06 治癒の能力

 診療所に駆けこむと、蜜希先生がデスクに座っていた。


「一体どうしたの……ってユキ!?」


 真っ赤になった私のタオルを見て、蜜希先生は目を丸くした。そして、立ち上がって声を張り上げた。


徹也てつや!」


 奥の方で作業をしていたらしい、尾形徹也おがたてつやが顔をのぞかせた。彼は短く刈り上げた黒髪を撫でつけ、あんぐりと口を開けた。


「ユキさん、とりあえずそこに座って」


 私は言われた通りにした。今から徹也に治療してもらうのだ。徹也はタオル越しに、右手を当てた。彼の身体が黄金色に輝き始めた。


「そのまま……ユキさん、動かないで……」

「うん」


 ぽおっと温かい感触がした。痛みが引いていき、流血も止まったようだった。徹也は他人の自然治癒力を高めることができるゴールデンだ。致命傷には太刀打ちできないらしいが、こういった傷なら瞬時に癒すことができる。心配そうにアダムが言った。


「徹也さん、大丈夫ですかね?」


 徹也はアダムの方を向いて言った。


「はい、大丈夫っす。そんなに深い傷では無さそうなんで」

「はぁ、良かったぁ」


 蜜希先生が大きくため息をついた。渚と音緒もやってきて、狭い診療所に六人が揃った。何だか大げさなことになってしまったなぁと私は思いながら、大人しく座っていた。肩越しに、渚が声をかけてきた。


「ごめん、ユキ。まさか切れるとは思わなかった」

「私もだよ、渚。でもまあ、心配無いって」


 渚の攻撃で皮膚が切れたのはこれが初めてだった。能力はまだ発動していたのに。徹也がタオルを外すと、蜜希先生がピンセットに脱脂綿を挟んで血を拭いてくれた。もう、痛みは無かった。アダムが聞いた。


「痕は残りそうですか?」


 答えたのは徹也だった。


「キレイに切れてるんで、残らないかと」

「良かったです」


 音緒が茶々を入れてきた。


「ユキも渚ほどじゃないけど可愛い顔してるもんね。顔に傷なんか残ったら大変だ」

「私、可愛いか?」


 そう周りに聞いてみると、皆はうんうんと頷いた。この辺りの感覚が、私にはどうにも分からない。自分では並の容姿だと思うのだが。記憶が無いから、小さい頃からちやほやされていたのかどうか、それすら分からない。アダムが私の顔を覗き込んできた。


「本当に良かった……」


 アダムのヘーゼル色の瞳が美しく輝いた。私はこの瞳が好きだ。こうして見つめられていると、気分が落ち着いていく。蜜希先生がポンポンと手を叩いた。


「それより、どうして切れたのさ? 二人は手合わせしてたの?」


 それには渚が答えた。


「うん。私の刃で切れた。今までこんなこと無かったのに。あたしの方はいつもと変わりなかったよ」


 私は渚の方を振り向いて言った。


「生理のせいかな? イマイチ調子出なかったんだよな」


 すると、音緒が話し出した。


「あー、ママもホルモンバランスが崩れてるときは上手くいかないってよく言ってた」


 音緒の母親はゴールデンだった。そもそも、不活性者とは、ゴールデンの親を持つ子供が高い確率でなるものなのだ。そして、ゴールデンは、四十歳くらいになると、その力を失う。音緒の母親はここの隊員だったと聞いていた。音緒は続けた。


「ユキってまだ二十代だと思うし、能力が減退するには早いよ。だから、一時的なものじゃないかな」


 私はホッと胸を撫で下ろした。この能力が無くなれば、私はこの場所に居られないだろう。だから、無くなる前に、記憶を見つけないと。私には、常にそういう焦りがあった。

 記憶を失くして三年。手探りの日々だった。それが安定してきたのは、ここに居るメンバーと、隊長のお陰だ。こんな素性も分からない危険なゴールデンを、温かく迎え入れてくれた。私は努めて明るく言った。


「じゃ、大丈夫だな。みんな、心配かけてごめん」


 徹也が私の傷を指でなぞりながら言った。


「毎日、治療の方はしておきましょうか。診療所に来て下さい。おれの能力って、間を置いて繰り返しやる方がいいんです」

「それじゃあ頼むわ」


 これで一段落ついた。私は壁掛け時計を見た。もうすぐ昼の十一時だ。ぐぐっと天に腕を突き出し、私は伸びをした。


「私、腹減った」


 そう言うと、アダムが応えてくれた。


「会議室に行きますか。何か出前でも取りましょう。先生たちもいかがですか?」

「いや、ボクと徹也はデータ整理があるからね。君たちだけで行っておいで」


 私とアダム、渚、音緒の四人で、ぞろぞろと診療所を出た。しばらく廊下を歩いたところで、音緒がアダムに言った。


「もう、アダム。あの二人は二人っきりにしてあげなきゃダメでしょ!」

「どうしてですか?」

「分かんない? 蜜希先生と徹也って、けっこういい感じじゃない?」

「はぁ……」


 そうだそうだ、とでも言いたげに、渚も首を縦に振っていた。いい感じ、とは、どういう感じのことなのだろうか。

 徹也はこの隊に来てそろそろ一年になる。その能力から、もっぱら後方支援が役目だが、普段はああして蜜希先生の手伝いをしている。私は聞いた。


「つまり、いい友達ってこと?」


 はあっ、と音緒がため息をついた。


「ユキもアダムも鈍いんだから……」


 鈍いと言われるとカチンとくるが、ここで音緒に突っかかっても良いことは無いし、腹も減っているし、もうこの件については言い返さないことにした。

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