第23話 勝利を目指して

「お疲れ様、あんな感じで良かったかしら?」


「文句なしの完璧。だったよな?」


「はい、とても初めてとは思えませんでした」


 配信を終えた柊彩たちはさっそくネットで今の配信に対する反応を確認する。

 ソフィのデビューに対する感想としては8割が好評、2割が驚きといった具合であり幸先の良いスタートを切れたのは間違いなかった。


「みんなもソフィの配信はベテランの風格があったっていってるな」


「アンタの配信見て予習した甲斐があったわ」


「そんなことしてたのか。にしてもまあ、よくこんな早くデビューできたな」


 柊彩がソフィを誘ってからわずか10日で事務所との契約を解除し、配信者としてデビュー。

 モデルの事情などなにも知らない柊彩でも、あまりに展開が早すぎることはわかった。


「まあ普通では無理ですよね」


「なんだよその言い方、普通じゃないやり方でも使ったのか?」


「いや、普通にアタシから契約解除を申し出たわよ。ただ芸能界ってどこも少なからず後ろめたい部分があってね、アタシはそういうの良く『聞いて』るのよね」


「ああ、なるほどな」


 ソフィのニヤリと笑った顔を見て柊彩は全て察した。

 要はソフィが所属していた黒い噂を交渉材料にしたのだ、それなら表向きは円満に契約解除してフリーになれたのも頷ける。


「でもそんなことして良かったのか?これから目をつけられたりしそうなもんだが」


「別にいいわよ。そんなことよりアタシはアンタといることを選んだってだけの話」


「責任は取らねーぞ」


「あ、照れてる」


「照れてますね」


「うるせー!」


 柊彩が大声で抗議するも、日聖たちは楽しそうにニヤニヤ笑っている。

 圧倒的不利なこの状況では何を言っても無駄だ、無理やり話題を変えるしかない。


「あ、そうだ!そういや大食い大会ってなんのことか知ってるか?」


「大食い大会?ああ、そういえばそんなのもあったわね」


「聖誕祭で行われるイベントの一つでしたよね。確か開催は3日後の祝日だった気がします」


 現在の日本最大のお祭りである聖誕祭は、1ヶ月かけて行われる。

 最も規模が大きく人が集まる本祭はまだ2週間ほど先ではあるが、今も平日休日問わず様々な行事やイベントが行われている。

 開催予定の大食い大会もその一つだ。


 一応生誕祭で行われる理由として、食糧難だったかつてと違い食べ物を好きなだけ食べられるのは平和となった証拠である、なんてものがあるが誰も気にしていない。

 要は祭りに乗じて騒げればなんでもいいのである。


「なんかコメントで出て欲しいって言われてさ。最近雑談配信しかやってなかったから出てみるのもありだなって」


「アンタ大食いなんてできたっけ?」


「昔の感覚でやったらいけるだろ」


「したことがあるのですか?」


「食える時に食う、が当時の鉄則だったからな。いいとこまではいけると思うんだよな」


 魔王討伐の旅の最中は社会機能がほとんど停止していたため、食料すらまともに手に入らなかった。

 そのためその辺に生えている草や動物を捕まえて食べていたが、安定して手に入るとも限らない。

 なので当時は食べられる時は好き嫌いなどしてる場合ではなく、なんでも食べてきたのだ。


「アタシはバカなことなんてやめといた方がいいと思うけどね。アンタのことだし、どうせ負けるわよ」


「んだと⁉︎そんなこと言われて引き下がれるかよ!」


 ソフィの安い挑発に乗り、柊彩の目に炎が宿る。


「サバイバルで培った能力、見せてやるよ」

 

 柊彩は大胆不敵に笑いながら言った。

 そしてSNSで大食い大会への参加と配信の告知を行い、コンディションを整えるための生活が始まった。




──1日目夜


「勇者様、本当に食べないのですか?」


「もちろん、大食い大会のためだからな」


「じゃあアタシがもらうわ」


「お前は早く帰れよ」




──2日目


「懐かしいな、この感覚」


「昨日からお水しか飲んでませんよね、本当に大丈夫ですか?」


「3日くらい食べないこともザラにあったからな、こんなのなんでもねーよ」


「その割にお腹の音はすごいですよ……」




──3日目


「今日もいらないですよね?」


「いや、野菜だけもらっていいか?」


「あ、今日は食べるんですね!」


「胃に何もないと明日ヤバそうだしな。それに昔も本当に腹が減った時はその辺の草食ってたんだ、だからその時のコンディションに近づけようと思ってな」


「何が勇者様をそこまで突き動かすんですか……」



 

 思いつきで参加を決めた大食い大会ではあるが、柊彩は本気だった。

 別に優勝賞金に興味があるわけではない、ただソフィにあんなことを言われた以上負けるわけにはいかなかった。

 己のプライドをかけ、自身を限界まで追い込む。



 そんな柊彩を間近に見ていた日聖は一つの疑問を抱いた。



──もしかして勇者は思った以上にバカなんじゃないだろうか

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