09 少年の動機

 五体のゴーレムが同時に向かってきた。まずはアダムを守らなければならない。私が相手をしている間に、彼には犯人の元へ辿り着いてもらう必要がある。アダムも鍛えてはいるが、生身の身体だ。ゴーレムの攻撃を食らったらひとたまりもないだろう。私はアダムの前に歩み出た。


「来い!」


 一体目の腕が大きく揺れた。私はそれを受け止めた。視界の端で、アダムが私の脇をすり抜け走り出したのを確認して、私は拳を突き出した。胴体にめり込む。やはり、ここへの攻撃は意味が無いのか、ゴーレムはなおも踏ん張っていた。

 ドシーン!

 他のゴーレムが、アダムの方へ向かっていくのが見えた。こいつの相手はしていられない。私は駆けた。


「ぐっ……!」


 アダムに振り下ろされたゴーレムの腕を、腹で受けてしまった。私の身体は吹っ飛んで、背中から壁にぶつかった。アダムが目を見開いた。


「ユキ!」

「いいから犯人を!」


 こいつらの注意を、アダムでなく私に惹き付けるべきだろう。しかし、奴らは生き物では無い。挑発しても仕方がないだろう。とにかく一体一体倒していくしか無い。私は立ち上がると、アダムを襲おうとしたゴーレムの顔面に拳を叩きこんだ。


「やった!」


 さっきのといい、やはり顔面が弱点のようだ。ゴーレムは小さな石ころになった。残る四体が、次々と私に迫りくる。アダムの姿は見えなくなっていた。きっと、教室の一つ一つを確認しているのだろう。

 容赦ないゴーレムの猛攻に、私は耐えた。四体が同時に襲ってくるので、弱点を突く暇が無い。早く、早く犯人を止めてくれ。そう祈りながら、ゴーレムの動きを見て、避けると受けるを繰り返した。

 私の身体は硬化はできるが、ただそれだけだ。体力は確実に奪われていった。息もつく間もない攻撃に、私の全身は悲鳴をあげていた。もうそろそろダメかもしれない。

 ゴオオオオン……!


「やった!」


 急に、四体のゴーレムが黄金色の光に包まれた。アダムがやってくれたのだ。私は息を整えながら、教室へと歩いて行った。一番奥の教室に、彼らが居た。


「アダム……」


 教室の隅に三角座りをして、顔を伏せている男子生徒。彼が真星少年だろう。アダムはしゃがみこんで、彼と目線を合わせようとしていた。


「あなたは真星紘一くんですね?」


 アダムがそう聞いた。


「はい……」


 真星少年の声は震えていた。私は彼の隣で、同じように三角座りで腰をおろした。私はなるべく優しい声色を作って聞いた。


「どうしてこんなことしたのさ」


 すると、真星少年は顔を伏せたまま、ぽつりぽつりと語りだした。


「早く誰かに捕まえて欲しかった。ぼくの居場所なんてどこにも無いんだ。だったら、この力を使って悪いことをしようと思ったんだ」


 ふうっ、とアダムがため息をついた。どう声をかけるべきか、悩んでいるようだった。真星少年は続けた。


「この力のせいで、ぼくの人生はメチャクチャだ。家にも学校にも居られない。みんな、ぼくのことを化け物扱いだ。こんな力、欲しくなかった」


 私は口を開いた。


「なあ少年。私もゴールデンだ。ちょっと、私の話を聞いてくれるか?」


 ようやく、真星少年が顔をあげた。つぶらな瞳の、気弱そうな男の子だった。


「私はちょっと訳アリでさ。能力が発動したときのことは覚えてねぇ。でもな、この能力があって良かったと思ってる。まあ、君は嫌なんだよな。勝手にこんな能力与えられてさ」


 真星少年はこくんと頷いた。


「たださ。与えられた以上は、もうどうしようもないんだ。ゴールデンであることは変わらないんだ。だったら、ゴールデンなりの生き方ってものを模索するしかねぇよ」

「生き方……」

「そう。私も君も、ゴールデンのまま、生きるしかない。前に進むしかない。私はさ、せっかくだからこの能力を活かして恩返しがしたくて、今の仕事やってるんだ。けっこう、悪くないぞ?」


 私は真星少年の頭をポンと撫でた。彼は肩をびくりとさせ、大粒の涙をこぼしはじめた。アダムがインカムで隊長に報告を始めた。


「……はい。犯人を確保しました。抵抗する気は無いようです。僕とユキで連行します」


 私は言った。


「待って、アダム。もう少し話をさせて」

「ええ……わかりました。人質の方は、渚さんと音緒さんが解放してくれたようです」


 良かった。彼女らも無事なようだ。私は泣きじゃくる真星少年の背中をさすり、語りかけた。


「なあ、少年。お望み通り捕まえてやるから、ゆっくりと罪を償え。で、償いが終わったら、私のとこへ来い。面倒見てやっからよ。私はユキ。ゴールデンのユキだ」

「うわあああああん……」


 私はアダムに目くばせをした。その意味を、彼は正しく分かってくれたようだった。私とアダムは、真星少年が落ち着くまで、ただそこに居た。そして、ゆっくりと彼を立たせた。手錠は要らないだろう。とぼとぼと歩く彼の歩調に合わせながら、私たちは学校の外へ出た。

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