41:まずはこれを解消しないと
そんなこんなで僕と滝井に5人改めてでスタートした新生演劇部。
最初の部活でやり玉にあるのは、素人同然……ではなく、正真正銘ど素人な僕と滝井の演技力の底上げ。
と思っていたんだけど、それよりももっと切実な問題が存在していたのだ。
それというのも……
*
「こんにちは」
「ちぃーす」
体育館準備室を間借りした狭い部室に、多少生真面目と多少ふざけた2つの挨拶が響く。
言うまでもなく演劇部1年生のふたり、千林典弘と滝井修二が入室したのだ。
「ひっ!」
一拍遅れで部室に聞こえるビクつく声。ふたりの挨拶に反応して瑞稀が小さく悲鳴をあげているのであった。
「もう4月も終盤、部活をはじめて10日以上過ぎてるのよ。いい加減慣れたら?」
そしてその都度呆れる守口のボヤキ。部活開始5回目にもかかわらず、もはや演劇部のルーチンと化しつつあった。
「そんなこと言っても……ビックリするモノは、するんだし……」
瑞稀の言い訳もこれまたルーチン。毎度のセリフに守口が「まったく」とボヤくのも半ば定番化しつつあった。
「新入部員のふたりが入部して、未だ日も浅いんだから。心配しなくても、そのうち慣れるよ」
温厚な表情を浮かべて瑞稀を擁護する土居を、守口が「甘い!」と一蹴。
「このポンコツ娘のメンタルは低い方に筋金入りよ。ケツを叩いて矯正しないと〝そのうち〟なんてのは永遠に来ないわよ」
「浩子ちゃんの言いかたが、酷い……」
当然ながら瑞稀が言い過ぎだと抗議するが「事実でしょうに」と、けんもほろろ。
「挨拶でビクつく、会話はしどろもどろ、目元は見事に泳いでる。言っとくけど、これじゃ部活なんてできないわよ?」
辛辣だが如何ともしがたい現実の指摘に瑞希が「うっ」と唸る。
「実際、後輩の2人にも、まともな会話ができてないじゃない。そんなので、どうやって芝居ができるの?」
「それは……お芝居になったら、台本もあるし……」
何とかなる。と、しどろもどろに答える瑞稀を「ふっ」と鼻で哂う。
「アンタはそれで良いかも知れないけど、芝居はみんなでするものよ。稽古中のコミュニケーションはどうするの? ロクに打ち合わせもせずゲネプロまで辿り着けるのかしら?」
理論整然にやり込められて、ぐうの音も出ない。
「彼らの演技指導と同時進行で、瑞稀。アンタにも特訓を課すわよ!」
特訓のワードに瑞稀が「えー」と不満を漏らすが、守口に聞く耳はないようで「あん?」とひと睨みで黙らせる。
人見知りは確かに問題だけど、矯正するのに特訓はどうなの?
「僕としても人見知りは克服はして欲しいですけど、ムリヤリ矯正はやり過ぎでは?」
いくらなんでも性急すぎないか? と典弘は意見するが、守口の考えはそうではないようで「このままだと、部活の存続が危ぶまれるのよ」と危機感を煽る。
「だから、とっとと治さないとダメなの」
守口の主張に「そんなモンですか?」と答えていると、会話に加わりたくてムズムズしていた滝井が「でもさあ?」と小さく挙手。
「よくクラスで問題にならないよなあ?」
疑問に感じるのも当然というかもっともな処。慣れないとロクに喋れないのでは、集団生活が営めるとは思えない。
とはいえ親しき中にも礼儀あり。
ましてや後輩、さらには後輩になってまだ10日ほど。言って良いことと悪いことがある。
「プライベートに踏み込み過ぎ」
注意がてら拳骨をお見舞いすると、滝井が「痛てーな」と恨みがましく典弘を睨み返す。
が、
「千林クンの言う通りね」
守口が注意をすると態度が急変。
「以後、慎みます!」
頭を深々と下げて反省の意を示すのだから現金にも程がある。
「オマエなー」
睨んだところで蛙の面に何とやら、懲りる様子など微塵もなく「男に言われてもなー」と反省の色なし。
