王子と人気者と君と僕と悪魔の眼球

 満月の夜。狼男でもないのに毛むくじゃらだった彼女が、重なる黒髪の簾の奥で笑ったから、僕は今ここにいる。


 四月にして既に少し暑いと感じてしまうのは、僕が暑がりだからなのだろうか。


「なあ!今日暑くね?まだ四月なのに真夏みてぇだ」


「そんなことないよ。昭治あきはるは昔から暑がりだから。な!?


「意味わかんないあだ名付けんのは良いけどさ、せめて統一してくれないと」


 いいや確実に、目の前にいるこいつらのせいだ。


 金髪に抜群の容姿を兼ね備えた王子様系イケメンの引地葉流夏と、人懐っこくノリが良い既にクラスの中心となりつつある笹口昭治が、僕の机の前でだらだらと過ごしている。


 別に二人のことは全然嫌いじゃない。中学からの知り合いが殆どいない状態で、一番に仲良くしてくれて助かった部分も大きい。


 ただ如何せん、二人とも距離感が近い。特に昭治に関しては、今僕の顔の真ん前で話している。床にしゃがみ机に身を乗り出している体勢で。


「統一しろだってー」


「じゃあもがみこで良い?」


「ええ~。もがみこって顔ではねぇだろ」


「もがみこに相応しい顔ってどんな顔?というか、もがみちの顔でも無いけどね」


「千夏帰って来たら多数決取ろうよ」


「どっちにしろ不本意だから」


 まず、出席番号の近い引地葉流夏ひきちはるか深田千夏ふかだちなつが親しくなった。そして千夏と一応友達である僕が、引地と知り合い、引地の幼馴染みである昭治とも親しくなった。四人はそういう関係だった。


 嫌でも目立つ引地と、遮二無二目立ちに行く昭治のおかげで、一緒にいる僕もちょっと目立ってしまっている。

 だが僕は正直、目立ちたくない。目立って良かった事なんてあったためしがない。


「そういえばさ、孝太は部活とか入るのか?」


「あー。気になる」


 え、孝太に戻った?結局なんだったんだよもがみちともがみこは。

 それは置いておいて、部活か。


「今んところ入るつもり無いよ。二人は?」


「俺は迷い中」


「ちょっと待って。孝太の中学校時代の部活当てたい。考えるわ」


「帰宅部だって。俺先に聞いてたから知ってる」


「つまんな!ねぇ孝太どう思う?」


「アキハルクンサイテー」


「21世紀とは思えないぐらいのカタコトだ」


「どっちの味方かわからないぞ」


 中学ではあまり馴染めず部活にも参加していたかったために友達と呼べる者は数人程度だった。高校では反省を踏まえ、部活の輪の中に入ろうと思っていたのだけれど、この二人に出会って入る必要を感じなくなった。


「それより昭治、迷い中って?」


「ふっふっふ。実はわたくし耳寄りな情報を入手しましてですね」


「アハハ気持ち悪いよ」


「意外に傷つくからやめろよ。漫研だよ。漫研」


 漫研。漫画研究部、うちの高校にもあるんだ。知らなかった。


「漫研に、水谷先輩っていう超絶美人の先輩がいるらしいんだよ。容姿端麗成績優秀、おまけにユーモアの才能もある、もうとにかく完璧な人らしい」


「え?大丈夫なのそれ。サークルクラッシャー的な」


「いやそれがさあ、うちの漫研女子しかいないみたいなんだよ。しかも!皆そこそこ可愛いらしい」


「男子入れ食い状態じゃん!」


「いや逆だろ」


 確かに逆だな。そんな先輩がいて他にも女子ばっかりいたら、純粋に漫画を愛する健全な男子は入っていきづらい。


「え~?そういうもんかな?」


「皆が皆、お前みたいな女の子キラーだと思うなよ」


 本当にその通り。引地のモテ具合はちょっと引くレベルだ。生まれて初めて見たよ、高校の入学式で三人から告白されるやつ。


「昭治はそれで迷ってるんだ」


「ていうかそんなに漫画好きだったっけ?」


「漫画は人よりも好きだ。が、漫研に入る勇気はない。孝太ァ~、一緒に入ろうぜ?」


「ただいま。ん?何の話?」


 職員室での用事を済ませて千夏が帰って来た。初めて会った時は重苦しい超ロングヘアーだったが、今はスッキリしたショートヘアになっている。そして野暮ったい中学校の制服は脱ぎ捨て、新品の高校の制服をおしゃれに着こなしている。


