第26話 乱闘
「結構めんどうだな……」
周囲を軽く見渡しつつ、柊彩は小さくそうこぼした。
店内に入ってきたのは覆面をした十数人の男たち。
そのうちの数人は銃を手にしており、店内の客や店員に向けている。
そうでなくとも魔法を使う可能性もある、あくまで銃は目に見えてわかりやすい脅し道具であり、実際は全員が危害を加える手段を持っている。
近場にいる一人や二人は簡単に制圧できるだろうが、そうして他の客やスタッフ、片付けをしていた大会運営スタッフなどを人質に取られると厄介なことになる。
そしてさらに厄介なことがもう一つ。
〈誰か警察に通報しろ!〉
〈なんかまた都内で同時に事件が起きてるらしい〉
〈これヤバいだろ〉
事件の様子が配信に載ってしまっている。
つまり現状が日聖たちにも伝わっている、となると十中八九ソフィたちは動き出す。
ただ柊彩としてはあまり彼女たちを変なことに巻き込みたくは無かった。
それより先に警察が来てくれるのが理想的。
だがコメントによると他の場所でも事件が起きているらしいので、そのせいで対応が遅れる可能性もある。
すぐに来てくれる保証はない。
「頼むぞ廻斗……」
「配信切った方がいいんじゃないのー?」
「ああ、そうだな」
小声で紫安に指摘され、配信終了のためポケットの中のスマホを操作しようとする。
だがその動きを男たちに見られてしまった。
「不審な動きをするなと言ったはずだ!」
男の放った銃弾が柊彩のすぐ横を通過し、机にあったガラスのコップに命中する。
そして割れた破片が周囲に飛び散り、紫安の腕に幾つか刺さってしまった。
「くそっ!」
その瞬間、柊彩は配信を終了させ、それと同時に目の前のテーブルを蹴り倒して素早くその後ろに隠れた。
直後何発かの銃声が響き、壁となったテーブルに命中する。
「紫安、大丈夫か⁉︎」
「この程度問題ないよー、でもそれより……」
大人しく待っているつもりがつい動いてしまった。
ただあの状況ではこれがベスト、既に柊彩は頭を切り替えている。
「敵を制圧する、紫安は他の人にも意識を向けてくれ」
「りょーかい!」
「全員伏せろ!」
紫安が影から飛び出すと同時に、柊彩は目の前のテーブルを思い切り蹴り飛ばす。
それは最も近くにいた拳銃を持つ男に命中し、気絶させた。
「まず一人、次は!」
すぐさま隣のテーブルに移動し、適当にフォークを何本か掴んで投げつける。
超高速かつ正確無比な投擲は並の男には反応する暇すら与えず、拳銃持ち一人とそれ以外の男二人の腕に突き刺さった。
その動きに目を取られている隙に、紫安も動いていた。
スタッフに銃を向けていた男の懐に入り、ボディブロー1発で沈める。
「腕は鈍ってないみてーだな」
「少しは落ちたけどね、まだまだいけるよー」
あっという間に5人、半分を片付けてしまった。
だがまだ止まらない。
柊彩は驚異的な跳躍力でテーブル4つ5つを軽々と飛び越え、その勢いのまま一人の男の顔面に飛び蹴りをかました。
「これで拳銃持ちはやったな」
「あと4人だねー」
「動くな、さもないと撃つぞ」
柊彩と紫安にそれぞれ二人ずつ、残った男たちは手のひらに火球を浮かべてそれを向けている。
「魔法か、紫安は使えるか?」
「ううん、僕嫌いなんだよねー」
「だよな、俺も練習する気も起きねーわ」
「舐めてるのか!」
柊彩はあえて男たちを挑発して怒りを買う。
今一番厄介なのは他の客たちが攻撃対象となること、敵意が自分たちに向いている間はどうとでもなる。
こうして囲まれている状況はむしろ好ましかった。
男たちも柊彩と紫安の動きを見た以上、下手に動けない。
魔法を外した場合はもちろん、誰かを人質に取ろうと向けている手を動かせばその瞬間を狙われる可能性もある。
いつでも魔法を放てるようにして牽制していない限り、いつ柊彩たちにやられてもおかしくないのだ。
こうして先ほどまでとは一転して、膠着状態ができあがった。
その間に柊彩は少し思考を巡らせる。
この男たちの目的は一体なんなのだろうか。
少なくとも普通の強盗ではない、そうでなら宝石店だとかもっと割りのいい店を狙う。
それにまた同時に複数の事件が多発していることも考慮すると、恐らく別の何かが意図されている。
ただ前と同じくその『何か』はわからない、或いは日聖の件とも関わっているかもしれない。
一つはっきりしているのは、間違いなくこの国は悪い方向へと向かっている。
「ただ、もしそうだとしたら俺は……」
「柊彩くん、怖い顔してるよー」
「え?あ、ああ……」
恐らく色々考え込んでいたせいで険しい表情になっていたのだろう、ただなぜ紫安はそれを突然指摘してきたのか。
そう思っていると、紫安は笑いながら言った。
「難しいことは後にして、とりあえずやっちゃおうよ」
その言葉に柊彩を連れて笑ってしまった。
考えるよりまずは動く、魔王討伐の旅をしていた時はいつもそうだった。
今回だってそうだ、色々考えるのはやめて後で全部聞き出してしまえばいい。
「そうだよな、まずは目の前の敵を倒す。それが俺たちだもんな」
「うん!じゃあいくよー」
「おい待て!動くなと──」
男が言い終えるより先に、紫安は自分の体に刺さっていたガラスを引き抜いて投げつける。
それが敵の腕に刺さると同時に二人は動き出した。
「くそっ、死ね!」
男たちは苦し紛れに魔法を放つが、それが通用するわけもない。
彼らは勇者、魔王の魔法すら凌ぎ切って見せたのだから。
「おら!」
放たれた魔法を蹴り一つで弾き飛ばし、一瞬で距離を詰める。
向こうが人質を取ろうとしなかった時点で勝負は決まっていた。
「こんなもんか、そっちは?」
「終わったよー」
紫安の足元には二人の男が転がっている。
周りの人に被害を出すことなく、無事に制圧が完了した。
「助かった、ありがとう!」
「凄かったぞ!」
大立ち回りを見せた柊彩と紫安に店中から拍手が贈られる。
しばらくそれに手を振って答えていると、再び大きな音と共に勢い良くドアが開かれた。
「おにいちゃん!」
「大丈夫ですか!?」
一瞬身構えた柊彩であったが、やってきたのは日聖たちであった。
「あら、もう終わってるのかしら」
「お前らやっぱり来たのか」
「みんな久しぶりだねー」
一瞬気が緩んだその時だった。
柊彩がフォークを投げつけた男の一人が、血塗れの腕で近くにあった銃を拾い上げ、それを日聖へと向ける。
「しまった!」
油断していた柊彩は少し反応に遅れ、慌てて男に向かって走り出す。
その直後、3発の銃声が店内に響き渡った。
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