しかし上から目線の傲慢な質問にもかかわらず、天然なポンコツは「ええと……」と極度の人見知りを押して健気に答えようとする。
「クラスのみんなとは、もう、〝慣れた〟、から」
「〝慣れた〟って言うのは〝クラスのみんながね〟」
ぼそぼそと語る瑞稀の答えを守口が補完。
「幸いにして三条学園は3年間クラス替えなしの持ち上がりだからね。1年の1学期は想像を絶する酷さだったわよ」
本当に〝苦節3年〟とでも言いたげに、しみじみとした口調でその時の惨状を付け加える。
「相手の目を見れないわ、会話が続かないわ、あげく喋ったら噛むわで、ホント大変だったんだから」
扱き下ろす守口の横で瑞稀が明後日に視線をやってソッポを向いた。
その仕草が可愛らしくてキュンとなりそうだが、喫緊の問題としてこの状況は如何ともし難い。
「そんな状態の森小路センパイを、どうやってクラスメイトと普通に会話できるようにしたのですか?」
どうして慣れたのか? それが分かればと守口に訊くと「何もしていないわ」と予想の遥か斜め上な返答。
「クラスのみんなが〝察して〟くれるようになったから、瑞稀が喋らなくても何とかなるようになっただけよ」
ため息をつきながら説明する守口の言に、典弘は「マジか……」と呻いて頭を抱える。
「杖を持つ足が不自由な美少女だから「長期入院の影響でコミュニケーションに難があるから」と言えば、みんな「なるほど」と納得するものよ」
「まあ2年も経てばクラスの全員が、森小路さんの発する「あー」のニュアンスだけで、おおよそ何を言いたいのかも分かるようになったし」
周りの思いやりだの成果だという土居の補足説明に「そんな悠長なことを言ってられないの!」と守口が目を吊り上げる。
「私たちが部活を続けれるのは秋の文化祭まで! 時間が圧倒的に足りないのよ!」
「て、ことは。残りあと約半年!」
指を折りながら呻く滝井に守口が「そうよ!」と答える。
「短けーなー」
ボヤく滝井の呟きを無視して、守口が「2人の演技指導は正攻法で行くとして、瑞稀のリハビリは特別カリキュラムを組むことにするわ」と妖し気に舌なめずり。
「ヒッ?」
何かを察してか奇声を上げて後ずさろうとする瑞稀の肩を掴むと「瑞稀は〝人見知り〟が酷いだけで、喋れない訳では無いわよね?」と脅迫するように念を押す。
「た……たぶん……」
睨まれてしどろもどろに答える瑞稀に「よろしい」と答えると、彼女の肩を掴んだまま「それで、千林クン」と視線を動かし典弘を呼びつける。
「瑞稀の特訓に、キミにもぜひ協力してもらいたいのよ」
願ったりなシチュエーションにもかかわらず、このセンパイの頼み事だと悪魔との契約のように思えてしまう。
「あの、協力とは?」
勇気を振り絞って尋ねると「キミにとっても良い話だと思うわよ」とニタリ。
「さっきも言った通り。この娘、人見知りを拗らせて私ら意外とはロクに喋れないけど、芝居のセリフだと緊張せずに話せるのよね」
芝居がかった口調で守口が話すと「ああ、そういうことか」と、なぜか得心したように土居がポンと手を叩く。
「つまりだね。瑞稀ちゃ……森小路さん相手に日常会話の〝お芝居〟をするというか、森小路さんとの会話を〝台本〟にしちゃうんだ」
「どういうこと?」
「今、言った通りよ。まあ、教科書の朗読を掛け合いするようなモノだと思えば良いわよ」
守口がお気楽に「喋るのは〝台本に書かれたセリフ〟だけ。決まったセリフなんだから、ビクついたりせずに喋れるでわよね?」と、黒い笑顔を浮かべながら瑞稀を圧迫。
威圧に屈したのか、瑞稀がコクコクと首を縦に振ると「よろしい」と満足げに頷く。
そして典弘の背後にスッと立つと、耳元で「あなたにも、役得をあげるわヨ」と囁いたのであった。
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