第34話 高級ホテルを楽しもう(客室編)

「これが最高級ホテル!」


 ふー。大声を出して一呼吸――からの。


「これが最高級ホテル!!」


 しばらく叫び続けていたい気分。



「お主。さっきとは違うところじゃな。何じゃここは」


 うっふっふっ。さすがのシモーネさんもびっくりぎょうてんですよね。

 俺の元の世界の建物もすごいでしょう? 宮殿顔負けの豪華さでしょう?

 設備でいえば、宮殿なんて目じゃないので!



「今日はここに泊まろうと思います。それではお部屋にご案内しましょ――」


 あ! チェックインってどうやるの? どの部屋が使えるの?


 そういや、スーパー銭湯でも普通は腕につけておくキーをもらうんだった。そんなこと忘れて興奮してそのまま奥まで入っていったんだっけ。

 ロッカーも使わなかったから、キーの役目がどうなってるのか調べてないなー。



 ま、いっか。

 ドアを開けてみりゃ済む話。開かなかったらフロントに忍び込んでカードキーを探せばいいや。



「おーい! キュウ! こっちにおいでー!」


 キュウの姿が見えない。いったいどこまで行ってるのやら。



「よしつねー。すごいでしゅ。どこまで行ってもツルツルでしゅ」


 キュウの声が聞こえたと思ったら、カーリングのストーンみたいにくるくる回転しながら戻ってきた。

 それはそれで可愛いんだけど、やっぱり俺は、ぷにょん、ぷにょん、と飛び跳ねているキュウの方が好きかな。


 でもキュウは、床の上をスーッと滑る喜びを知ったという顔をしている。とっても気持ちよさそう。ここの床が気に入ったんだね。



「じゃ、最上階に行ってみようか。シモーネさん。こっちです。こっち」


 俺は気兼ねなくキョロキョロと見回して、エレベーター表示を探した。人がいないって楽だなー。こういう場違いなところで失敗して恥ずかしい思いをしなくて済む。



「なんじゃ? こんなに広いのに、ここには泊まれんのか?」

「上にもっと居心地のいいところがあるんですよ」


 ――って。俺もよくは知らないんですけど。でもベッドとか、きっとすごいはず!

 うっきうっきでエレベーターのボタンを押すと、パンという音がして、上側のランプがついた。


「なんじゃ?!」


 そうでしょ。そうでしょ。これぞ文明! シモーヌさんも初めてでしょ?


 パパン。

 優雅な音がしてランプが点滅すると、目の前のドアが開いた。


 ゴージャスー! エレベーターの中もシックなデザインで格好いい。すごいなー。



「おう? どういう仕掛けなんじゃ?!」


 シモーネさんは自動でドアが開いたことに驚いて、一歩下がって警戒している。

 ふっふっふっ。ピカピカの四角い空間に、仕掛けがあるとでも思っているのかな。



「キュウ! おーい! 戻っておいでー!」



 遠くの方から「キュッ」という大きな返事が聞こえたかと思うと、そのまま「キュウキュウ」と楽しそうな声を出しながら、キュウが床を滑ってやってきた。


 丸っこいものが回転しながら床の上をスーッと移動する光景は、やっぱりカーリングそのものだね。プププ。



「よしつねー。冷たくって気持ちいいでしゅー」

「へえ。そうなんだ。じゃ、後で好きなだけ遊ばせてあげるから、とりあえず一緒に移動しようか」

「はいでしゅ」


 キュウが勢いよく俺の胸めがけてジャンプした。

 ……なんとなくだけど。

 その飛び上がる力――向上してない? 今、結構離れたところから飛んできたよね。


「よしつね。早く行くでしゅ」

「う、うん。そうだね」



 俺がエレベーターに乗り込んだのを確認してからシモーネさんが入ってきた。

 まだ警戒モードなのが笑える。


 バシン!