 ふとした瞬間、彼女が千夏であることを忘れて告白してしまいそうになるが、千夏が千夏である限り絶対にあり得ない。あり得ないだろうこんな女。


「千夏~。おかえりぃ~」


「ちょ暑い。もう、あんまり抱きつかないで。葉流夏の顔面じゃなかったら殴り倒してるよ?」


「私、千夏になら殴られても良いかも」


「歪んでるよ」


二人とも。


「で何の話?一緒に入ろうとかなんとか。部活?」


「そうそう。この二人で漫研に入ろうとしてるんだって」


「ははーん。なるほどね」


 千夏はそう呟くと、勝ち誇った笑みを向けてきた。


「なんだよ?」


「漫研部の超美人先輩目当て、とかそんなとこでしょ?昭治くんはともかく、お前なんか入れるわけねーじゃん」


「えぇ~?千夏ちゃん!?俺ってそんな可能性あるかなぁ?俺ですよ?」


「無さすぎて論外ってことでしょ」


 引地と昭治の取っ組み合いが始まった。距離感が近すぎるあの二人が衝突するのは良くあることだ。


「僕だって、入るだけなら入れる。入れるだけだけど」


「こいつさては入部届だけ書いて提出する気だな」


「あ、ああでも、漫研部の幽霊部員、校内最多って聞いたよっ!」


「ぐはあぁっ!」


「へ、へえ……」


 人をあんなに容赦なく打ちのめしながら、話に平然と入ってくるとは……。王子は怒らせないようにしよう。


 幽霊部員か。多分、面白半分で入部したはいいけど、女子メンバーに馴染めず部活に出れなくなったんだろうな。女子しかいないってそういう事なんだろう。


 てか、入って一ヶ月も経ってない一年生にまで噂されるって、どうなってるんだよ。


「と、とにかく、今度体験にでも行こうぜ」


「え、本気で行くの?別にいいけど」


「とか言って、内心楽しみにしてんだろ」


「二人ともやっぱり男子だなぁ」


 男じゃなくても、超絶美人の先輩とか誰だって一目見たいと思うだろ。超絶美人だぞ?


