第3話 「むにっ」

 そうこうしているうちに、海沿いの交差点についちゃったね。


 あっという間、かな? こうやってダラダラ歩きながら過ごすのも好きだからちょっと寂しい気もする。まあ、海に着いてから何かするわけでもないから、結局二人でゆっくりするんだけどさ。


 二人で話すんだけどね、と頭の中では思いついたんだけど、スマホの文字経由で意思疎通することが本当に会話なのか少し自信がなくて、表現しなおした。褒めて?


「んーっっ」


『着いたぁー!』


 私が両手を上げながら伸びをしたら、だいたい伝わったかな?


 本当に準備も計画も何一つない状態でいきなり海を目的地にしたから、レジャーシートも花火もスイカもアイスもないけど、君と一緒だから楽しい。


 あ、でも帰りにアイスは買おうかな。二人で、おんなじやつ。


 とりあえず、海岸に向かっておっきな階段みたいになってるところに座ろうよ。うん、そうそう、私が指さしてるとこ。


 よいしょ、っと。それでねそれでね。


「んーんっ」


『じゃーん、手作りクッキー!』


 そういえば地震の時に助けてもらったお礼をまだしてなかったと思って、昨日作ってきたんだ、とスマホで君に説明する。


 大丈夫、味見はしたからちゃんとおいしいよ。量が多いって? 全くもうしょうがないなあ、私も一緒に食べてあげよう。


 あの時は大変だったんだ。電車に乗ってたら地震が起きたのはわかったんだけど、その後全く動かないから気になって、すぐ近くにいた君に【私は耳が聞こえません】【今何が起きていますか】と書かれたカードを見せた。それで、脱線事故と運行システムトラブルだよ、って説明してくれて。


 結局電車は線路の途中で降りなきゃいけなくて、家に帰る方法とかいろいろ手伝ってくれたのが、私が君にダル絡みし始める最初のきっかけ。ドアから地面に飛び降りる時はちょっと怖かったけど、ちゃんとアシストしてくれたのもポイント高かった。


 その時、筆談の代わりにメッセージアプリを使って本当によかった。君と連絡先交換したの、ちょっとカッコいいな、って思ってたからなんだよ。


 まあ、秘密だけど。……バレてるかな? バレてたらどうしようかな。


 思いを巡らせているうちに、君はラッピングされた私の努力の結晶に手を伸ばし、一個つまんで、口の中に入れる。


 ドキドキ。緊張する私の心臓の「音」が、聞こえないけど、聞こえる気がする。


 ……おいしい? 頷きながら笑顔だからそういうことだよね?


「んぁ~~!」


『やった~!』


 いや自信はあったんだけど、実際に食べてもらうまでやっぱり不安って消えないじゃん? ふぅ、とりあえずこれで今日のクエストは達成したぜぃ。カナちゃんはレベルが上がった。安心してお腹がすいたので一個食べよう、うん。


 そう思って、成功体験を舌で味わうために視線を落とすと、伸ばした右手をつままれた。


『ん? 私も一緒に食べるのがそんなに不満?』


 と、不意に目線を君の方へ移す。


 左手を胸のあたりで水平にして、右手を縦にして左腕の上に付けた後、口もとへ動かしていく。そして君の口がゆっくりとこう動いた。


 あ り が と う


 手話の初歩の初歩、最初に覚えるいくつかの内の一つ。正直、君は手話には興味がないと思ってたから、これには驚いた。一瞬呆けてぼーっとしちゃったよ。


 あっ、でもこれは伝えておかないと。


「むにっ」


『笑顔。スマイル』


 直前までクッキーを持ち上げようとしていた指で、うまくできているか不安そうだった君の口角を押し上げる。ついでに私の頬もむにっと上げる。


 手話って手だけで意思疎通するものだと思われがちだけど、表情も大事なんだよ?


『うむ、ややぎごちないけど今日のところはこのくらいで勘弁してやろう』


 そういえば私も表情豊かだって? まー長い事やってるからね、これもまた修練のたまものですよ。もっと励みなさい、若人よ。


 スマホ越しにドヤ顔を浮かべながら、君とまたもう一つクッキーをつまんだ。


 


 


 


 

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