「うぅ」

「なんじゃ。その顔は!」


 しまった。今のは完全に顔に出ていた。


「な、なんでもないです。じゃ行きますよ」


 最上階はレストランの名前が表示されていたので、その下の階のボタンを押す。


 ドアがゆっくり閉まると、またしてもシモーネさんが慌てた様子で、枝でドアを壊そうとするような素振りを見せたので、慌てて止めることに。


「俺が閉めたんです。大丈夫ですから」

「むう!」


 いや、そんなに睨まれても……。



 ピポン。


 音が鳴るだけで、キュウは「キュッキュッ」と喜び、シモーネさんは枝を構える。




 俺に続いてシモーネさんが廊下に出る。


 シモーネさんは、「さっきと似たような場所じゃな。遠くに転移してはおらんな」と、ブツブツ言いながら周囲を見回している。

 もっとリラックスして楽しめばいいのに。


「俺たちしかいないんで、何も心配いらないですよ」

「お主なんぞの言葉を信用できるかっ!」


 ああそうですか。そうですか。

 そんなにピリピリしてちゃ、せっかくのラグジュアリー体験が台無しですよ。知りませんよ。




 さあ、いよいよ客室だ。

 エレベーターホールの廊下を曲がると、ずらっと客室のドアが並んでいた。


 とりあえずは、中に入れるかどうかの確認だから一番近いドアにしよう。ノブを軽く握って少し下へ押し下げる。

 下がった!


 キーは入らないんだ。ってことは……。

 全部の客室が使い放題ってことだー! スッゲー! 



 せっかくドアが開いたので、部屋に入ってみる。



「うおおーー!!」


 これが叫ばずにいられるか! なんじゃこりゃー!!

 広いなんてもんじゃない。ドラマで見たことのある金持ちの家のリビングが五個くらい繋がった感じ? とにかく、超、超広い!!



「うおおーー!!」


 なんかもう。叫び声を止めることができなくなってる。


「キュウッ!」


 キュウも俺と一緒に叫び声を上げ始めた。


 シモーネさんは、一瞬だけ、「お主らはバカか」と言いたそうな顔をしたけど、すぐに澄ました顔をして自分の興奮を隠すことに全力を注いでいる。

 でも、そんな真っ赤な顔じゃバレバレですけどね。



 長い長いリビングを走り抜けてドアを開けると、ドーンと巨大なベッドが部屋の真ん中に!

 

 「うおおー!」と叫びながらダイブ! しちゃうよねダイブ!


 いいい感じに跳ね返される。ああこの感覚。宮殿のとは違う現代的なベッドだ。懐かしい。

 いやいや。俺の部屋のベッドよりも硬い感じが高級っぽい。この反発の感じががすごくいい。


 お! 枕元のシーツが少しだけめくられている。

 これはもしや……。


 一流ホテルだとターンダウンのサービスというのがあって、ぎゅうっと折り込まれれているシーツを三分の一ほど抜いて、ベッドに入りやすいように折り返してくれるって聞いたことがある。



「キュウ! キュキュッ! よしつねー。キュウはよしつねみたいに、ぶよん、ぶよん、しないでしゅ」

「あっはっはっ。そりゃキュウは軽いから弾まないよ。でもこのシーツ気持ちいいだろう?」


 キュウは俺みたいにバウンドしたかったらしい。


「気持ちいいでしゅ。すべすべでしゅ」

「スベスベなのはキュウもだけどね! あっはっはっは」


 あー。大富豪になったみたい。きっもっちいいー!

 俺がベッドの上にうつ伏せになって足をバタバタさせていると、キュウも自分で、ぼよん、ぼよん、と一緒に跳ねた。


「楽しいでしゅ。よしつねも、もっとバンバンするでしゅ」


 もっと弾ませろってか? あはははは!




「お主ら何が面白くてそんな真似をしておるんじゃ」

「ええ? シモーヌ様には分からないんですか? そっちのベッドに乗っかって、ちょっと弾んでみてくださいよ」

「ふん。くだらん!」


 シモーヌさんはそう言いつつも、「ふん!」としかめっ面をしながらベッドに立ったまま上がると、軽くジャンプした。

 でも期待したほどの揺れはない。


 そっか。キュウと一緒だね。軽過ぎたみたい。残念!


「じゃ、俺がゆするんで、こっちにきてキュウと一緒に――」


 バン! バン!


 シモーヌさんがベッドから下りると俺の背中に枝を叩きつけた。


「嘘でしょう! なんで?!」

「うるさい!」


 もう。すぐ機嫌を損ねるんだからー。それとも照れ隠し?



 キュウはもうベッドに飽きたようで、今度はふかふかの絨毯の感触を確かめるように、床を飛び跳ねている。


 ふっふー。それより、こういう部屋にはどういうアメニティがあるんだろう。

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