4-8 ファイナルフェーズ④

 ヴァリアントの群体がアステリアを飲み込み、ぐじゅぐじゅと気持ち悪く蠢いている。その光景はまるで、屍肉にたかる蟲の様。この場合、生者を貪る屍者ヴァリアントという皮肉ではあるが。


「そ、そんな……。アステリアが……」

「やれやれ、生きたまま捕らえろという指示でしたのに、アレでは欠片が残っていればいい方ではありませんか。まったく……指示を与えたところで所詮は本能でしか動けない役立たず。最後に新しいデータが取れただけマシと思いますか」


 嘲笑し、呆れた様に首を横に振るミステリオを、コンソールを叩く手を止めたキョウカが睨む。


「あ、あなたはいつもそう……! リバース・アクトの時から……、どこまで命を軽く扱ったら気が済むの……!」

「これは異なことを。我が輩は、真っ当な科学者として命に接しているだけですよ。科学者たるもの、やりたい研究がそこにあり、一%でも実行可能であれば倫理観は捨ててでも全力でそれに取り組む。貴女だって昔はそうでしたでしょう? ねぇ、K-3614号の生みの親、キョウカ助手」

「そ、それは……! でも、そうなるのが嫌だから私は……!」

「あの子だけを連れ出して逃げたと? それはご立派でしょうが、その行動に移すのなら貴女は最初から加担しなければよかったのです」

「それは……あの時は命令だったから……」

「命令一つで捨てられる程度の倫理観だったということでしょう? 結局、なにを言おうが貴女と我が輩は同じ穴の狢。我が輩に意見はしても、断罪する資格は貴女にはありませんよ」

「――ッ!」


 淡々とまるで世間話をするかの様な口調で突きつけられるキョウカにとっての痛い所。

 ただ、その痛みはもう無視しないと決めている。

 キョウカは目に力を込めて言い返す。


「そ、その理屈で言うのなら、なぜ私たちに協力しないの? 私たちがやろうとしていることは分かっているんでしょう? 一%でも実行可能であれば、全力で取り組むって言うのなら、灰塵都市を崩壊させるなんていう時期を早めるだけのモノよりも、灰塵都市を蘇らせる研究の方がそそられるんじゃないの……!? 私たちには0%の未来を百%に変えられるだけの仮説があるのよ……!?」

「それは妄想というのですよ。愚かな人間と関わり過ぎて、貴女まで馬鹿になりましたか?」

「んなっ……!」

「あぁいえ、訂正します。理想と奇跡頼りで構成された仮説なんて妄想以下の産物。いいですか? L・A・Rの改良で出来るのは劣化版のみ。完成品たるK-3614号も空想で描かれる様な奇跡の産物であり、二度は生まれません。それは何百何千と繰り返した再実験ヴァリアントが証明しています。それに、そのK-3614号にしても、たった一人で世界を背負うことは物量的に不可能。結論、関わるだけ時間の無駄というだけの話です」


 絶対に不可能。これまで幾度となく実験を繰り返してきたミステリオが出した結論がそれだ。

 ならば、ここに来るまで何人もの人員が命を賭し、甚大な被害を出してきたのも全てが無駄ということになる。今までのキョウカならここで諦めていただろう。

 だけど――

 

「何千と繰り返して、絶対に不可能……? 知的好奇心に塗れて倫理観を捨てたはずのマッドサイエンティストが聞いて呆れるわ」

「……なんですって?」

「分からない様だから教えてあげる。知りたい・仮説を形にしたいっていう欲望に従うのが科学者なんでしょう? なのにあなたは、ちょっと苦労したからって本当に0%なのかも確かめずに諦めてばかり。なにが一%でも実行可能なら――よ。一%未満の可能性に手を伸ばせない臆病者じゃない」

「――ッ! 小娘が……!! 何を知ったような口を……!! 二度は起きない奇跡の産物に目を焼かれ、盲目に妄執することのなにが科学者か! 科学者たるもの、結果を出した時点で研究は終わり! それが『次』の研究のためになる! 科学者は現実と未来を計算することであり、決して奇跡を再現することではないのだ!!」


 大きく身振り手振りを行い、ミステリオは声を荒げて反論する。眼はこれでもかとひん剥かれ、血走っていて狂気の沙汰が見えている。

 それでも、だからこそ、その崩れた口調が『図星』だと悟ったキョウカは冷静になれた。


「いいえ、違うわ。科学者は、この世の全てを理解して操ることが出来る唯一の資格者であり特権なの。人類最初の発明の『火』や『生命の誕生』だって、最初は奇跡だったけど今じゃ当たり前に使いこなしている。――なら分かるでしょう? 奇跡を諦めることが科学者なんじゃない。奇跡を再現する人のことを科学者と呼ぶのよ!!」

