21 大人の事情

 暴走トラックを止めた翌朝。コーヒーを飲みながら、テレビを見ていると、昨夜のニュースが流れてきた。あの事件では多数のケガ人が出たが、奇跡的に死人は出なかったらしい。アダムが言った。


「良かったですね。全てユキのお陰ですよ」

「そうだな。あのままだったらどうなってたか……」

「徹也さんの所へ行っていなかったら、あそこには居合わせなかったでしょうしね。あなたの偶然を引き寄せる力は強いみたいです」


 本部へ行き、事務所の自分のデスクでパソコンを立ち上げようとしていると、蜜希先生が現れた。


「もー! 最初に来るべき場所はボクのところでしょ!? 聞いたよ! トラック受け止めたんだって!?」

「あ、ごめん蜜希先生」

「隊長も隊長ですよ! なんでボクにすぐ連絡してくれなかったんですか!?」

「いやぁ、こいつピンピンしてるし、問題ないと思ってな……」

「もうここで診察するからね!」


 私は大人しく診察を受けた。異常は無かった。蜜希先生はまだ頬を膨らませていた。


「もう、蜜希先生ってば、機嫌直してよ」

「じゃあユキ、ケーキでも奢ってよ。お金ならアダムからたんまり貰ってるんでしょう?」


 アダムが苦笑しながらそれに答えた。


「はい、十分なお小遣いは与えていますから。そうだ、ついでにお二人で買い物に行かれてはいかがですか? その……」


 アダムは蜜希先生に耳打ちをした。小声だが、内容は聞こえていた。


「ユキの下着がもうボロボロでして。見繕って頂きたいんですよ」


 蜜希先生はカラカラと笑った。


「そういうことね。じゃあユキ、デートしよう。ボクが可愛いの選んだげる」


 週末になり、私は蜜希先生とショッピングモールで待ち合わせた。まずは約束通りケーキのご馳走だ。


「じゃあボクはガトーショコラにしようっと。ユキは?」

「一つになんて選べない……このケーキセットって何個も頼んじゃダメか?」

「それはまぁ、今回はユキの奢りだから。ご自由にどうぞ」

「じゃあ三つにする!」


 ショートケーキ、モンブラン、チーズケーキを私は注文した。四人掛けの席に通されていて良かった。コーヒーも三つ来たので、テーブルの上は満杯だった。それにぱくつきながら、私は蜜希先生に質問してみた。


「蜜希先生って、徹也のことどう思ってるの?」

「ずいぶんストレートに聞くねぇ、ユキ。まぁあんたらしいけどさ」

「で、どうなの?」

「ははっ、あの子の好意にならとっくに気付いてるよ。ボクも三十路だしね」


 蜜希先生は紅茶を一口含んだ。


「でも、ボクはあの子の気持ちには応えてやれない。ボクさ、病気で子宮取ってるんだよね」

「シキュウ?」

「子供を産むためのものだよ。ボクにはそれができないんだ」


 そのことと、徹也の気持ちに応えられないということが、どうにも繋がらなかった。子供が産めないから、何だっていうんだろう。


「ユキには分かんないか。まあ、分かんないままでいいよ」


 そう言って、蜜希先生はガトーショコラを口に運んだ。もしかして、余計なことを聞いてしまったのだろうか。ただ、分からないままでいいというのなら、それでいいのかもしれないと私は思った。

 それから、私たちはランジェリーショップに行った。テンションを上げているのは、蜜希先生の方だった。


「これなんかいいんじゃない!? ユキって黒似合うし。レースがセクシーだよ!」

「えー、それ、動きにくそう……」

「もう、下着は戦闘服なんだからね! とびっきり可愛いの着けておかなくちゃ!」


 なるほど、そうなのか。強そうなやつにしなければ。私は店内をぐるりと見渡した。どれもこれも、色が違うだけで、一緒のものに思えた。めまいがしそうだ。蜜希先生が聞いた。


「っていうか、自分のサイズ分かってる? 測ってもらった方がいいよ」

「ええ……なんか恥ずかしい」

「ダメダメ、きちんと合ったやつ着けなきゃ。済みませーん!」


 蜜希先生は店員さんを呼び止めた。あれよあれよという間に、私は試着室でサイズを測られ、それが書かれた小さなカードを受け取った。


「どうだった?」

「Aの六十五だって」

「じゃあ、そのサイズのやつどんどん見ていこっか!」


 どれが強い下着なのか、結局分からなかったので、私は蜜希先生の選んだ三着を購入した。黒、白、水色だ。なんでも「盛れる」やつらしいが、「盛れる」とは何なのか、私は聞きそびれた。ともかく、私より年上であろう女性に選んでもらったのだから間違いないだろう。

 そして、私と蜜希先生は喫煙所に行き、一服を始めた。


「ユキ、さっきの話だけどさ」

「うん」

「徹也には、幸せになって欲しいってボクは願ってるんだ。あの子はまだ若い。こんな年増を捕まえなくても、他にいい人が居るはずなんだ」


 紫煙を吐き出す蜜希先生の横顔が、何だか寂しそうに見えた。私には、その表情の意味がよく分からなかった。だから、聞いた。


「蜜希先生、本当は徹也のこと好きなの?」

「うん……嬉しくは思ってるよ。でも、それとこれとは別」


 ハッキリとした答えをしてくれないまま、蜜希先生はタバコを吸い終えた。

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