第35話 高級ホテルを楽しもう(プール編)

 部屋を探索すると、ミニバーのコーナーには、小瓶サイズのアルコール類やいろんな種類のお茶のティーバッグが用意されていた。

 デパ地下で見たことのあるカプセル式のコーヒーマシンも設置されている。

 冷蔵庫の中には、ワインにビールにコーラ、炭酸水にストレート果汁のジュース。もう至れり尽くせりのラインナップ!


 バスルームには、くつろぐ金持ちには必須アイテムのバスローブ! フー!!


 あー。なんかバスローブ見ただけでテンション上がってきた。

 サイコーッ!



 そうだ! プールに行ってみよう。ナイトプール、パシャパシャの世界があるはず!



 館内の設備を見てみると、プールは五階のスパに併設されていた。


「行くっきゃないっしょ!」


 キュウはどうしようかな。そもそも、スライムって水に浮くのかな?


「キュウ。また違うところに行くけど、一緒に行く?」

「行くでしゅ! 一緒に行きたいでしゅ!」

 

 可愛いやつだなー。


「シモーヌ様はどうします?」


 姿が見えないので大声で呼びかけると、どこからか「フグフグ」と聞こえた。



 シモーヌさんは遠くのリビングのソファに座って、リス食いをしていた。手にはリンゴらしきものを持っている。

 そういえば、フルーツの盛り合わせとチョコレートが置いてあったっけ……。


「あー。じゃあ別行動ということでー」


 シモーヌさんは俺に向かって、「フガー」とリンゴを突き出した。


 は? 「オッケー」って言ってる? ま、いっか。放っておこう。





 服を脱いでバスローブを羽織ると、キュウを抱っこしてプールに直行!


 バスローブでキラッキラな廊下を歩くなんて、普通ならできないけど、だーれもいないんだもんねー。

 へーき。へーき。

 


 更衣室でレンタル用のスイムウエアを発見した。

 真っで泳いでもいいけど、まあ最低限の慎みは持っておくことにして着替える。


 俺が着替えるのを見てキュウが、ぷにょん、ぷにょんと、飛び跳ねながら言った。


「よしつねー。キュウは? キュウの分は?」


 ええっ!? スライムが水着? なんて斬新な。いやいや。

 なんでも真似をしたがるところは、人間の子どもみたいだな。

 もう! 可愛いやつめ!


「キュウはそのままの方が可愛いから着なくていいよ」

「キュッキュウ!」

「よっし。キュウ。行くぞ」


 プールへと続くドアを開けると、見たこともない世界が広がっていた。



「こんなところで、『ナイトプール、パシャパシャ』って、やってたのかー」


 なんか、濡らしちゃったらまずいんじゃないのっていうくらい豪華なベッドが並んでいる。一個一個にカーテンみたいなのまで付いているし。

 すごっ。


 タオルを渡すようなカウンターがあって、そこにペリエが大量に並べられている。

 すごっ。


 プールは、端に二十メートルくらいの直線コースがあるけど――本気で泳ぐ人向けに? ――、大部分は十メートルくらいで、幅が四メートルほどの大きさだった。

 水遊び組はこっちってことね。


「どうだキュウ。これだけ水が溜まっているところなんて、見たことないだろう? 怖くない? 大丈夫?」


 キュウは返事をせずに、「キュウ!」と叫ぶと、プールに飛び込んだ。

 ジャブンと大きな音を立てて沈むと、すぐにプクッと浮いてきた。

 もう目がトロンとしている。


「よしつねー! キュウ、ここ大好きでしゅ。飲んでもいいでしゅか?」


 え? ここの水を?


「だ、だめ! よく分かんないけど、なんかだめ!」

「分かったでしゅ」


 一瞬だけ、キュウがここの水を飲み干したところを想像してしまった。




 キュウは初めてのプールとは思えないほど、水面を優雅に漂っている。

 なんというか、俺が歩いて揺れた水面に身を任しているって感じ。


 最初のうちは、水の上にいるだけで満足していた様子のキュウだったけど、いつの間にか、うにょっと両腕を突き出して、チャプチャプと水面を叩いて遊ぶことを思いついたらしい。


「キュッ! キュッ!」


 ……もう。可愛いいんですけど!




