第27話 不二紫安

「がはっ!」


 柊彩が男を気絶させたものの、わずかに遅かった。

 既に銃弾は日聖に向かって放たれてしまっている。


「大丈夫か!?」


「わ、私は平気です……ですが!」


 返事は返ってきたが日聖の声は震えている。

 振り返ると、日聖の前には紫安が立ちはだかっていた。


「紫安さん!」


「へーきへーき、こんなのなんてことないよ」


 紫安は何事もなかったかのようにそう返す。

 だが上半身は既に真っ赤に染まり、口の端からも血を流している、誰がどう見ても無事ではなかった。


「待っててください、すぐに救急車を……って皆さん何してるんですか!?」


 大慌ての日聖とは対照的に、柊彩たちは先程から動こうとしない。


「紫安、銃弾は?」


「大丈夫、もう取ったよ」


「そっか。悪い、俺のせいだ」


「気にしないでよ、僕は全然気にしてないからさー」


「なにボーッと喋ってるんですか!紫安さんも横になって安静にして──」


 そのとき日聖は気づいてしまった。

 服の前面に空いた3つの穴、その奥にあるはずの傷がないことに。


「心配いらないわよ、救急車も必要ない」


「紫安はね、どんな傷もすぐに治るの!」


 それこそが大食らいを副作用とする紫安の特異体質。


 紫安は生まれつきテロメアが減らない、つまり紫安の細胞は無限に増殖できる。

 また紫安の代謝は常人の数千倍以上であり、目に見えるどころか目にも留まらぬ速さで細胞分裂を起こしていく。

 それらは驚異的な再生能力となって、どのような傷をも瞬く間に治していく、食事によって摂取した莫大なエネルギーを消費することによって。


「たとえ頭を吹き飛ばされようと、紫安は死なない」


「それが僕の特異体質、僕は『不老不死』なんだ」


 それを知っているからこそ、撃たれたのが紫安だと知った彼らはすこしも慌てなかったのだ。

 ただ申し訳なさそうにしていたのは、事故とはいえ大勢の前で紫安が特異体質を持っていることを明かしてしまったからである。

 昔の紫安はこの特異体質のせいで『化物』と忌み嫌われていた、今回もそうなってしまうのではないかと思っていたのだが。


「すごいぞチャンピオン!」


「カッコイイぞ!!」


 むしろ店内では歓声が湧き上がっていた。


「あれ、なんでだ……?」


 予想とは正反対の反応に柊彩は困惑する。


「柊彩、これ見て」


 ソフィは笑ってスマホを差し出す。

 見ると先程までの騒動を撮影していた人がいたらしく、その動画がSNSに上がっていた。

 また紫安が銃で撃たれたものの、すぐに傷が治ってピンピンしていることも広まっている。

 それらに対する感想がソフィのスマホに表示されていた。


〈ジャンも強すぎて草〉


〈ヒロの周りにいるやつ全員どうなってんだよ〉


〈ジャンのデビューはよ!!〉


 そこには紫安に対する否定的なコメントはほとんどなかった。

 むしろ特異体質の存在を知って好きになったり興味を持ったり、すぐに柊彩の事務所からデビューさせてくれという意見も少なくない。


「どうなってんだ」


「これも全部、今までの積み重ねだと思います」


「そうね、アンタのおかげよ。みんな魅せられてるんだわ、アンタやその周りが起こすとんでもない出来事の数々に」


 可愛すぎる女の子、流行りのブランドオーナー、カリスマファッションモデルときて、今度の登場人物は特異体質を持った不老不死の少年。

 常に予想の斜め上をいく柊彩のプロダクションにSNSも賑わっていた。


「柊彩くんが変えてくれたんだねー。今なら僕たちも、少しは普通になれるかも」


 ずっと特異体質のせいで忌み嫌われてきた、だから奏音にも紫安にも、もうあまり特異体質は使ってほしくなかった。

 でもそんなかつての面影は、今この場所のどこにも見当たらなかった。


「俺の配信も無駄じゃなかった、ってことか?」


「はい、そうですよ!」


「だっておにいちゃんはすごいんだもん!」


 そう言って奏音は柊彩の胸に飛び込む。


「そうなんだな……」


 紫安の特異体質がバレても誰も罵ったり嫌悪したりしなかった。

 そのことに安心したのか、それとも嬉しくなったのか、柊彩は奏音を抱えながら静かに笑みを浮かべる、その時だった。


「お前ら大丈夫か⁉︎店閉めてすぐきたぞ!」


 ドアを吹き飛ばすほどの勢いでバッドエンドが店に突撃してきた。

 恐らく先程の事態を知って慌ててきたのだろう、額には汗を浮かべ息も切れている。

 ただあまりにもタイミングが悪すぎたせいで、その様子はどこかおかしく見えた。


「おせーよ、もう終わったっての」


「はぁ⁉︎こっちはこれでも急いで来たっての!半ニートのテメェと一緒にすんな!」


「ニートとはなんだ!ニートとは!こちとらお前らのためになる立派な配信者やってんだよ、むしろ感謝しろ!」


 ギャーギャー言い合う二人を見つつ、ソフィたちは笑っていた。


「なんか懐かしいよねー、この感じ」


「そうね、昔はこうやってバカなことたくさんしてたわね」


「またみんな集まってさ、そういうことしようよー」


「きっとできるわ。私たちの特異体質も受け入れられる、平和になった今なら」


「みんなで星を見に行こ!」


「そうだったねー、まずはその約束を果たさないと」


 そこにあるのはかつての彼らの日常。

 少し離れたところでそれを眺めながら、日聖は胸の前でギュッと両手を握りしめた。

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