40:演劇部誕生の裏話

 守口センパイの口から飛び出た「厄介払い」というワード。

 どうも何かきな臭い感じがしてならない……

 ひょっとして演劇部に何か秘密でもあるのだろうか?  

 う~ん、気になる。



   *



「このふざけた連判状。厄介払いの良い口実になるわね」


 何気に口走った守口のひと言に「うわー。とんでもないことサラリと言っちゃったよ。このヒト」と滝井がツッコミを入れるが、当の守口はというと「事実だから」と動じる気配がまるでない。

 それどころか「ここだけの話にしておいて欲しいのだけど」と前置きしながら、むしろ「こっちとしては、辞めてくれるのは大歓迎」と大量退部を喜ぶような発言までしたのである。


「そもそもこの演劇部を作ったのは、瑞稀の願いを叶えるためなんだから」


「えっと……森小路センパイがお芝居をしたいから演劇部を立ち上げた。と?」


 典弘が合の手を入れると「正確には「休部中だったものを復活させた」だけどね」と律儀に注釈が入る。


「いや。それは、どうでも良いです」


 滝井の突っ込みに守口が「そりゃ、そうね」苦笑い。


「まあ、とにかく。部活を興したは良いんだけど、私たちだけだと規定に人数には届かなくてね……」


「確か……5人。でしたっけ?」


 規則に書いてあったなあ。と、典弘の合いの手を入れたその時。


「浩子ちゃんは、悪くない!」


 前振りも何もなく、唐突に瑞稀が割って入ってきたのである。


「別に、悪者にはなってないけど」


 鬼気迫るような勢いに圧され守口が悪者を否定するが、視野角ゼロな瑞稀は当人の弁明すら聞いちゃいない。 


「浩子ちゃんは悪くないの!」


 発作のように同じ言葉を繰り返しながら躍起になって典弘と滝井に守口の潔白をアピールするが、話しかけられる2人からすれば何のことやらチンプンカンプン。


「分かる?」「全然?」


 とまあ、こんな感じ。

 興奮状態冷めやらず。頑固一徹というか猪突猛進、視野角ゼロな直情ぶり。典弘なり滝井が何か一言でも発しようとしたら「浩子ちゃんは、悪くない!」と絶叫して遮る始末。

 これじゃ埒が明かないと、守口が「落ち着いて」と宥めるが、頭に血が上った瑞稀の興奮はそうそう簡単には収まらない。

 果ては守口が「どう、どう、どう」とあやすように肩を抱き、土居が「みんな、ちゃんと分かっているから」と宥めてようやく矛を収めたのであった。


「とまあ。こんな娘だから、力になってあげたかったのよ」


「それだったら別に演劇部なんか作らなくても、どこかの劇団に入るなりすれば……」


「滝井!」


 疑問を呈る滝井の発言を強引に遮る。


「多分……それは、無理だ」


 一瞬だけ瑞稀の脚に目をやると、滝井も事情を把握したのか「ああ」と次の言葉を引っ込める。皆まで言わさぬ理解の早さに、守口から「分かってくれて何より」と頭を下げられる。


「とはいえ、クラブ活動の演劇も一難あってね」


「今度は何を?」


 劇団と違いこちらはクラブ活動、杖や身体の不調に障害はなかろう。


「ああ、身体のことは心配してないわよ。懸念は別のことで……口で説明するよりも、見てもらったほうが早いか」


 今度はカバンをまさぐると、1冊のライトノベルを取り出すと瑞稀に手渡す。


「まあまあ有名なヤツだから、ふたりとも粗筋くらいは知っていると思うけど。瑞稀、これを朗読してくれない?」


 いきなり本を手渡され困惑する瑞稀だったが、守口の「感情を込めて」に触発されたのか、冒頭シーンの朗読を始めた途端、部室の空気が一変した。


「え!」


「マジか!」


 典弘も滝井もそれ以上の言葉が出ない。

 たった数行読んだだけなのに、物語の世界に引きずり込まれていく。

 いや、そんな生易しいものではない!

 目の前に小説のキャラがいて、喋り、動き、踊り、舞う。喜怒哀楽全てが見えるのだ!

