第12話 事件発生

「ま、モノはいいんだ。今日の配信をきっかけに勉強すれば良くなるはずだぜ」


「……おう」


〈落ち込んでるww〉

〈お世辞うまいな〉

〈いや、実際ちゃんとしたらあるだろ〉


 抜き打ちチェックで悲惨なダメ出しを喰らい、深い心の傷を負った柊彩は俯いている。


「と、いうわけで最後は少しお遊びになったが、今回の配信で興味を持った人はぜひドゥースシャルルにきてくれ!概要欄にURLも載せてるからな!じゃあ締めはヒロに任せて、この辺で失礼します!」


〈ためになる配信だった!〉

〈二回目も待ってます!〉

〈今すぐ買います!〉


 概ね好評なチャット欄に満足しつつ、バッドエンドは一足先に席を外す。

 カメラの奥では日聖も親指を立てていた。


「はぁー、あんな言わなくても……」


〈リスナーの気持ちを代弁してくれたオーナーに感謝!〉


「リスナーの総意だった、みたいな言い方するな!んんっ、まあでも実際来てみたらすごい動きやすかったし、オススメなのは間違いないです、是非この配信を見てたみんなも買ってください!それでは、またお会いしましょう!」


 最後にもう一度宣伝をして、配信も終了。

 そう思い終了ボタンに手を伸ばしたそのときだった。


「な、なんだ⁉︎」


 外から爆発音が聞こえ、わずかに揺れた。

 それを感じるや否や、柊彩は誰よりも早く外に飛び出す。


〈⁉︎〉

〈なんか家の外から爆発音聞こえたんだが〉

〈また配信切るの失敗してる?〉

〈音消えたな〉


 先ほどの揺れで手がぶれてしまい、配信終了ではなくミュートにしたことには気づかずに。


「どうなってんだ、これ」


 外に出ると数箇所から黒煙が昇っているのが見え、繁華街を行き交う人はパニックに包まれていた。

 誰かに聞いたところで今はまともな質問は返ってこないだろう、何が起きたかは自分で確かめるしかない。


 とはいえ普通に進むのでは人混みに飲まれる、なら誰もいないところを進めばいい。


〈は?〉

〈これガチだよな?〉


 柊彩はひとっ飛びで近くの屋根に飛び乗り、そのまま屋根伝いに移動していく。

 その様子をまだ配信中のカメラが自動追跡していくのだが、あまりの速さに背景はまともに映らない。


〈マジで何者だよ〉


 状況が状況だけにヤラセとも考えにくく、リスナーも困惑のコメントを残していく。

 

「どこもパニックだな。犯人はどこだ、もう逃げてるのか?」


 もしかしたら人の少ない方へとすでに逃げているのかもしれない。

 柊彩はそう考え、少し繁華街から離れた方へと走り出す。


「いやっ、助けて!!」


 すると突然、そんな助けを乞う少女の叫び声が聞こえてきた。

 その声が聞こえるや否や、柊彩は声がした方へと走り出す。

 大通りから角を曲がった路地で見たのは、四人の男が一人の登校中の女児を連れ去ろうとしている現場であった。


「誘拐⁉︎こんな時にかよ!」


「ヤバい、人だ!」


 男達は柊彩の存在に気がつくと、二人が女児を抱えて逃げ出し、残りの二人が懐からナイフを取り出して足止めに回った。

 だがただの男二人などまるで相手にもならず、一瞬のうちに素手で叩きのめす。


〈何が起きてんの?〉

〈冗談抜きの犯行現場じゃん〉

〈壁にヒビ入ってね?〉

〈音も欲しいな〉


「逃すか!」


 柊彩は再び身軽な動きで近くの建物の屋根へと飛び移り、誘拐犯たちを視界から外さないように追い始めた。

 

「おにいちゃん!」


 その時、足元からぴょんっと奏音が姿を現した。

 制服に帽子と鞄を身につけていることから、奏音もまた学園に向かうところだったのだろう。


 

「奏音!どうしたんだ⁉︎」


「わたしも声が聞こえて追いかけてきたの。そしたらおにいちゃんを見つけたんだ」


「その格好、学園は大丈夫なのか?」


「学園も大事だけど、それよりあの子を助けるほうがもっと大事だよ!」


「そうだな、二人で助けようか」


 そんなやり取りをして二人で男を追いかける。

 幼い女の子とはいえ、奏音もまた勇者の仲間。

 どんな状況でも恐れることなく他人を助けようとする正義の心と、柊彩についていけるだけの脚力は持ち合わせている。


〈誰?〉

〈可愛い!!〉

〈天使だ……〉

〈今この子も飛んだよな?〉


 そのせいで流れていく背景とは違い奏音の顔ははっきりと配信に映り、余計にリスナーは盛り上がっていく。


「街のど真ん中で爆破事件かよ」


 柊彩がSNSをチェックしていると、すぐ近くで爆発が起きたという書き込みがいくつもあった。

 恐らく先ほどの音のことを指しているのだろう。


「一体何が起きてるんだ」


 ここでは女の子の誘拐が起こり、繁華街では謎の連続爆破事件が起きている。

 この二つをただの偶然と片付けることはできなかった。


「アイツらに話を聞いてみるか」

 