「こ……の……!」

 

 猛々しく宣言されたキョウカの発言に、言葉が出て来ないミステリオ。それどころか、気圧されていつの間にか一歩後ずさってしまっている。

 残っていた科学者の矜持のせいか自分の中に反論できる材料がないことを知り、無意識に悟ったのだ。

 それを見て、キョウカは畳みかける。


「まぁ、あなたがそんな考えになるのも無理はないわ。だって、どれだけ偉そうぶって狂気じみていたとしても、やっていることはウォーカー・レポートの下位互換でしかないもの。0から一を生み出していないあなたじゃそこが限界ってこと。そんな浅い欲望で私たちの前に立たないでくれるかしら!?」

「い、言わせておけば……! な、ならば見せてみたまえ! 貴女たちの言う奇跡の再現とやらを! 出来ぬとは言わせませんよ! 【コロージョン】が発動するまであと、十分足らず! その短い時間で灰塵都市全てを救えるというのなら救ってみなさい!! それが出来ないというのなら、貴女の言葉は理想に憑りつかれた子供と同じです!」


 激高し、たとえそれが虚勢だったとしても伝えられた言葉は非情の真実。

 その現実が分かっているからこそ、キョウカは思わず歯噛みする。


「十分……! あとそれだけの時間しかないの……?」

「この我が輩にあそこまで啖呵を切ったのです。出来ないとは言わせませんよ!」


 悔し気なキョウカを見て留飲が下がったのか、再びミステリオが嘲笑を浮かべる。


 ——やるつもりではある。やれる自信もある。だが、時間がそれを許してくれるかは五分五分だ。

 ヴァリアントもミステリオもまだ健在の中、戦う力が無いキョウカがそれらを対処しながら十分で【コロージョン】の発動を止めることはそれこそ不可能だ。

 コンソールに表示されている環境データの数列が無常に流れていくのを見たその時――


「――えぇ、そんなに見たいなら見せてあげるわ。私たちの奇跡ってやつを」


 その凛とした声は、ヴァリアントの群体の中から聞こえてきた。ハッキリと力強く漲っているその言葉と共に、『力』が具現化した。

 静寂に満ち、天が閉ざされた空間に『雷』が天に向かって走った。


「良い言葉だったわキョウカ。おかげで私も元気が戻ったわ」


 雷の如き轟音と破壊力は容易にヴァリアントを消し飛ばし、中にはアステリアが立っていた。

 腐蝕の影響を受けているのか、身体のいたるところがボロボロ。特製の戦闘着は所々が破れ、肌も見えている。しかし、それでも五体満足。

 それどころか、身体に纏っている夥しい稲光がかつてないほどの生命力を感じさせていた。そこで、右手に持っている無針注射器が見える。

 限界を超えた三本目をアステリアは打ち込んだのだ。


「アステリア……、あなたそれ……」

「言いたいことは分かるけど、こんなところで死ぬつもりはないし今は後回し。キョウカは作業を再開して。今は私がいるんだし、十分もあれば余裕よね?」


 ただでさえ限界を迎えてボロボロだった身体に三本目だ。身体への負担は尋常ではなく、頭の先からつま先まで激痛が走っている。血管が浮き出た端正な顔は、血涙で染まり、痛々しい姿だ。

 それでも煌々と輝く黄金の瞳は、アステリアの諦めない心の表れ。それを見てキョウカは深く頷き、この場を任せてコンソールを叩き始める。


「当たり前よ! 五分で終わらせてあげるわ!」


 意気揚々と希望の笑みを浮かべて作業に移るキョウカに、冷静さを少し取り戻したミステリオは邪魔しようと再び招集した三体のヴァリアントを差し向ける。


「なに勝手なことしてんのよ!!」


 キョウカに襲い掛かるよりも何倍も速く、雷光がヴァリアントを駆け抜ける。耳をつんざく轟音と共に、貫かれたヴァリアントはそのまま焼け朽ちた。

 自分の策が一瞬で沈黙させられたことを不快に思い、ミステリオはアステリアを睥睨する。

 

「……まさか、あの絶望的な状況でまだ諦めず我が輩にたてつこうとするとは。これだから何も理解できない凡人は嫌いなのです」

「絶望……? おあいにく様、この程度の絶望で諦めるくらいなら、最初からこんなところになんかいないわよ。アンタをブチのめして、コロージョンを止めて、この世界を救うまで……私は死ねないの……!」

「それはそれは……、叶えることが多くて大変ですね。では見せてください、貴女の奇跡とやらを——」


 アステリアを嘲るミステリオが大仰に手を振ると、ヴァリアントが更に十数体規模で追加される。自分のクローンを幾度となく実験体にしたのだ。成功数に限りはあれど、その数は膨大だ。