 別に声色を作っているのではない。そもそもまだアニメ化されていない小説なのでキャラの声など決まっちゃいない。だから各々が脳内で好き勝手にイメージする、10人いれば10通りのキャラクター像と声があるのだ。

 しかしこれはどうだ! 

 どれも瑞稀の声なのに、見事に演じ分けられている。それだけに留まらず、男性キャラも女性キャラも、みな生き生きと演じられているではないか! 

 その見事さや、プロの声優にも引けは取るまい。


「そこまで!」


 守口のストップで現実に引き戻されたが、気持ちの一部はなおもまだ物語の余韻に浸っていた。

 レベルが違う? そんな生易しいものではないことは、演技に素人の典弘にでも否応なしに理解させられた。


「これが瑞稀の実力の一端よ。そこいら辺の演劇部程度の芝居では到底立て打ちできないわ」


 ドヤ顔で守口が胸を張る。

 聞きようによってはクソミソな言い分だが、あの朗読を見せつけられた後だけに「そうですね」としか言えない。


「だから当初の考えでは、新入部員は全員斬り捨てるつもりでいたの」


「えっ」


 守口の衝撃発言に、滝井と典弘だけでなく、瑞稀の驚きも重なった。


「そんなこと、考えていたの?」


 瑞稀の問いに「まあね」と守口が肩を揺らす。


「新入生に演劇経験者がいるとは思わなかったし、どうせロクでもない連中しか集まらないと、ね。それだったら気心の知れた3人で演ったほうが良いと判断したんだ」


「森小路さんほどじゃないけど、いちおう僕らも演技の心得があるからね」


 好き放題な守口を土居が補足しフォローする。演技云々は不明だが、少なくても気心が知れているのは間違いないようだ。 

 故に守口の独断と言いつつもある程度の話ができていたのだろう、土居が「最後は文化祭で演じるつもり」と演劇部の目標を口にする。


「ま、そんな訳で」


 締めようとする守口の袖を瑞稀が引っ張り、遠慮がちにではあるが「あのね……」と話を持ちかけた。


「できたら、その。3人だけで、お芝居する、よりも……」


 ぼそぼそと喋る瑞稀に「分かっているって」と答えると、守口が典弘たちに向かい直した。


「最初は「3人だけで良い」と思っていたんだけど、やっぱり3人だと演目とかが限られちゃうのよね」


 肩を竦めて自嘲する守口に、演技素人ながらも典弘も「だろうな」と納得。人数がいれば良いというものではないが、多いほうがレパートリーが増えるのは間違いない。


「だから、キミたちさえ良ければなんだけど……」


「一緒に、部活を、しよう」


 遠慮がちに言葉を選びながら部活に誘おうとした土居より早く、瑞稀がド直球で勧誘する。

 もちろん典弘に是非などない。二つ返事で「こちらこそ、お願いします」と頷く。


「千林クンは入部継続するのね。滝井クンは、どうする?」


 続いて滝井の意思も尋ねられると、一瞬の躊躇いもなく「もちろん」と即答。


「守口センパイのいるクラブなんだから、辞めるわけないでしょう」


 同意ついでにカミングアウトまでした。

 これに目を輝かせたのが瑞稀で「わお!」とあからさまに嬉しそうな歓声。


「浩子ちゃんに、LOVEなんだ」


「はい」


 滝井にブレはなく、心の底から嬉しそうに答える。

 一方、守口はといえば……

 告白に慣れていないのか、普段の態度はどこへやら。


「わ、私ぃ?」


 声が裏返り、完全にてんぱっていた。


「キミもたいがい。あ、悪趣味だな」


 毒にも切れ味が無くツッコミが弱い。


「ふたりとも基礎体力は必要以上あるんだから、発声練習から始めるんで良いんじゃない?」


 土居の助け舟が無かったら、この膠着状態は延々続いていたのかも知れない。


「そうね。基礎は大事だから」


 これ幸いと守口が追随。もちろん滝井と典弘にも是非はない。


「お願いします」


 声を揃えて頭を下げる。

 とにもかくにも、ここに演劇部として本格的な活動が始まったのであった。

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