015 公爵家の陰謀

 ラッセルのレシピを使った汁物の真空冷凍食は、販売開始直後から好評を博した。お湯を掛けるだけで極上の汁物に早変わりという点が、カップ麺などのインスタント食品が存在しないこの世界の人々にウケたのだ。驚愕の低価格であることも人気を後押しした。


 価格が安い理由は二つある。


 一つ目はライデンが経済オンチだからだ。商品価格はコストや需給を始めとする諸環境を考慮して決定するが、彼は「赤字にならなけりゃそれでいい。安いほうがみんな喜んでくれるだろう」との考えの下、競合相手がいないにも関わらず薄利多売戦略を展開していた。

 日本で喩えるなら、常時タイムセール価格で売っているようなもの、言い換えるなら開店した瞬間から全ての惣菜に半額シールが貼られている状態である。


 二つ目は魔法によるスピード栽培だ。マリアが〈ソイルイノベーション〉で改良した土壌では、平均して三日で収穫期が訪れる。そのため町は野菜が溢れるほど余っており、汁物の具材となる野菜が激安で調達できた。


 もちろん、この方針は生産者――エルディの町民――に多大な負担を要する。指先一つで価格破壊を起こすライデンは気楽なものだが、それを支える農家や加工者からすると作業量が増えまくってたまったものではない。他所の町ならストライクが起きている。


 だが、エルディでは問題なかった。


 町民たちが元冒険者だからだ。収穫や加工は魔法でサクサク済まし、その他の力作業も冒険者なのでお手のもの。

 そのうえ、彼らは横の繋がりが非常に強い。かつて命懸けで修羅場をくぐり抜けてきた戦友同士なので、誰もが自発的に協力し合っていた。

 極めつけは彼らに金銭欲がそこまでないことだ。冒険者時代の貯蓄が唸るほどあるため、生活費さえ賄えればそれで十分。作業に従事しているのは暇つぶしの側面が大きかった。


 かくして真空冷凍食品は粉末調味料に次ぐ第二の柱になった。

 特有の事情も相まってエルディは隆盛を極め、マリアたちは町の拡大にてんやわんやの日々を過ごすのだった。


 ★★★★★


「お父様! 早くどうにかしてよ!」


 アルバニア王国の公爵令嬢・キャサリンは、その日も本邸の食堂で怒鳴り散らしていた。手に持っている新聞紙をぐしゃぐしゃにして。

 彼女が怒る理由は一つ。エルディが絶好調だからだ。あの町を発症とする商品が王国でも大流行しており、そのことが連日に渡って新聞や雑誌で報じられている。それが不愉快で仕方なかった。


「そうは言っても奴等と同じ物を売っても太刀打ちできんからのう」


 キャサリンの父・ジョナサン公爵は難しい顔で頭を掻く。


「どうしてよ! フリーズドライも野菜パウダーも作り方は簡単じゃない! ヨーグルトは上手くいったじゃないの!」


 そう、王国中に展開しているヨーグルト屋は公爵家が経営していた。価格と味の両方でエルディ産を凌駕しており、もはや国民食として定着している。


「野菜パウダーやフリーズドライはコストが馬鹿にならん。奴等と同じ物を作ろうものなら、販売価格は奴等の数倍になる」


「どうしてそんなのに……」


「野菜が高いのじゃよ。我が国は規制によって作物の魔法栽培を禁止している。また、自国の農家を保護するため他国から輸入する野菜には多額の関税を掛けている状況じゃ」


「そんな……。じゃあ、エルディを潰すことはできないの? あの町がある限り、ライデンは私のもとに来てくれないわよ!」


 キャサリンがエルディを潰したい理由は二つある。


 一つはライデンを町長ではなくしたいから。町の財政破綻が悪化すれば町長の任が解かれるはずと彼女は考えていた。そうして自由になった彼に救いの手を差し伸べて迎え入れる、という魂胆だ。無茶苦茶だが本気で上手くいくと思い込んでいた。


 もう一つはマリアだ。ライデンをたぶらかしたあの女狐めぎつねに不幸を味わわせたい。それに格の違いを見せつければ、ライデンは自分に戻ってくるだろう。これも無茶苦茶な思考だが、彼女は本気でそう信じていた。


「私はキャサリン・ガッテムタイガー。欲しい物は何だって手に入れてきた。そんな私があんな元聖女で孤児だった女に負けるなんてありえない。何が何でもライデンを私のモノにするの。そうじゃないとダメなの。だって私はアルバニア王国の公爵令嬢なんだから!」


 ジョナサンは「分かっておる」と低い声で言う。


「安心しろキャシー、ワシは別に諦めたわけじゃない」


「え?」


「なんたってワシはジョナサン・ガッテムタイガー。アルバニア王国の公爵だ。この世はワシの好き放題にできる。小さな町の躍進ごとき、潰すのは造作もない」


「じゃあ今すぐ潰してよ!」


「いや、今はまだじゃ。何事もタイミングというものがある」


「どういうこと?」


 ジョナサンは不敵な笑みを浮かべた。


「より高みから落としたほうがダメージは大きい。だからまだ待て。まだ泳がせておく。そして、町の規模が完全に肥大化した時、一気に奈落の底へ叩き落とす。そうすれば奴等の歯車は盛大に狂い、町の財政は破綻する」


「そんなことが可能なの?」


「ああ、可能じゃ。たしかに商売は奴等のほうが上手い。それは認めよう。だが、最後に勝つのは商売人ではなく政治家――貴族じゃよ」


 公爵にはエルディを潰す秘策があった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る