「さてあたしの用事も済みましたし、皆さんそろそろ帰りましょうか」


「そうだね」


 僕はボロボロの昭治に肩を貸しながら一年A組の教室を後にした。


 僕と千夏は通学路が同じで、千夏曰く“別々に行くのも馬鹿臭いだろ”、という理由で一緒に登下校している。


 その理由付けが照れ隠しなのかなんなのかわからない。なんだ、馬鹿臭いって。というか彼女が何を考えてるのか良くわからない。


例えば、


「千夏ちゃんも家で、テレビ見る?」

「まあ、良き所で?」

「好きな番組とかある?」

「サイレント映画は嫌いかも」

「そうなの?」

「嘘」

「へぇ、そっか~」


 今の引地との会話からもわかる通り、テキトーに喋っている事が多い。考え事をすると髪が伸びる体質だから、ほとんど物を考えずに会話していると言っていた。


 何を考えてるのかわからないというより、何も考えてないから一生わかりようが無いのかもしれない。


 まあ引地も大概だけど。“へぇ、そっか~”って。今の話のどこに頷けるポイントがあったんだ。

 彼女の初めのキャラ設定も大分痛かったなぁ。けどこれはまた別のお話。


「ああちょい待ち、自販機寄ってくんね?喉渇いてさ」


 僕の肩を借りていた昭治が、昇降口の近くにあった自動販売機を指差して頼んできた。僕はなんで介護させられているんだろう。


 体重をほとんどかけられ、抜け出そうにも抜け出せない。こいつもう一人で歩けるだろ。相変わらず至近距離で暑苦しい。


「俺カーピス飲みたい、カーピス」


「いや自分で払えよ」


「懐が痛くてさ、二つの意味で」


やかましいよ。


 昭治はコミュニケーション能力が人並外れていて、かなり社交的な奴だ。ただ二人きりの時とか、千夏や引地の前だと、彼の素の性格なのか甘ったれになってしまう。因みに次男坊なんだそうで。


 仕方ない。ジュースの一本くらい奢ってやろう。僕は財布から小銭を出して自動販売機に入れ、ボタンを押し乳酸菌飲料を取り出し口に落とす。それをもう一度繰り返した。


「二本もくれんの?」


「僕も飲みたくなっただけだよ」


 そしてカーピスを取り出そうとかがんだ時に、開けっ放しだった財布から球体が転がり落ちてしまった。

 それはカンカンと固い音を響かせ、コロコロと自動販売機の下に入り込んでしまう。


「おーい何してんだお前ら?」


「孝太がなんか落としたみたい」


「昭治~?もしかして、孝太に奢ってもらったのかい?」


「い、今はその話より、落とし物拾うのが先決ですから」


「早く拾えよ」


 初め何を落としたのかわからなかったが、今思い出した。悪魔の眼球だ。


「なんかこの絵面、俺が小銭漁ってるみたいじゃない?」


 昭治が床に這いつくばって、自販機の下に腕を突っ込んだ。どうやら奥まで転がってしまったらしく、昭治は苦戦していた。


「お似合いだよ」


「確かに様になってるわ」


「言いたい放題だなおい。俺って普段いじられキャラじゃないんだけど、ってこれ何?」


「ああ悪魔の眼球だよ。Sサイズの」


 昭治は指で、直径3センチくらいのビー玉のような球体を掴んで見せた。まさしく僕が落とした悪魔の眼球その物である。


「えーと、え?あくまの?なんかのアニメのグッズみたいな?」


「いやズノク族の伝統工芸品だね」


「ズノク族!?聞いたことねぇよそんな民族!いや悪魔の眼球も初耳だけど!」


「……。その、お守りとかアクセみたいな感じ?悪魔の眼球?っていうのは」


「今はインテリアが主流だけど、昔は武器だったらしいよ。まきびし、に近いのかな」


「あ……そっか、うん。これが悪魔の眼球なのはまあ一旦、一旦わかったよ。何故財布に?」


「たまに親から預かったりするんだよこういうの。」


 後で自分の部屋に置こうと思って財布に入れていたのをすっかり忘れていたようだ。うーん。こういう些細な物忘れに衰えを感じるみたいで、将来がちょっとだけ不安になったりする。


「あたしはもう慣れた。こいつのこういうとこ」


「私たちはやっぱりまだ慣れないかも」


「俺もだわ」


 僕の親は骨董屋のようなリサイクルショップのような良くわからない仕事をしている。


 マジで何に使うのかわからない物を世界中で買ったり売ったりしていて、幼少期からそういう物に囲まれていたせいか、世間と常識が食い違う事が多々あった。


 昔は気にしていたけれど、最近はもう開き直ることにしている。


「やっぱ……」


「うん」


「だな」


「なんだよ?」


「「「お前が一番変」」」

「だよ」「だね」「だな」


「酷い!ハモること無いだろ!」


 すごく不名誉だ。確かに変わってるとは良く言われるけど、さすがにこの四人の中で一番はないだろう。


 その後、友人と肩を組んで斜陽に照らされながら飲んだカーピスの味は、何故か少しだけ塩辛かったような、そんな気がした。

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