 入り組んだ路地裏に逃げ込もうとする誘拐犯を見て、柊彩はさらにスピードを速める。

 奏音は難なくそれについていく。


「奏音、少し待っててくれ。アイツらぶっ倒してくる」


 このまま泳がせようとも思ったのだが、路地裏の建物に逃げ込まれると厄介だ。

 幸いにも人の少ない方へと逃げてくれているため、周りの目を心配する必要はない。


 少々暴れても問題はないということだ。


〈テンション上がってきた〉

〈神配信確定〉

〈切り抜き班頼むぞ〉


 まあ実際はミュートとはいえ、まだ配信がつきっぱなしなのだが。


「なっ、どっから来やがった!」


 屋根から飛び降りた柊彩は男たちの前に降り立つ。


「もう諦めろ、大人しくしたほうが身のためだぞ」


 そう言って相手が大人しくなった試しはない、案の定今回も追い込まれた誘拐犯は柊彩に襲いかかってきた。


〈やっぱコイツ最強だわ〉

〈強すぎて草〉

〈正体なんてどうでもいい、お前が勇者だ〉


 とはいえその辺のゴロツキが元勇者の相手になるわけもなく、あっさりと叩きのめして攫われた少女の救出に成功した。


「怪我はないか?」


「うわぁぁん!!」


 助かって安心したからか、少女は柊彩の足にしがみついて大声で泣き始めた。


「怖かったな、もう大丈夫だ」


 柊彩は少女の頭を撫でながら優しく声をかける。


「勇者様!配信まだ続いてます!」


「えっ……えっ⁉︎」


 そこで日聖に指摘されてようやく気付いた柊彩は、慌てて配信終了のボタンを押した。


「今までの全部配信してた……?」


「ミュートだったので映像だけですが」


「さすが柊彩、お前といるとおもしれぇわ」


 日聖の横でバッドエンドも手を叩いて笑っている。


「あれ?バッドだ!」


「奏音、元気してるか?」


 バッドエンドを見つけた奏音は屋根から飛び降りると、手のひらに向けて何度も拳を打ち込んだ。


「お前が日聖を連れてきてくれたのか、ありがとな」


「ああ、ただ悪いな。俺も店をあんま離れられねぇから戻る」

 

「ここまで連れてきていただき、本当にありがとうございます」


「気にすんな。あともし面倒なことになりそうなら連絡しろ、俺が代わりにやってやるからよ」


「……何から何までありがとな」


「いいってことよ」

 

 そう言ってバッドエンドは飛んでいった、とんでもない脚力で。


「さて、ちょっとこの子頼めるか?」


 柊彩はまだ涙が止まらない少女を日聖に任せ、誘拐犯の元へと歩み寄る。

 そして彼らが落としたナイフを拾い上げ、それを彼らの首元に突きつけた。


 それから軽く頬を叩き、気を失った男の目を覚まさせる。


「質問に答えろ、お前たちは誰の指図でこの子を攫ったんだ?」


 偶然とは思えない爆破事件と誘拐事件の同時発生。

 日聖の暗殺計画の件も含めて、裏で手を引いている者がいると考えるのが自然である。


「へっ、誰が言うかよ」


 恐らくその考えは正しい、だがその男に口を割る気はなかった。


「俺みたいなガキには殺せない、そう思っているのか?」


 さらに手に力を入れると、首筋に少し刃がくいこむ。

 それでも表情は変わらず、口を割る気配はなかった。


 ただのゴロツキにこんな根性はない。

 つまりこの男たちはただの誘拐犯などではなく、もっと危険な何かに属していると考えられる。


 勇者としての長年の癖のせいか、どうにもよくないことを考えてしまう。

 これが日聖の一件とも関係があるのだとしたら、その背後にいるのは──

 

「おにいちゃん、わたしがやるよ?」


 その様子を背後から見ていた奏音が言った。


 その声を聞いた時の柊彩の表情を、日聖はきっと忘れないだろう。

 酷く申し訳なさそうに俯き、奏音と目を合わせることができていなかったのだから。


「でも……」


「これって、すごく大事なことなんでしょ?」


 奏音の問いに柊彩は答えられない。

 そんな柊彩とは対照的に奏音は元気よく歩いて男の前に向かうと、しゃがみこんで目を合わせながら言った。


「ねぇ、今からわたしの質問に答えてくれる?」


 その瞬間、瞳に奏音は映した男は夢でも見ているかのようにボーッとした顔になった。


「誰が貴方に命令したの?」


「俺達のボスだ……ボスも誰かに頼まれたと言っていたがその相手は知らねぇ……」


「じゃあそのボスって人はどこにいるの?」


「それもわからねぇんだ……連絡は全部メッセージで済ませてる、顔を合わせたことはねぇ……」


「それじゃあ──」


 目の前で繰り広げられる光景を、日聖はただ口を開けて見ていることしかできなかった。

 ナイフを当てられても動揺すらしてなかった男が、今は一切の躊躇いなく奏音の質問に答えている。

 まるで思考力どころか、生気まで奪われたかのように。


「勇者様、これは……」


「……いつかは言わなきゃいけないと思ってた」


 柊彩はどこか悲しそうに、そして申し訳なさそうにしながら言う。


「俺たちは全員、普通の人間じゃない」


「普通じゃ、ない……?」


「ああ。俺たちはみんな『特異体質』の持ち主なんだ」

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