いつか、またどこかで」
その決意は、すぐに大きなうねりとなることを知らないまま、翔は著者に、友人となった先輩に礼を述べた。
そして、7月も終わりに入ったころ、翔のもとに一通の手紙が届く。
差出人は、日本政府外務省。
「え?」
「とうとう来たわね」
思わず眼を点にする翔に、義姉であるカタリナが嘆息とともに告げた。
「世界からの、招待状よ」
飛行機事故で死んだとされていた少年、日高翔は――
――再び世界とつながり、その歩みを進めていくこととなる。
現代社会の魔法使いは生きづらい 武村真/キール @kir_write
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