014 ラッセル
フリーズドライ製法で一山当てるべく、極上の汁物を作ることが決まった。
そこでライデンが頼ったのは、「困った時のラッセルさん」と呼ばれる男であった――。
夕方、エルディは重々しい空気に包まれていた。
農作業を終えた元冒険者たちが、慣れない正装を纏って待機している。ちなみに、彼らの正装とはスーツやタキシードではなく、冒険者時代に装備していた甲冑だ。
ライデン、テオ、ロンも同様だ。ライデンは金色の鎧を纏い、テオは闇に同化する漆黒の服を着て、ロンは威厳の漂うローブを着用していた。
マリアも国王に買ってもらった品のあるドレスに身を包んでいる。
「ラッセルさんが来るぞー!」
冒険者の一人が叫んだ。
空気がピリピリしたものになり、皆の顔に緊張の色が浮かぶ。
「来た! ラッセルさんだ!」
ライデンが町の外を指す。
マリアがその方向に目を向けると、一人の男が歩いてきていた。黒のタキシードを来ており、シルエットは長身の細身。白の短髪で、黒のハットを被っており、年齢は分からない。白い仮面を装着しているからだ。仮面は笑っているが、本当の表情は知る由もなかった。
「あれが……ラッセル……!」
「呼び捨てにするな、さんを付けろ!」
ライデンが慌てて訂正する。
「ひぃ、ごめんなしゃい!」
マリアは慌てて謝り、マジマジとラッセルを見つめる。
「ラッセルさん、お久しぶりです!」
「元気にしていましたかラッセルさん!」
「いつもお世話になっていますラッセルさん!」
普段は口調の荒い冒険者たちが揉み手ですり寄っていく。
「私はいつでも! 元気なのである!」
それがラッセルの第一声だった。妙に芝居じみた口調をしており、マリアは「なんだこの人?」と内心で疑問に思う。
しかし――。
「さすがはラッセルさん!」
「いつでも元気とはお見事です!」
冒険者連中はおだてまくっている。
それに対し、ラッセルは「うむ!」と頷き、ライデンの前まで歩いてきた。
「これはこれは英雄ライデン殿!」
「やぁラッセルさん! よく来てくれた!」
ライデンの口調は、他の冒険者に比べると幾分か軽かった。
「このラッセル! ご用命とあらば! たとえ火の中水の中! どこへでも馳せ参じましょう!」
「頼もしい! 流石はラッセルさんだ!」
ここでようやく、ラッセルはマリアに気づいた。「むむっ?」と、視線を彼女に向ける。
「聖女マリア殿ではございませんか!」
「え、私を知っているの?」
言った後で、マリアは「敬語を使わないとまずかったかも」と焦った。
だが、ラッセルは気にしない様子で答えた。
「このラッセル! 何でも存じております! そう、何でも!」
マリアは「はぁ」としか言えない。どう答えたらいいか分からなかった。それよりも、ラッセルの実力が知りたくて仕方なかった。
「さっそくだがラッセルさん、お願いしてもいいかい?」
「ライデン殿の頼みとあらば! このラッセル! どのような内容でも! そう、どのような内容でもお応えいたしましょう!」
「それはありがたい」
そう言うと、ライデンはフリーズドライのことを話した。
「――そんなわけで、美味い汁物が必要なんだ。できれば宮廷料理人や三つ星のシェフが作るレベルがいい」
「であれば! このラッセルにお任せを!」
ライデンがラッセルを役場に案内する。マリアたちもそれに続いた。
◇
「なるほど、これがラッセルさん……! たしかにすごい……!」
ラッセルのお手並みに、マリアは舌を巻いた。
なんとラッセルは、15種類の汁物を同時進行で調理したのだ。しかもその全てが文句なしに美味しくて、非の打ち所のないクオリティだった。
「ラッセルさんがすごいのは、あらゆる分野でこのレベルってことさ!」
テオが解説する。
「あらゆる分野?」
「そう、言葉通りあらゆる分野! 剣や槍を使った近接戦闘、弓による遠隔戦闘、魔法、農作業、暗殺、窃盗、放火、料理……何だってできるんだよ、ラッセルさんは!」
そこまで言うと、テオは声をひそめて耳打ちした。
「しかもおだてておけば報酬は必要ないんだ」
「なるほど……」
それで誰もが過剰にワッショイしていたのか、とマリアは納得した。
「今回作った料理のレシピはこちら! こちらになります故! 是非ともフリーズドライにご活用くださいませ!」
調理が終わると同時に、ラッセルは懐からレシピを取り出した。それさえあれば、今後は誰でも彼の料理を再現することが可能だ。
「やっぱりラッセルさんは気が利くぜ! みんなもそう思うよな!」
役場の外にいる野次馬たちが「うおおおおおおおおお!」と叫ぶ。
「それでは! このラッセル、今回はこれにて失礼!」
ラッセルは右手でハットを押さえながら深々とお辞儀すると役場の外へ向かう。
しかし、扉の傍に佇むマリアを見て立ち止まった。
「マリア、この町での生活は気に入っているかい?」
突如として話しかけられたマリアは、「えっ」と驚いた。
その隣に立っているテオや他の連中も同様の反応を示している。もっとも、彼らが驚いたのは別の理由からだ。
「うん、楽しいよ!」
「………………」
ラッセルはしばらく無言で固まった後、おもむろに言った。
「それはよかった」
そして、「さらば!」と消えていった。
彼が消えると、ライデンたちはマリアのもとに駆け寄った。
「マリア、お主、ラッセルさんとどういう関係なのじゃ?」
尋ねたのはロンだ。
「どういう関係って……今日がはじめましての関係だけど?」
「んなわけあるかい!」
テオとライデンが頷いている。
「え、何? 何で?」
意味が分からないマリア。
「ラッセルさんは決して他人を呼び捨てにしない。生後数ヶ月の赤子にすら『殿』をつける。それがお主のことを呼び捨てで呼んでいた」
「たまたま言い忘れたんじゃない? 最初はマリア殿って言っていたし」
「それだけじゃないよ!」
と、言ったのはテオだ。
「この町は気に入っているかって尋ねたのもおかしい! ラッセルさんがあんな風に尋ねたところ、僕は見たことがないよ!」
ライデンや他の連中が「俺もだ」とざわついている。
「そうは言われても本当に話したことないんだけどなぁ。この町に来るまでずっと王宮で過ごしていたし」
「それもそうじゃな……」
「ま、ラッセルさんは気まぐれだからな! マリアを見て不意に話しかけたくなったんだろう! そういうとこあるからなーあの人!」
このライデンの言葉により、皆は「それもそうだな」と納得した。
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