「貴女たちが息巻くのは勝手ですが、所詮は死に体。風前の灯で一時的にパワーアップしているだけのタイムリミットは先程よりも短いはず。そうですね、例えばキョウカさんが今言った五分……あるいはそれ以下といったところですか」

「……さぁ、どうかしらね?」

「下手な嘘はそれが真実だと伝えているようなモノですよ。あと二百十三体と我が輩を相手に、果たして貴女はまだ生きていられますかね!!」


 軒昂とミステリオが指揮すると、それに呼応してヴァリアント達がアステリアに襲い掛かる。その光景は先ほどの焼き増しだ。

 だが、同じ結果にはならない。


「今更そんなモノ、私の敵じゃないのよ!!」


 断続的に振るわれる剛腕を躱すと、瞬きよりも速い速度で幾重の雷光を走らせてヴァリアントを焼き消していく。

 それでも、やはり多勢に無勢。いかに超高速で動け、超火力で攻撃出来ても思考速度は人並み。消してもそれ以上に投入され、味方諸共攻撃を仕掛けるヴァリアントを前に、対処が少しずつ遅れていく。


「ほらほら、どうしたんですか!? 対応が遅くなっていますよ!? そんな体たらくで、よくも奇跡を再現するなどと大言を吐けましたね! ただの人間にはそこが限界ということです!!」


 投入されるヴァリアントが更に追加される。それら全てをかき消すだけのパワーはあるが、それを使った時点でアステリアは力尽きる。先程以上の絶望的な状況。

 ただ、血に塗れたアステリアの顔には笑みが浮かんでいた。


「だから、それがどうしたっていうのよ」

「は?」


 三百六十度、縦横無尽に迫っていたヴァリアント二十五体が全て同時にになった。

 あれほどまでに苛烈だった戦場に一時の沈黙が訪れる。あまりの劇的な変化に、先にミステリオの思考が停止した。


「な、な、な……な、なんですかそれは……!!」


 目を見開き、指を突きつけた先には、アステリアの周りを超高速で回っているナニカがあった。小さく迸っている電光から、アステリアが『ソレ』を操っていることに間違いはない。

 ヴァリアントが近づく度に、まるでミキサーに入れられたように細かく切り落とされていく。


「これ? アンタが無駄遣いしてるオモチャのもう一つの弱点よ。さっきも見たでしょう?」

「——ッ! この施設の破片……!」

「その通り。キソラは良いことを教えてくれたわ。やっぱり、彼女が私にとって最高のパートナーね」


 それは、吹き飛ばされる前にキソラがヴァリアントに向けて放った瓦礫の砲弾と同等の攻撃手段。

 腐蝕の影響を受けにくいこの瓦礫による攻撃なら、ただ雷光を走らせるより遥かに燃費がいい。

 アステリアは瓦礫一つ一つに電気を通し、自分の周りで半自動的で円を描く『柵』を造ったのだ。

 

