第24話 大食い大会!

「完璧なコンディションだ、負ける気がしねぇ」


 迎えた大食い大会当日。


 耐え難い空腹を耐え、限界まで追い込んだ身体を引きずり会場へと向かう。

 体力は限界に近い、だがそれに伴い集中力も鋭く増していた。

 その瞳はかつての勇者時代のそれと同じ、ただ勝利だけを、食べ物だけを見据えている。


 彼は敗北を知らない。

 幼い頃に旅を始めてから魔王討伐に至るまで、幾千幾万の戦場を全戦全勝で切り抜けてきた。

 唯一無二の無敗の男、幸村柊彩。


 そんな彼の無敗の誇りと漲る自信は──


「嘘、だろ……」


 無惨にも会場に到着した瞬間、ボロボロに打ち砕かれてしまった。


「あ、柊彩くんじゃん、久しぶりー」


「なんでお前がいるんだよォォ!!」


 かつての仲間、不二〈ふじ〉紫安〈しあん〉の手によって。

 柊彩は知っている、例えなにが起ころうと大食い対決ではその男に勝てないことを。


「どうしてこんなとこにいるのー?」


「そりゃ大食い大会に出るからだよ、配信のためにな」


「そういえば配信者になってたんだっけ、最近まで入院してたからあんま知らないんだよねー」


「やっぱしょっちゅう体調崩してんのか?」


 紫安は昔からとある理由で病弱であり、旅の途中でも何度風邪をひいていたかわからない。

 それは今も変わっていないようであった。


「最近は仕事も忙しくってさー」


「なんの仕事してんだ?」


「製薬会社で研究職だよー」


「研究職⁉︎」


 柊彩は思わず大声で聞き返してしまった。

 紫安は特段賢いというわけでもなく、そもそもまだ未成年、まさかそんなすごい仕事に就いているとは思わなかったのだ。


「なんでお前らそんな凄いことなってるんだよ」


 これでかつての仲間全員と一度は再会したことになるのだが、それぞれ名門校の生徒、流行りのブランドオーナー、カリスマファッションモデル、聖教会のシスター、自衛隊の要職とエリートばかりであった。

 そして紫安も研究職。

 柊彩が冴えない配信者として過ごしている間、仲間たちはそれぞれの分野で成功を収めていたのだ。


「なんか嬉しそうだねー」


「そんなことねーよ、腹減って死にそうだしよ」


 極限まで食事をしていなかった状態で二度も大声を出したせいか、頭がクラクラし始めていた。


「そうだ、配信始めねーと」


「邪魔そうだから僕は行こっか?」


「どっちでもいいぞ、出たいなら出るか?」


「え、いいの?じゃあ楽しそうだから出ようかなー」


 もはや柊彩は思考もままならず、紫安を隣に置いたまま配信を開始する。




「あ、はじまったよー!」


 その頃、家ではソフィ、日聖、奏音の3人で柊彩の配信を見ることになっていた。

 配信が始まるのを今か今かと待ち侘びていた奏音は、開始と同時に二人に声をかける。

 そうして画面の前に来た瞬間、ソフィは思わず吹き出してしまった。


「わっ、どうかしましたか?」


「いや、あの後ろにいるの紫安よね?」


「あ、ホントだ!紫安だ!」


 ソフィも当然紫安のことはよく知っている。

 そのため既に柊彩の勝ち目は無くなったことに気づき、笑いを堪えきれなかったのだ。


「頑張ってたのにかわいそうに……」


「あの方ももしかして」


「うん、私たちの仲間の不二紫安。今日の大会で勝つのはアイツよ」


「そうなんですか?」


 ソフィは自信満々にそう言っているが、見た目だけではとてもそう思えなかった。

 身長は柊彩より少し小さく、170cmあるかないかといった程度。

 全体的に細身であり、大食らいというよりも少食と言われた方が納得できた。


『どうもヒロです、今日は大食い大会に来ています!ちなみに最近はほとんど食べてないので今死にそうです』


〈明らかに顔色悪くて草〉

〈ガチすぎるww〉

〈応援してます!〉

〈後ろにいるの誰?〉


『コメントありがとうございます!絶対勝ってくるので応援お願いします!それとコイツはたまたま出会った友人です!』


『ヒロくんの友達でーす、僕も大会に出まーす』


〈なんかダメそう〉

〈下からワンツーフィニッシュしてそう〉


『コメント舐めるなよ!絶対後で吠え面かかせてやるからな!』


「おにいちゃんがんばれー!」


「なんか見てて辛いわね」


「この紫安さんって方はそんなに凄いんですか?もしかして特異体質?」


 日聖がそう尋ねると、ソフィは驚いたように目を見開いた。


「アイツから聞いたの?」


「はい、前に少しだけ」


「柊彩は随分アンタを信頼してるのね」

 

 ソフィは画面に映る柊彩を見てクスクス笑う。

 配信上ではそろそろ大会が始まろうとしていた。


「紫安の大食いはね、特異体質の副作用なの。体質の方は……説明難しいから本人から聞いてよ、多分アイツのことだから連れて帰ってくるだろうし」


「副作用、ですか?」


「あ、そろそろはじまるよ!」


 そんな話をしていると、配信では大食い大会が始まった。

 皿に乗せた200gのハンバーグを、30分という決められた時間内に何枚分食べられるかを競っている。


 コンディションをしっかり整えた甲斐があったのか、宣言通り柊彩のペースは周りと比べて一つ抜けていた。

 ナイフで切る手間も惜しみ、野生の動物のように端から思い切り齧り付き、あっという間に胃の中に放り込んでいく。


「勇者様、すごいですね」


「ホントね、思ったより頑張ってるじゃない」


「もしかして勝てるんじゃないんですか?」


「まさか。ほら、見てみて」


 突如として会場に歓声が巻き起こる。

 それは紫安に向けられたものだった。


「え、なんですかこれ……」


 日聖も思わず言葉を失った。

 あんな細身で体も大きくない紫安が、涼しい顔でハンバーグを食べすすめていく。

 しかも真に恐るべきはそのペース。

 時間の経過と共に周りが少しずつ苦しそうになっていく中、紫安だけは少しもペースを落とすことなくペロリと平らげていく。


「やっぱり紫安すごいねー」


「言ったでしょ?アイツが勝つって」


 圧倒的と言う他なかった。

 柊彩も頑張って2位にはなったものの、紫安は倍以上の差をつけて1位となった。


〈ヒロの友人ヤバすぎ!〉

〈まさかのワンツーフィニッシュwww〉

〈これは勝てんわ〉

〈事務所に勧誘しろ!〉


 そしてなぜか柊彩の配信も大盛り上がりになっていた。

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