第29話 これが旅立ちってやつ?

 門に近づくにつれて動悸が激しくなってきた。ヤバい。心臓の音で不審者ってバレそうな気がする。




 とうとう俺たちの番が来た。



「身分証」


 うわっ。兵士の顔は見えないけど、偉そうな言い方で嫌な奴って分かる。


 別の兵士が荷台に回り込もうとした時、「荷台に構うでない!」という声が聞こえた。

 俺は自分の耳を疑った。


「なんだと! 貴様、誰に向かって――」

「ワシじゃが?」


 今、兵士と会話しているのって、お婆さんのはずだよね?

 なのに、どうして!?


 ラブコメアニメのヒロインみたいな可愛い声がしたんですけど!?



「だ、大賢者様! い、今までどちらに!?」


 大賢者様? 大賢者様って言った?


「このワシに申し開きをしろと?」


 うわー。見えないんだけど、今、絶対、兵士を睨み返してるよね。


「あ、ああいいえ。そ、そんな。いいえ! 滅相もございません!」

「ふん。荷台にあるのはワシの私物じゃ。触るでない」

「はっ! そ、それで今日は――」

「ちょっと用があってな」


「は、はあ。い、いつ頃お戻りに?」

「そんなこと決めておらんわっ!」

「も、申し訳ございません!」


 老婆が口を開く度に、何人かの兵士たちが、「ひぃ」って声を出すんだけど。

 もしかして、みんなから相当恐れられている?



 ――と。それより、ちょっと色々聞きたいことがあるんですけど!



 老婆大賢者様?のお陰で、馬車はそのまま門を通してもらえた。


「い、行ってらっしゃいませ!」

「行ってらっしゃいませ」


 おおー。兵士たちが門の前に並んで一斉に頭を下げている。

 すっご。




 老婆はしばらくは道沿いに馬車を走らせていたけど、徐々に道をそれて森の中へと入っていった。


 なんだか嫌な予感しかしないんですけど。この辺って、あのトリケラトプスにやられたところじゃ――。



 馬車が通れる道がなくなると、人目もなくなった。

 老婆が馬車を止めたので、俺も荷台から降りる。

 俺が安心したせいか、キュウも勝手にポケットから出てきた。




「えええっーーーーーー!!」


 老婆が老婆でなくなっていた。


 白髪が金髪に。皺皺の顔がツルツルに。

 身長はそのままだけど、どう見ても十歳くらいにしか見えない。

 もう、ただの幼女じゃないか。


 胸なんて、背中じゃないかと思うくらいにストン。まあ、老婆の時もストンだったけど。

 貧乳ロリ。


 いや、「貧乳」とは、本来の成長を果たした末にある尊い言葉のはず。第二次性徴前なら、ただの「ぺったんこ」だな。



「ぺったんこ?」


 あ。こら、キュウ。今聞いたことは忘れなさい。

 そんな風に両腕をむにょんと伸ばして、胸がありそうな辺りを押さえるんじゃありません。




「ま、ここまで来れば大丈夫じゃ」

「あ、あのー。それより、なんで子どもに変身したんですか?」

「バカ者! こっちがワシ本来の姿じゃ。美少女大賢者として名高いワシじゃ!」


 え? 誰からも、一度も、先代の大賢者様が「美少女」っていう話は聞いたことないんですけど。


「なんじゃ。ワシに見惚れておるのか?」

「俺にそんな趣味はありません」

「はあん?」


 こっわ。

 幼女の顔なのに、老婆の面影がある。こっわ。


「ああっ! それ! そんな硬いもので俺をバンバン叩いてたんですかっ!」


 いつも老婆が持っていた枝は、身長の1.5倍はある立派な杖に変わっていた。ゲームの中で女神様が持っているような立派なもので、先端にはお約束の(?)青い石がはまっている。


「ふっ」


 老婆はニヤと笑ってから杖を振るふりをして、わざとらしく俺に向かって突き出した。


 いじめっ子かよっ!



「あ、それよりも! さっき、その、『大賢者様』って言われましたけど、それって――その、勇者を召喚したとかいう先代の?」

「そうじゃ」


 はあ?!


「どうして言ってくれなかったんです? それに大賢者様なら、今の賢者様に一言注意してくれるだけで、丸く収まったんじゃないですか! もうー!」


「はん。あやつに何を言っても無駄じゃ。ワシは引退した身じゃしな。だいたい、自分のことは自分でなんとかするもんじゃ」


 ええっ! そんなー。

 俺、もう他力本願が身についちゃったんですけどー。



「それにしたって、俺はこれからどうしたらいいんでしょう?」

「知らん」

「へ?」

「そんなことは知らん」



 出たよ。必殺、知らぬ存ぜぬ。


 俺たちがここにこうしているのって、半分くらいはお婆さんも関与しているよね?



「どうしよう。これからどこに行けばいいのやら……?」

「よしつね。泣かないで」


 ……はあ。

 こうやって、キュウを抱きしめて、ぷにょんとした感触に包まれていると全部忘れられる――訳がない。



「ふん。とりあえずは隣国でも目指すかの。他に行くあてもないじゃろ」

「そもそも俺にアテなんかあるはずがないじゃないですか」

「人に聞いておいてなんじゃ、その口の聞き方は!」


「……はあ。ちなみに、隣国って馬車でどれくらいかかるんですか?」

「知らん」

「え?」

「そんなことは知らん。ワシは馬車でなんぞ行ったことがないからの」

「え?」


「いつもドラゴンでひとっ飛びじゃ」

「よかったー。じゃ、そのドラゴンを呼んでください」

「おらん」

「は?」


 バシン!


 なんで?

 

 もしかして引退したら大賢者だった頃の力を無くしちゃうの?

 大賢者って、肩書きだけなの?

 じゃ、もうただの幼女じゃん。


 スライムと幼女と一緒に、旅に出るってか。

 三人いるとパーティみたいだけど、見た目からして、めっちゃ貧弱なパーティ。

 あ、でも、やっぱ勇者がいないんじゃ、冒険者のパーティじゃないよね。


 俺、ゲームでも職業で戦士は選択しないよ。いつも回復系だったもん。



 これじゃあ、今の俺たちの状況って、どう見ても「旅立ち」じゃなくて、「流浪の身」だよね。

 道連れは幼女とスライム。

 ……はあ。



「よしつねー。旅ってなんでしゅか? キュウ、楽しみでしゅ」



 え? キュウ? 俺のこの不安感って伝わってるよね?

 それよりもワクワクが勝ってんの?

 キュウは前向きなのね。

 ……はあ。



「スマホの神様! どうか、どうか、俺にゴロゴロ食っちゃ寝の生活を! もう一度、食っちゃ寝の生活を! どうかお願いします!」


 もう、あとは神頼みしかない。


 スマホの神様ー! 何卒よろしく! よろしくお願いしまーっす!



(第一章 完)

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