 まあ、彼女とパシャパシャしながら、「あははは」「うふふふ」っていうのとは、だいぶん違うけど、連れ(?)がジャブジャブと音を立てて楽しんでいる様子を見るのは悪くない。




 こっちの世界に来てから、あんまり運動らしい運動をしていなかったせいか、水の中を歩いただけで、すごく疲れる。

 

「よしつねー! 一緒に遊ぶでしゅー」

「よーっし。待ってろー」

「キュッ! キュッ!」


 キュウのところまでなら行けるか――と思って、顔を上げたまま平泳ぎで向かったけど、予想よりも時間がかかった。

 「はあはあ」よりも「ぜえぜえ」に近い声になってる。



「よしつね? 大丈夫でしゅか?」

「ああ。ちょっと。体力使っちゃっただけ。はあ。はあ」

「キュウもよしつねみたいにチャプチャプ進んでみたいでしゅ」

「え? ええ?」


 キュウは両腕をぷにゅっと出して、「こうでしゅか?」と腕をかいてみせるけど、水面を撫でただけだった。

「ププププ」


 ああ、こらっ。ここで笑うと、キュウが泣いちゃうぞ。我慢だ。我慢しろ、俺!


 キュウは俺の真似をして体を傾けているつもりだろうけど、安定して垂直を保っている。

 ジタバタと水と格闘する姿がなんとも愛らしい。口の辺りが「む!」ってなってる!


「よしつねー。キュウはどうしてできないでしゅか?」


 うーん。どうしてかなー? スライムの体の構造って知らないし……。



「キュウ。泳ぐより、ずっと水に浮いている方がすごいんだぞ。俺はキュウみたいに浮いて、水面を叩いて遊びたいよー」

「本当でしゅか?」


 キュウが嬉しそうに水面を叩き始めた。

 ああ可愛い。自分で叩いて起こした波紋に揺られている。



「よっし。キュウ。俺の背中に乗ってごらん。あそこまで連れてってやる!」

「キュウッ!」


 キュウが、ぼよんと俺の頭に乗っかってきた。

 ま、そっか。背中はほとんど水の中だもんね。


「行っくぞー」

「キュウ!」

「あははは。それ!」

「キュッ! キュッ!」





 格好をつけて行ったり来たりするんじゃなかった。

 どれくらい泳いだんだろう。



 プールから上がると、その場にへたりこんでしまった。

 やっば。

 体力の消耗が半端ない。


「よしつね?」

「ん? ああ、ちょっと疲れただけ」

「大丈夫でしゅか?」


 キュウが、うにょんと手を出して、俺の肩を撫でてくれた。


 ああキュウ! 

 こんなこと、どこで覚えたんだ? 

 感動でキュウを抱きしめたいけど、無理。あー疲れた。ちょっと動けそうにない。


「キュ?」

「ちょっと横になるだけだから」



 バスタオルを体に巻き付けてから、重い体を引きずってベッドに転がり込んだ。

 あー気持ちいい。タオルが温かい。

 このまま寝ちゃうとやばいな。でも体の望むままに寝てしまいたいような気もする。

 あー。




 あれ? 本当に一瞬だけ寝ちゃってた?

 おいおい。大丈夫か俺。何時だ?


 いつまでもプールにいる訳にはいかないので、いい加減、部屋に戻ろう。


「キュウ。お部屋に帰るよー」

「キュウッ」





 えっと。何号室だっけ?

 あ、そうだ。エレベーター降りて、廊下に出てすぐ目の前の部屋に入ったんだ。


 ってか、別にどの部屋だっていいんだ。

 部屋が違っていたら、シモーネさんには後で謝ればいいんだし。


 

 それにしても。マジでちょっと、はしゃぎ過ぎたかも。

 部屋のドアを開けて長い長いリビングにげっそり。

 ベッドまでが遠すぎる。


 やっぱ、こんな贅沢過ぎる部屋は俺には向いてなかったかも。


 ベッド。おおいベッドやーい。


 俺はスイムウエアをその辺に脱いで、新しいバスローブを羽織ると、ようやく辿り着いたベッドに倒れ込んだ。

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