第28話 そして逃亡

 うちひしがれた俺は、きっと廃人のような顔をしていたんだと思う。


 キュウが悲しそうな顔で俺に飛びついてきた。

 反射的に抱き抱えると、キュウは俺を励まそうと、両手をうにゅって出して俺の頬をペチペチ叩いてくれた。


「よしつねー。大丈夫?」


 嬉しいけど、さすがにそんなに簡単には立ち直れない。


 ――無理。やっぱ無理!





 森を出て、人の往来のある通りに差し掛かると緊張が走った。フードを深く被っていることを何度も確かめずにはいられなかった。

 キュウもちゃんとポケットに入っている。


 老婆は俺の意思など確かめる気もなく、既に国を出る準備を進めていたらしい。

 道端に停めてあるほろ馬車を枝で指して、俺に命令した。


「ほれ。荷台に隠れておれ」


 いったいどこから調達してきたんだか。


「昼には門が開かれるそうじゃ」


 はあ。荷台に乗ってこの国を出るんですか。

 あーあ。

 この四日間、結構楽しかったのになー。

 アドルフやテオドールとレベル上げして、キュウとも出会えて……。


「ああっ!」


 忘れてたー!


「リュックー! お婆さん、俺、ちょっと用を思い出したんで」

「はあ? バカかお主は」


「分かってます。バレないようにこっそり行ってきますから。それに、今ならまだ情報が伝わってないと思いますし」

「何をする気じゃ?」

「俺が昨日オーダーした鞄ですよ。途中まででもいいから引き取りたいんです!」

「あれか」


 老婆は「はあ」とため息をついたけど、いつもの、「枝でポン」をしてくれた。

 目の前には昨日の道具屋が!


「あ、ありがとうございます!」

「早く取って来い」

「はいっ!」





「こんにちはー」

「いらっしゃいませ」


 笑顔で迎え入れてくれた店主は、俺のことを覚えていた。


「ああ、昨日の! よいところにいらっしゃいました。つい先程届いたのですよ」


 よかったー。

 俺の素性も、その後のゴタゴタも知らないみたい。

 それにしても昨日注文したばかりなのに、もう出来上がっているとは。



 店主はリュックを持ってくると自慢げに言った。


「どうです? 私の予想通り、職人はこれにかかりっきりだったらしいですよ。こういう注文は腕が鳴るみたいでしてね。どうぞお確かめください」


 あははは。確かめてみたいところなんですけど。ちょっと急ぐもので。

 あ、でも軽い。持っただけで分かる。


「あ、もう一目見ただけで分かります。大丈夫です。問題ありません。それでは」


「え?」

「あの、ちょっと急いでいるので」

「さようでございますか。また何かございましたら、よろしくお願いいたします」

「はい。どうもー」


 店主はまだ何か言いたそうだったけど、俺は気づかないふりをして店を出た。

 


「終わったんじゃな」

「はい。でも昼まではまだ時間がありますよね。ちょっとだけアドルフたちに事情を話す訳にはいきませんか?」

「お主はバカなのか! 宮殿に行くつもりか!」


 ああもう。バカで結構ですから。

 その枝で、ポンってやってくれたら済むのに。ケチですか? お婆さんはケチですかー?



 と思ったら、ポンとされたみたいで、荷台の上に乗せられていた。


「ええ?」

「お主は死んだんじゃぞ。黙って荷台の隅でじっとしておるんじゃ」


 そんなー!





 老婆が馬車をガタガタと走らせながら、俺に向かって話しかけてきた。


「おそらく国境門には、待たされていた者どもが殺到しておるはずじゃ。まさかこんな日中に門が閉じられるとは、思うてもおらなんだはずじゃからな。今後は何か騒ぎが起こる度に門が閉じられるんじゃないかと、勘ぐる者も出てくる。早く並ばんと今日中に出られんぞ」




 老婆の言う通り、国境門には長い列ができていた。

 へー。毎日、結構な人が出入りしていたんだね。


 遠目からでも、まだ五人くらいの兵士が残っているのが見えた。

 そういえば、この前の門番はどうしているんだろう。




 身分証の確認を厳重にしているみたいで、列はなかなか進まなかった。

 まるで検問だね。


 あれ? お婆さん? この荷台、丸見えなんですけど。フードを被った男が乗っていたら、絶対にチェックされますよね?



「あの、お婆さん」

「黙っておれ。門を通るまでしゃべるでないぞ」

「は、はい。でも――」

「うるさいっ」


 ……う。そんな言い方って。

 でも、ま。馬車を用意してくれたぐらいだし。なんとかするアテがあるってことだよね?

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