「建築物に使われる超万能細胞ハピリスの成分が、炭素変化による硬度強化で助かったわ。電気が通りやすいおかげで、御覧の通り。これならまだまだ持つわ」

「ちょ、超常の力をそこまで精緻に動かすなんて……! ただの、人間に出来るわけが……!」


 星の周回運動の如く超高速回転する瓦礫は電気で繋がっているため、軌道は即座に変更可能。一度指を動かすだけでソレは超高速の『矢』となる。

 それを飛ばしてはヴァリアントを貫かせて行動不能にしていく。 


「ただの人間だからってバカにしないでくれる? 悪いけど、こちとら覚醒の経験ならキソラよりも長いのよ」


 L・A・Rに適合してからずっと戦い、備えてきたからこその力の慣れ。出力・制限時間はオリジナルに劣っても力のコントロールはアステリアの方が上だった。


「な、ならばこれならばどうですか……!!」


 アステリアにいくらヴァリアントを差し向けても無駄だと悟ったのか、ミステリオがキョウカの方にヴァリアントをけしかける。

 ヴァリアントの対処をアステリアに任せ、極度に集中しているためキョウカは自分に迫る脅威に気付けない。


「任せろって言ったのよ……! キョウカには手を出させないわ……!」


 タクトを振るうように瓦礫を飛ばすと、キョウカに近づいていたヴァリアントの排除に成功。

 それでも次から次へと、キョウカとアステリアにヴァリアントが注がれる。


「それならば、ここから先は根競べです! ストックはまだまだありますよこっちには!」

「ぐっ……! この……!」


 瓦礫を飛ばし、電光を飛ばしてその身にヴァリアントは近づけさせない。燃費は抑えられているとはいえ、こうも連続で力を使えば五分ともたない。

 限界の限界はもう目の前にまで迫っていた。


「ぐっ……! かはっ……!」

「あはははははは! 根競べをする間でもありませんでしたね! 遂に底がやってきましたよ!」


 鼻から血を流し、喀血が口の端を汚していく。どこかの血管が切れたのか端々で血が流れ、失われていく血が痛む身体をふらつかせていく。


「どれだけの力を誇っていようとも、所詮は限界を迎えた人間ただ一人! 救えるのは自分一人だけでしょう!」


 電光は小さくなり、瓦礫も地に落ちている。身を守る障壁はどんどん少なくなっていくのを見て、ミステリオはより一層苛烈にヴァリアントを差し出した。

 散々削ったおかげで、追加はなさそうだがそれでも残りは十二体。弱った人間と力のない人間を腐食させるには十分だ。

 力が抜け、跪いてしまうアステリア。それでも彼女の笑みは消えない。


「……そうね。でも、私はもう独りじゃないのよ……! ——いるんでしょう、キソラ!」

「当ったり前だよリア!」


 希望の声に応じて、穴の開いた天井からキソラが降って来る。

 そのままキョウカの前に降り立つと、右前蹴りと共に炎が拡散。キョウカに襲い掛かったヴァリアント九体全てを燃やし尽くした。


「まったく、無茶ばっかりしちゃって。私がいなかったらどうなっていたことか」

「来てくれると信じてたのよ。ありがとうキソラ」

「どう、いたしまして……!」


 次いで、アステリアの前に立つと同時に左脚で炎を噴射。二体を一瞬にして燃やし尽くす。

 橙色の炎に照らされるキソラ。キソラの身体は一目見ただけでもボロボロだ。右腕は焦げてまともに動かず、左腕に至っては存在していない。炎を二度噴射しただけで、肩で息をする惨状だ。

 それを見て、アステリアの心がキソラの炎に充てられたように熱く燃え滾る。

 偉大な父の背を負い、世界を救える可能性の力を手に入れ、反政府組織をその小さな背中で率いていたアステリア。しかし、それはもう過去の話だ。

今は同じ目線で、同等以上の力を持った仲間パートナーがいる。一人で背負っていたアステリアの『負担荷物』は軽くなっていた。


「もう、私は独りじゃない——」


 温かくなった心が、気力を取り戻してくれる。笑顔になったアステリアが立ち上がる。

 満身創痍の少女が二人。ヴァリアントがいなくなろうとも、軽く押せば倒れそうな二人なのにミステリオは怖気づいて後ずさる。


「あ、貴女……。そんな状態でなぜまだ……。い、痛くないのですか……!」

「そりゃ、痛いよ。腕は無いし、頭は針が突き刺さったように激痛が走ってる。『弟』や『妹』をこの手で殺したことも、心が痛いよ。でもね、それで足を止めたらここまでやって来た全部が無駄になるじゃん」

「人はさ、前を向こうと決めたらあればいくらでも動けるんだよ。少なくとも前を見ることをやめた人とか機械のようにしか動けない奴なんかに私たちは負けないんだよ!」


 ミステリオの傍にいた最後の一体を燃やし、残るはミステリオのみ。

 散々ズタボロにされ、心身ともに傷が残った戦いもこれで終わりだ。

 決着はアステリアの手で。そう言わんばかりに、笑顔のキソラがかろうじて動く右手でアステリアの背中を触る。


「さぁ最後の時間だよ、リア。やっちゃって!!」


 ゆっくりと、アステリアが前へと進む。 

 右手に、残った電光をかき集めると、白く輝く電光が血と混ざりあって赫く染まっていく。


「く、来るな……! わ、我が輩を殺せば世界の損失! C機関だって貴様たちを本気で消しにかかるぞ!」

「それがどうしたのよ。ずっと言ってるでしょう? そんなのはもう覚悟の上なのよ。だから、アンタの役目はもう終わり。ここで消え失せなさい!」


 最後の力を振り絞り、赫い電光の手刀がミステリオの胴体を貫いた。


「ぐあああああああ……!!」


 胴体から右腕を引っこ抜くと、血を払うように右手を振るう。

 どちゃりと、ミステリオは地にくずおれるもまだ息はある。身体を貫いたと同時に流した電気がミステリオの細胞と筋肉を動かし、少しばかりの余命を与えたのだ。


「すぐには死なせない。アンタには希望に満ちていく世界を見せてあげる。それがアンタにとっての絶望でしょうからね」


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壊蝕⇔エクスビボ 睦月稲荷 @KaRaTaChi0112

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